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妄想と欲望という名の夢か誠か 第一話~邂逅~

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第一話~邂逅~


幸夫


『君が笑えば、僕はそれで嬉しい
   君が泣けば、僕はそれが悲しい
   ほんの少しでも君が笑顔になるのなら
   僕は生命なんて惜しまない
   それが僕の生きる道、
    それが僕の生きる意味』

  幸夫は軽快にペダルをこぐ。
 誰もいない暗い夜道を、大好きなアイドルグループ『イモ娘』の新曲、『僕と君との相関図』を口ずさみながら、自転車で颯爽と駆け抜ける。
   今日一日何も食べていないというのに、ペダルをこぐ脚は疲れを知らず、まるで一歩一歩踏み出し、踏み込んでいるかのように力強い。そしてその顏(かんばせ)は、七福神の恵比寿様よろしく、満面の笑みで多幸感に満ち溢れている。
  それもそのはず、今日は彼が応援しているアイドル、『イモ娘』が出演したライブが、隣町のライブハウスで開催されたのである。幸夫もそのライブに参加し、現在鋭意帰宅中。     街灯がまばらで、ほぼ真っ暗な夜道でも、彼の目の前には『光ある道』が、克明に描き出されていた。

『きっと僕は、今日の為、今日みさきちに出逢うために生まれて来たんだ! 今までの不運且つ理不尽な現実は、もはや過去であり、今の自分と、この未来を形成する為の、回り道だったんだ』
  彼の脳裏には、小学生から、中学、高校、アルバイトまでの色んな思い出が、走馬灯のごとく満ちあふれた。それぞれがドラマチックに、イモ娘の楽曲をBGMに、フラッシュバックしていく。

   彼がイモ娘の中で最『推し』ているのは、安納芋担当のみさきち。華奢で清楚で、隣の優しいお姉さん然とした親近感たっぷりの容姿に、艶やかで挑発的、KPOPアイドル顔負けの大胆なダンスが魅力な女性だ。それでいてノリも良く、寒いオヤジギャグやダジャレ好きという、まさしく中年男子の為のようなアイドルだ。
   そもそも『イモ娘』は、『地味で素朴な女の子が、やる時には光り輝く』というテーマで結成されたアイドルグループ。可愛らしい王道のアイドルソングから、子供には見せられない、聞かせられない程に艶やかで艶めかし楽曲まで華麗に舞う彼女達。
     二年前、幸夫がバイト先のコンビニのグラビア雑誌の表紙で、みさきちと運命の出逢い果たして以来、みさきちが、そして『イモ娘』が彼の生きる道で、生きる意味となった。正直、コンビニのバイトしか稼ぎのない幸夫は、都内で開催されるライブなどには到底参加出来なかった。しかし、最近ではマイナーなアイドル達でも、配信・動画という媒体でライブやチャット配信などで活動出来る時代。今の幸夫には、それでしか彼女達を応援する術が無かった。日々古めかしい携帯端末にかぶりついて、ありったけの有り金をイベントに参戦する彼女達に上納する毎日。月末は一切手元に現金は残らない。しかし彼はそれで良かった。もとい、それが良かった。      清貧に徹してでも、彼女達を応援したという事実を実感する事で、誰かに必要とされているという、己の存在意義を噛み締めるのであった。

   そんな彼にも今回、朗報が。 
   アイドルグループ10組が一同に集まる『ドルフェス』が、なんと隣町で開催されることに!  幸夫は息勇んで休暇を申請し、バイト代を前借りしてまで、この『ドルフェス』に臨んだ。もはや周囲からの好奇な目など、気にしている余裕は無かった。憧れの『イモ娘』に、そして、愛して止まないみさきちに直接逢える! それ以上に大切な事など、彼には思い浮かばなかった。それは今まで生きて来た彼の集大成、そしてすべてだ!
    満を持して、彼はそのライブに参戦する。
    チケット代三千円にワンドリンク五百円が最低限必要な金額。そこにライブでしか買えない彼女達のCDROM三千円、チェキ千五百円、ツーショットなら三千円、その他ブロマイド各種五百円~    彼女達に印象を残す為には少なくとも一万の出費は覚悟しなければならない。電車で行けば往復で八百円は掛かる。無駄な出費は避けなければならない。ここはもう二時間掛けて自転車で行くしかない。
   諸々財布と相談、トライアンドエラーを繰り返しながら、貧乏ライブ参戦はいざ決行された。

  初めての土地で道に迷いながらもライブ会場に到着。見た目も同類の同士達と、狭い会場で密接に密集を余儀なくされるも、彼女達のステージが始まると、そんな事はどうでもよくなった。
   パフォーマンス時間はわずか十五分。たった二曲だけの披露だったが、その瞬間は一瞬であり永遠、日々の喧騒を剥ぎ落とし、純粋で無垢な、聖なる沼へ、彼をたたき落とすのだった。
    そして間近でみさきちに逢える物販タイム。順番になって、緊張してもぞもぞする彼に優しく微笑みかける彼女。
「あ! ゆっきー? いつもありがとう! 応援届いてるよ!」
  みさきちは彼のニックネームを覚えていた!
   そして、見るからに小太りで汗臭く、挙動不審な四十男を見ても、嫌な顔ひとつせずに、ツーショットチェキまで撮ってくれたのだった。

『みさきちと結婚する!俺がみさきちを幸せにする! 』
  アイドルにとっては他愛もない、ファンへの対応ではあったが、幸夫にとってはそれは、恋からガチ恋に堕ちるに相応しい『神対応』、そのものだった。
     結果的に全財産、彼女達に注ぎ込んだ。財布の中は空っぽ。帰りにラーメンでも食べて帰ろうと思ってはいたが、物理的に無理。それ以上に高揚感で、食事も喉を通らない。

『イモ娘』と共有した時間はわずか二十分、とりわけみさきちとの時間は五分程度だったが、彼女が自分を認識してくれた事が、なによりの収穫で、喜びで、未来永劫彼の中で輝き続ける財産となった。

    そんな幸せを噛み締めながら、幸夫は自転車のペダルをこぐ。明日も朝8時からバイトだ。無理くり今日休んだ為に、明日からは鬼シフトだ。しかし、それもみさきちの為であれば、もとい、『みさきちと幸夫の未来』の為であれば、なんら苦ではなかった。

    左手のデジタル時計が二十三時を告げる。      かれこれあと1時間は、自転車をこがなければならない。その道程は『イモ娘』の楽曲が彼を後押ししてくれる。さあ!もうひと踏ん張りだ!

『あなたに残れ!あたしの恋の爪痕』
幸夫は彼女達の楽曲を高らかに唄いあげ、自転車は長く伸びる下り坂に差し掛かる。
    歌詞も丁度リズミカルなラップのテイクに入り、猛スピードで自転車はその坂を下り続ける。
   風になった幸夫は、全世界に届けと言わんばかりに、リリックを吹き抜けて行く風に叩き込む。
    下り坂も終わりに近づき、曲がり角に差し掛かる。その猛スピードのまま角を抜けて行こうとハンドルを握りしめた刹那、幸夫の目の前に、右側の路地から真っ白なSUVが猛スピードで突っ込んで来た。
『危ない!』
   その瞬間、流石の幸夫も『死』を意識した……


加奈子

  彼女は爪を噛んだ。そして、またその癖が出てしまったことに舌打ちをする。
  先日都内のネイルサロンで施したネイルが台無しだ。
  頭のてっぺんから足の爪先まで、余すとこなく『美』で埋めつくし、非の打ち所のないように、それを維持していたものの、苛立ちが過ぎるとどうしても爪を噛む癖が出てしまう。そのために何度、ネイルをやり直したか分からない。そんな学習出来ない自分にまで腹が立って来た。
   今日は先日出逢ったベンチャー企業の社長との食事の約束があった。しかし事もあろうか彼女は、もうひとり知り合いの大学生とも、逢う約束をしていて、社長との約束をすっかり忘れていた。幸い夜遅くに逢う約束だったから、『少しだけ遅れます』と嘘ぶいて、表面上事はなきを得た。  
    しかし、大学生とは濃密に身体を重ねあい、いざひとつになろうとしたその瞬間に、社長からのLINE。大学生の頭を胸に埋めさせ、押し寄せる局所的な刺激に、息を漏らしつつ、それを確認。そしてその文面にて約束を思い出し、慌てて大学生を身体から引き剥がすのだった。

  車の時計は二十三時を回ろうとしている。およそ一時間の遅刻。きっとこの程度の遅刻など、社長は何も言わないはず。というより彼女が駆けつけて来てくれた事に、逆に感謝の弁を述べるだろう。その自信は溢れる程に彼女の中にはあった。しかし、万が一彼を逃すような事があれば、今までの努力が水の泡だ。彼女は計画性のない自分に、再度舌打ちをする。誰もそこを指摘しないが、自分の中でそれがずっとずっと引っかかっていて、消えない痼のように、再三彼女を苦しめた。一言で言えば自業自得だ。しかし男達は、彼女の美しさを前にするとそんな初歩的なミスや勘違いなど、なんら問題ではなかった。だからこそ、彼女はそれが怖かった。今でこそ辛うじて美貌が彼女を護っている。がしかし、それを万が一失う事があれば、その魔力はたちまち効力を無くしてしまう。はたまた、人の信用など、いつどう転ぶか分からない。美しさを持ってしても、彼女の自由奔放で無軌道な振る舞いに、いつか誰かが異を唱えるかもしれない。今までが完璧であるが故に、それに対する処方箋は彼女は持ち合わせていない。故に常に不安と隣り合わせだ。
     そして、彼女も今年で四十歳を迎える。正直メッキが剥がれてもいい年齢だ。しかし、その予兆は未だにない。より一層、肌ツヤ、血行も良くなり、美しさは衰えるどころか日々進化している。二十代と間違えられる事や、行く道行く道で男の視線を感じ、かならずや誰かが声をかけてくる。
    そんな容姿に産んでくれた両親に、感謝をしなければならない。だからこそ、不安という、凡庸な立場にある者には分からない、無限のループに彼女の心は休まることはない。   ついまた爪を噛もうと口に手をやる。そしてまた思い出し、手をハンドルに戻す。

   このまま飛ばせば三十分には着けるはず。
    街灯の少ない暗い道には人気などない。彼女は、今一度ハンドルを握りしめ、アクセルを強く踏み込んだ。素早く反応し、即座に加速する彼女の車。速度計は九十キロを表示。      彼女はそのまま、今一度アクセルを踏み込む。直線上、スピードを落とさずそのまま路地を突き抜けようとした、その刹那、左側からの曲がり角から、猛スピードで突っ込んでくる自転車の男の姿が目に入った。
そして……

つづく





#創作大賞2023


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