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妄想と欲望という名の夢か誠か

―あらすじ―
  40歳を越えても童貞、女性経験なし、それでいてアイドルに夢中のフリーター幸夫。
美しい容姿に恵まれ、欲しいもの全てを手に入れてきた加奈子。
  決して交わる事のないはずの二人が、ひょんな事で出会い、互いの妄想と欲望を叶える為に、手を取り合う。
  しかし、二人の周囲に不可思議な事件が、巻き起こり、その行く手を阻む。
  そして、その事件にはある秘密が……
  はたして、二人は互いの妄想と欲望を叶える事が出来るのか?


序章 『タイムカプセル』

「あちぃ! マジで死ぬわ! クソッタレが! なんで俺がこんなことしなきゃなんねぇんだよ!」
  雅樹は額から伝う汗を拭いながら、毒付いた。
  照りつける陽射しの暑さに苛立ちを覚えながらも、公園の木の下の根元にスコップをぶつける。
  かれこれ三時間近く掘り続けて、子供ひとりくらい埋めれる程に、その『穴』は完成仕掛けていた。
  彼を取り巻いていた数名の大人と十数名の子供達は、もうふたつ向こうの木陰で、アイスクリームに舌鼓を打っている。
『チッ! なんだよ、自分らだけ!』
  馬鹿らしくなった雅樹はスコップを『穴』に投げ捨て、ズボンのポケットに突っ込んでいた携帯を取り出した。
  折りたたみ式の本体を開き、メールの着信履歴を確認する。そこには十数件のメールが届いており、雅樹は送信者の名前を見て、にんまりと微笑んだ。
  メールボックスには最近付き合い始めた千夏からのメールでいっぱいだった。
  本来であれば、今日は千夏とデートの予定だった。しかし不運が彼を襲った。
  そもそも雅樹は校内での喫煙がバレて、停学謹慎処分中。停学=遊べるとしか考えなかった雅樹は千夏と連絡を取り合い、今日のデートで、まさにキメるつもりで、こっそりゴムまで財布の中に忍ばせていた。
  しかし……
  高校の教師達はそう甘くなく、彼に地域の奉仕活動を命じた。地元の小学校で恒例行事として行われているタイムカプセルの埋蔵式の手伝いをさせられる事に。
  無論彼はバックれるつもりで、その指示を受け流していたが、ある電話が彼をこの儀式に縛り付ける事となった。
「よう! 雅樹、久しぶりじゃのう!」
  知らない番号からの着信を受け取ると、雅樹はその声に、身も心も凍りついた。
「明日、大丈夫なんじゃろうな! 子供達も楽しみにしとるけんで、バックれるとか考えるなよ!」

  その声は地元でも悪名高い、最強で最凶の札付きのワルだった、片桐先輩その人だった。
  雅樹もヤンキーの端くれだったが、片桐先輩の比ではない。彼は喧嘩、飲酒、暴行、恐喝、ワルがやるであろうありとあらゆる悪行を全て網羅し、喧嘩では無敗伝説が囁かれ、『人を殺した事がある』という都市伝説まで噂された男だ。
  雅樹は片桐がリーダーのチームに中学の頃に参加し、あらゆる悪さを覚え、併せて、片桐の強さと恐ろしさを先輩達に嫌という程叩き込まれた。
  そんな片桐が更生し、大学を出て、数年前から地元で小学校の教師をしている。よく地元も採用したものだ。
  さらに悪い事に今の雅樹の高校の生活指導の教師が、片桐の恩師であったこと。片桐を教師への道を促した張本人だ。
  片桐に目をつけられたら逃げる事は出来ない。雅樹は致し方なく、その指示に従う事にした。だけど、終了後すぐに千夏と合流し、今日本来成すべき事を遂行する!そう、心以上に、もはや本能レベルで決意しており、現時点でもう、腰周りは千夏の方向に傾き、その中心部は硬く熱くたぎっていた。

「おう!サボってんじゃなかろうな!雅樹〜」
  片桐の声に咄嗟に、携帯をズボンのポケットに隠し、しどろもどろに誤魔化す雅樹。
「おお!頑張ったじゃんかよ!これならタイムカプセル埋めれるでよ」
  屈強で褐色の巨軀で雅樹に近づき、ポン!と肩を叩く片桐。痩身の雅樹は吹っ飛びそうになるのと、想定外の痛さを耐える為に、それらを笑って誤魔化した。
「なにが可笑しいでよ? あん?」
  吊られて片桐も笑いだし、より一層肩への殴打の振動と痛みは増すばかりだった。


  片桐と他の教師陣の下に子供達が集まり、埋蔵式は賑やかに行われた。
  雅樹も木陰に腰をかけ、アイスクリームを舐めながら、それを見守っていた。
  無邪気な笑顔で、未来の自分への手紙を投下する子供達。そして最後に、全員が雅樹の前に集まって、『ありがとうございました!』と感謝の挨拶をする。
  それなりのワルの雅樹でも、その光景には少し目頭が熱くなった。咳やくしゃみをするふりをして、頬を伝いそうになる何かを必死に誤魔化した。
『そんなに、悪いもんでもなかったな。案外手伝って良かったのかも?』
  雅樹は子供達の屈託のない笑顔と感謝の声に、素直にそう感じた。木々を揺らし、葉と葉の間から流れくる優しい風が、その感動をより爽快にさせてくれた。

  そして雅樹はまた子供達に目を向ける。皆楽しそうな顔をしている中、ひとり浮かない顔した少年がいた。というより、今にも泣き出しそうで、その手にはタイムカプセルに入れる事が出来なかったのか、くしゃくしゃになった手紙らしきものが握られていた。
『可哀想に……』
  雅樹はそう思い、片桐に声を掛けようと身を乗り出した……
  その瞬間、メールの着信音が彼の今日の最大の目的を思い出させた。
  即座に携帯を開き、メールと今の時間を確認する。無論千夏からのメールだった。
  文面には待ち合わせ場所に到着したと記され、時間は夕方四時を回っている。約束の三時半をとっくに過ぎている。
「おう、ご苦労やったな雅樹! なんか約束があるんじゃろ? もうええぞ! 行ってこいや! あ、でも、ハメ外すなや!」
  もぞもぞしている雅樹に気づいたのか、片桐は豪快に彼を送り出した。その勢いと自らの欲望に、少年の哀しそうな顔が霞む。
「ありがとうございます!」
もはや欲望のままに、雅樹はその場を飛び出した。


「んな、  いだ!           ねばいいのに!」
  公園を抜ける手前で、誰かが雅樹の耳元で呟いた。なんと言っているか聞き取れず、一度立ち止まり耳を澄ます。しかし、その呟きはもう聞こえなかった。
  もう一度公園の中の子供達に目を向けると、皆、帰り支度をしており、その中にはさっきの少年は見当たらなかった。
「気のせいか…な…?」
  若干不思議に感じながらも、雅樹はその呟きと少年の姿に蓋をした。
  そんな事より、千夏が待ってるんだ! 下手するとゴムが使えないまま、今日が終わるかもしれない!
  彼の中の本能が、そう、彼を掻き立たせる。
  雅樹はその本能に従い、無心に千夏への道を走り出した。

つづく






#創作大賞2023 #ミステリー小説部門


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