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妄想と欲望という名の夢か誠か第七話~報知(しらせ)~

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妄想と欲望という名の夢か誠か第七話~報知(しらせ)~


「ほじゃったんですか!」
  雅樹は篠田の発言に、驚きを隠せなかった。

  雅樹はあの声について、自分なりに調べてみることにした。
  去年の片桐に始まり、ここ数日相次いだ殺人事件。無論捜査は続いているはずだが、直接の関係者でもない雅樹には、捜査情報が知らされる由もない。しかし、動かずには居られなかった。ややもすれば幸夫まで、巻き添えを喰らう可能性もある。仕事をクビにはしたが、やはり身内。特に子宝に恵まれなかった雅樹達にとっては、あんなクズのような男であっても、かけがえのない大切な家族だった。そして、幸夫たちの同級生も然り。皆、誰かの大切な家族。

 『これ以上被害者を増やしてはいけない』
  その想いを胸に掲げ、彼は愚直に聞き込みに精を出した。
  そして今日、当時学年主任をしていた篠田に話を聞くチャンスを得て、彼の自宅を訪れていた。
「篠田先生、急で突拍子もない事聞くで、堪忍してくださいね」
「どうしたで雅樹?  改まって」
  申し訳なさそうな表情をする雅樹を見て、篠田はキョトンとした表情をする。
「いや、先生も気になっちょるとは思うんですが、片桐先生、角田さんとこの秀夫くん、んで、こないだの高階圭一くん、三人とも殺されたで、みんな不安がっちょるんですわ」
「その話け?  話せる事はもう全部、警察さ話したで、お前に改めて話す事はもう無いで」
「そう言わんと先生、俺、多分、聞いちゃいけねえ『声』を聞いたんです」
「もう帰れや。」
「先生、これだけ聞いてください!『んな、 いだ! ねばいいのに!』 ね!  先生、なんかこの言葉、耳覚えはありませんか?」
  必死に訴える雅樹の発言に、篠田はまるで時が止まったかのように、目を丸くして固まった。
「雅樹、おめえ、どこまで知っとるんだ?」
「俺は、あのタイムカプセル埋める時にその声を聞いたんです。そして、泣きそうな顔をした男の子がすぅって消えて居なくなるのも、見たんです!」   
「……ちょ、ちょっと待っちょれ」
  少しだけ口ごもった後、篠田は立ち上がり、後ろの本棚から一冊の卒業アルバムを取り出した。
「お前が見たん言う少年は、この子じゃないがか?」
   そう言いながら、篠田は古めいたアルバムを開き、集合写真の右上に丸く切り抜かれた少年を指刺した。
「おお!  先生!  この子です!」
  あの時の哀しみに溢れた表情を忘れる筈もなく、あの日見た少年は紛れもなく、その少年だった。
「櫻井拓哉くんだて。その子は」
「この子、今どこでどうしてるんですか?」
「その子はもう、亡くなったで。30年前に」
「し、死んじょるんですか?」
「その子はなぁ、心臓に病気さ持っててな、学校にもあまり出席出来んかったんじゃが……」
「じゃが?」
「当時はまだ特別支援なんぞの整備も出来とらん時代じゃったけ、そのまんま普通のクラスに組込んどった。我々も親御さんには、養護学校等を勧めはしたが、この近くにそんな気の利いた学校なんぞ無く、何より拓哉くん本人が通常クラスを希望しとった。しかし……」
「しかし?」
「彼はクラスの中でいじめられていたらしい。身体も弱く、すぐに倒れ込んだりしているのを面白がって、一部の生徒達がそれを弄んどったんじゃ」
「それはひどい……」
「階段から突き落としたり、頭を何度も叩いたり、奴らは虫を殺すくらいの感覚で『どうしたら死ぬかの実験』をやってたらしい。それで休んだ日数を皆で賭け合ったりして、遊んでいたんじゃと。」
「担任の先生は助けてやらなかったんですか?」
「担任は片桐じゃった。奴は教師なりたてで、良くも悪くも前向きでな。いずれ収まるじゃろうと踏んどったし、やはり、あいつも相当のワルやったけえ、どうしても元気のある、どちらかと言えばいじめている側の方に気持ちが傾いとった。勿論注意はしておったが、拓哉くんの心のケアまでには、結果的にたどり着けなかったようじゃった」
「親御さんは黙っとらんだったでしょうに」
「それもな、狭い田舎の残酷なとこでな、拓哉くんは母子家庭で、お母さんも線の細い方でな、近くのスーパーのパートで、なんとか拓哉くんを育てておった。ほいで、彼女の居るスーパーにも上司、同僚として、取り引き先にも、至る所にクラスの家族が働いておった。『強者』の意見として、いじめられる奴は必ずその『理由』がある、というのがあるじゃろ?  正直この町はそんな考えの者ばかりでな、最終的にいじめられる側に問題があるという結論になるんじゃ。だからお母さんがどんなに声をあげても、それは掻き消されてばかりじゃて」
「そんなん、あっちゃいけん話だて!」
「じゃろうが?  だてのう、みんな我が子が可愛いけ、特に弱者の声なんぞ耳を貸さんのじゃよ。雅樹、お前だってあのぐうたらの幸夫が可愛いじゃろうて、あいつんため、必死こいて動いてるはずじゃ」
「確かにそうやけど……」
「ほいで拓哉くんは4年生の七月に、体調が急変してそのまま息を引き取ったらしい。丁度タイムカプセル埋める直前でな。拓哉くん自身もタイムカプセルを楽しみにしとったらしい。じゃから、中に手紙入れられんで相当悲しんだじゃろうて。あと……ほいでな……」
「ほいで?」
「彼をいじめとったんは、角田と高階がリーダーになってやっとったんじゃ」
「え?」
「三人とも生前のう、これを持って俺に泣きついて来おった」
  そう言って机の引き出しから三通の封筒を取り出し、テーブルの上に並べた。
「み、見ていいんですかね?」
  篠田は無言でうなづいた。
  雅樹は丁寧に封筒を持ち上げて宛先を見た。それぞれ片桐恭二、角田秀夫、高階圭一宛になっている。恐る恐る中身の便箋を取り出して、それを広げる。
「なんじゃこりゃ!」
  雅樹はその文面を見て絶叫した。
 そこにはこう、記されていた。
『みんな嫌いだ   死ねばいいのに   死ぬ人リスト   かたぎり先生   角田ひでお  高しなけい一』
  文面をよく見るとコピー印刷をされており、それぞれの宛先毎に順にその名前が明かされていた。そして、その下にも誰かの名前があるようだ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!  先生!  これは復讐という事ですか?でも本人はもう死んでるで、一体誰が?  拓哉くんのお母さん?」
「いや、それはありえん。彼女は拓哉くんが亡くなった後、この町から出て、今は再婚して新しい家庭を築いておるし、どんなに恨みを持っていても、ガタイのある三人を六十過ぎた婆さんが殺せるとは到底思えん。それにアリバイもあるで。そこら辺は警察も調べとるで、お母さんはシロじゃ」
「じゃ、誰が?」
「誰とかじゃのうて、の、呪いの類いじゃて」
「はぁ?  今どきそんなん有り得んて!  先生!」
「現に三人も死んじょるで、信じずにはおれんじゃろうが、それにな!」
「それになんですか?」
「それに、このリストには続きがあって、次の名前は……」
「次の名前は?」



狼煙

「ふざけんなし! なんであの女が着いて来んのよ!」
  加奈子は怒りのあまり、深夜の帰り道、ガードレールにハンドバッグを投げつけた。余程強く投げつけたのか、バッグはガードレールから跳ね返り、アスファルトに激突。そして騒がしい音と共に中身のスマホや、化粧品、生理用品等がこぼれ出た。
「あああ! ムカつく!」
  そう言って、迷いなく右手の人差し指の爪を噛む。

   加奈子は坂本と待ち合わせしていたいつものバーで、彼をずっと待っていた。しかし、いつまで待っても彼は現れず、メッセージを送っても未読のまま。いい加減帰ろうかと立ち上がったその瞬間、バーの入口のドアが開き、いつもの満面の笑みを浮かべた坂本が入ったきた。
「あら、遅かったですね?  無事に片付きましたか?」
  待ちくたびれた表情を急いで隠し、坂本に駆け寄る。
「あ、すみません。ちょっとだけスタジオで打ち上げになってしまい……」
  その呂律と顔色を見ると、少し飲んで来ているようだ。そして、後ろにもう一人人影が。
「じゃーん!  あたしまで着いて来ちゃいました! 一度でいいから、加奈子さんみたいに綺麗な女性と、飲んでみたかったんです!それに、ライブの感想とかも直接聴いてみたいし! ね、あたし、邪魔じゃないですか?」
  坂本の後ろからひょこっとみさきちと呼ばれていた女が顔を出す。
『邪魔!』
「いいえ、全然。私も若い女の子と飲むの久しぶりだから、一緒に楽しもう!」
  気持ちとは裏腹に、つらつらと嘘八百並べ立てる加奈子。
「やった!  さ、社長、行きましょ!」
  坂本の背中にぴったりと上半身を密着させ、加奈子が座っていた場所へと向かうみさきち。坂本もそれを拒否せずに、満更でもない表情でそれに従う。
  「はーい!社長はこっち!」
  そう言って真ん中を陣取って座るみさきち。
  加奈子にとってこの行為はまさに宣戦布告そのものだった。きっとこの女も社長を狙っているのだろう。或いは若さ故の自意識過剰、女として加奈子に勝ちたいという欲望が湧き出たのか、どちらにしろ加奈子は負けるはずは無い。
『その喧嘩、買ってやるわよ!』
  そう、彼女は意気込んだ。
  が、しかし。
  みさきちは真ん中に座ることで、加奈子と坂本を断絶した。更にひたすらに坂本にボディタッチを繰り返し、ジャれては甘えてを繰り返す。そして一番腹立たしいことに、坂本が残していたプラムを食べる始末。
「こら!  最後に食べるつもりだったのに〜!」
「ごめんなちゃ〜い」
 坂本も酔いが周り、席一つ向こうの加奈子に、気が回らなくなりつつあった。最初は加奈子に気遣い、声をかける余裕があったが、みさきちにどんどん飲まされて、気が付けばもはや二人だけの世界。

「あ、明日早いので、今日はこのくらいでおいとましますね」
  平静を装い、立ち上がる加奈子。それを見て悲しそうな目をする坂本。
「今日は本当にありがとうございました!  また、ライブいらしてくださいね!  感想も聞かせてください!お気を付けて〜」
  そんな坂本を隠すかのようにしてみさきちは立ち上がり、加奈子を見送る。
「ちょ、待って、加奈子さん」
「ほうら、社長は飲みすぎですよ!」
  加奈子を引き止めようと立ち上がる坂本を制するみさきち。
「加奈子さん!  安心してくださいね。社長はちゃんと私が送りますので」
  勝者のような笑顔で、加奈子を追い出すみさきち。
「は、はあ、よろしくお願いします」
  心無くそう言うと、加奈子は足早にバーを飛び出した。


  加奈子は散らばったバッグの中身を掻き集めながら、頬から何かが伝ったのを感じた。
「あのメスガキが! 今に見てなさい!」
  彼女の未来には『負ける』という文字はない。反転攻勢あるのみ。
   最後にスマホを手に取ると、彼女はある事を思いついた。


「それがあなたと私の運命(ディスティニー)  do you understand?」
  ライブからの帰宅中。イモ娘の楽曲を一曲歌い終えた頃、着信音に設定していた同じくイモ娘の他の楽曲が、幸夫のスマホを鳴動させた。
  幸夫はブレーキを握りしめて、自転車を止める。自転車に乗りながらのスマホ操作は法律違反。法律を遵守する男幸雄は、確実に自転車を止めてから、そのスマホを持ち上げた。
  正直切れてもおかしくないくらいに待たせているが、一向にその着信は切れる事はなかった。
  幸夫はその着信相手を見て、目を丸くした。

  そして、もうしばしの間、イモ娘の楽曲が迷惑にも深夜の住宅街に、大音量で鳴り響くのであった。

つづく

https://note.com/hiroshi__next/n/nb84f8b42dc4a


  


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