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妄想と欲望という名の夢か誠か第八話~奔走~


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妄想と欲望という名の夢か誠か第八話~奔走~


死んでもいい奴

「死ぬ人リストの最後の名前は、お前んとこの幸夫じゃて」
  雅樹は篠田の発言に言葉を失い、がっくりと肩を落とした。
「申し訳ないが、わしは助けてやる事は出来ん。幸夫で終わりじゃて。辛いかも知れんが、これで一先ず終わるけ、雅樹、悪い事は言わん。もう大人しゅうしちょれ。あまり首さ突っ込むと、関係のないお前まで巻き添えを喰らうやも知れん」
「なんて事を言うだか?  先生!それでも教育者かえ?幸夫だってあんたの可愛い教え子やったでしょうが!」
   篠田の幸夫に対しての認識に、雅樹はすこぶる腹を立てた。
  正直、幸夫は社会的に不適合者と言っても過言ではない。が、しかし、彼にだって生きる権利は平等にある筈。それをさも、幸夫なら死んでもいいとでも言わんばかりの口ぶり。人の家族をバカにするにも程がある。
「先生にゃ頼らんて!  そん代わり櫻井くんのお母さんの居場所さ、教えてください!」
  

  篠田の自宅を後にすると、雅樹はその足で櫻井少年の母親を訪ねた。


  閑静な住宅街の一角に鎮座する新居。
  立派な門扉があり、車三台分の駐車スペースに、手入れの行き届いた庭。孫がいるのだろう、片付け損ねた三輪車におもちゃのスコップが放置されている。その幸せそうな『現在(いま)』に、雅樹は二の足を踏む。
   櫻井少年の母親が、苦心の末手に入れた人並みの幸せ。その光景にそっと胸を撫で下ろすも、その閉めた蓋をこじ開ける権利が自分にあるのかと、雅樹は自問する。

『まさきおじちやん!』

  彼の瞼に幼き頃の幸夫の顔が浮かぶ。あの頃から引っ込み思案だった幸夫。しかし、雅樹にだけは屈託のない笑顔を見せ、まるで兄弟かとも思える程に、彼に懐いていた。当時、やんちゃが過ぎて、親兄弟からは見放されていた雅樹にとって、幸夫の笑顔は癒しであり、護るべきものだった。
   その幸夫の笑顔が、そっと彼の背中を押す。

「どちら様でしょうか?」
   ドアチェーンを付けたまま開かれたドアの奥には、神妙な面持ちでこちらを伺う初老の女性が立っていた。
「あ、あのう……」
  自分をどう説明していいか分からず、つい口篭る雅樹。
「あ、わたくし、駒田小学校のタイムカプセルの係をさせて頂いてる者ですが……」
「関係ありません」
「ちょっと、ちょっとだけでいいんです!  お話を伺えませんか?」
「お帰りください」
「お母さん、拓哉くんの死ぬ人リストの最後は、私の甥っ子なんです!」
  雅樹の必死の訴えに、拓哉の母は怪訝な顔をした後、ドアを閉めた。
   万事休す!  そう思った刹那、チェーンを外す音が聞こえた。

「ここは、どこかでお調べになられたんでしょうか?」
   半信半疑のまま雅樹を自宅へ迎え入れた母親は、警戒心を隠しきれないでいた。
「あ、篠田先生に伺って参りました」
「あの方もおしゃべりですこと」
   不機嫌に返す母親。
「あいすみません」
   深く頭を下げ、雅樹は促されたソファに腰を降ろす。
「で、お話とは?」
「お母さんもご存知かと思いますが、私らの住んどるN市で、立て続けに殺人事件が起こっておりまして―――」
「私達は無関係です!」
「それは勿論の事です!  しかし、拓哉くんが残した、死ぬ人リストのことを知っている誰かが、この事件に関与しているのは確かなんです。何か心当たりはありませんか?」
「心当たりも何も、私にしてみれば寝耳に水なんです。なんで今更三十年も昔の事を掘り返して……しかもいじめにあっていた被害者はこちらですよ?」
「お気持ちは察します。しかし現に三人も人が亡くなってるんです」
「知りませんよ!  そんな事。今更あーだこーだ仰られても、私はもう別の道を歩んでるんです。そっとしておいて貰えませんか?」
「仰る通りです。しかし、その三十年前を誰かが未だに引きずっている。そして今度殺されるかも知れんのは私の甥っ子なんです!  どうか、どうか!  私はそれを未然に防ぎたいんです!そして、甥っ子が拓哉くんにして来た事を、どうか、どうか謝罪させてください!」
   雅樹はソファから降りて、額を絨毯に擦り付けた。
 
「たしか……」
   その無様な姿にほだされたのか、数秒の間を置いて母親は口を開いた。
「拓哉が最後に書いていたのは、ゆきおさん?でしたよね?」
「はい!」
「ゆきおさんは拓哉をいじめていた訳ではありませんでした。ただ、拓哉は友達になりたかったようです。ゆきおさんもあまり活発な子ではないと聞いていました。だからこそ共感というか、同じ匂いがしたのだと思います。ですが、ゆきおさんはうちの拓哉になんか興味がなかったらしく、話しかけても相手にされなかったと。いじめられているのを間近に見ても、知らん顔だったとかで、あの子もひどく落ち込んでいました……」
「あいすみません! うちのバカ幸夫は、自分の興味のあるものしか反応せん、大バカです!本当にすみません!」
   母親の言葉に、雅樹の脳裏には、手に取るようにその光景が浮かんだ。いても立ってもおられず、またもや額を絨毯に押し付ける。
「どうぞ、頭をお上げになってください。」
「あいすみません!」
   ソファに座り直す雅樹。
「拓哉には、友達と言える子はおりませんでした。ですが、あの子が亡くなって数日後、息子の友達と名乗る男の子が、家を訪ねて来たんです」
  母親は少しだけ恨めしそうな表情で、その少年の事を語り始めた。
「それが、とても奇妙な子だったんです。挨拶や喋り方はまるで大人のようにしっかりしていて、礼儀もちゃんとしていました。ですが……」
「ですが?」
「その子はしきりに私に聞くんです。息子が亡くなった事がどれだけ哀しいのかと。根掘り葉掘りどんな風に哀しいのか、人生の中でいちばん哀しいのか?  とか、『哀しい』という感情が分からないみたいで、終始、興味津々と私の話を聞いていました。そして息子の部屋を見たいというので、案内したんです。」
「えらいけったいな子が来たもんですな」
「はい……どうやら四年生の一学期だけ同じクラスだったらしく、その後その子は転校して、拓哉を心配していたと言ってました」
「ちなみにその子の名前は分かりますか?」
「それが、教えてくれないんです。何度聞いても、名前という概念に意味は無いなどと、訳が分からない事を言い始めて、こちらの質問にはほとんど答えてくれませんでした」
「その子、このアルバムの中にいますか?」
   雅樹は、篠田の自宅から拝借してきた卒業アルバムをテーブルの上に広げた。
「この中には〜、えっと、居ませんねぇ」
  母親は老眼鏡をつけたり外したりしながら、そのページの集合写真をつぶさに見渡した後、そう言った。
「その子は一学期だけ同じクラスだったんですね?」
  雅樹は手帳にそう、走り書きをする。
「その子が言う事が正しければ、ですが…ちょ、ちょっと待ってください!  この子かも知れんません!」
 母親はそう言うと、アルバムの一角に割り当てられている、校内での様子を写した写真を指さした。
「はっ!  どの子かえ?」
「なんと言いましょうか?  中性的というか、賢そうで世の中を斜に構えてるような印象の子でした」
  雅樹はその指さされた少年をつぶさに見たが、写真も古く粒子も粗いので、人相まで識別するには至らなかった。しかし、母親の言う、斜に構えてるというイメージは、その写真からも見て取れた。
「そして、その子が持ち去ったんです」
「何を?  ですか?」
「拓哉がタイムカプセルに入れるつもりだった、死ぬ人リストを……」



懸念

「ゆっきー!  今日もありがとう! みさきち、超感激です!」

  端末の中のみさきちが、幸夫にしきりにラブコールを送り続ける。
『全てはみさきちのため!  僕にとってはみさきちが僕の全てだから!』
  配信内にてコメントを打ち込む幸夫。
「嬉しい!  そんな風に言って貰えるの初めてなんだけど……ちょ、ちょっと待って!」
   そう言いながらみさきちは、配信画面からフレームアウトする。
『どーした?』
『どしてん?』
  配信に駆けつけたリスナーたちは口々に、心配するコメントを打ち込む。
  そこ三十秒程度で画面内に戻って来たみさきちは、あからさまな涙を頬に伝わせ、それをティッシュで押さえる仕草をして見せた。
「ごめんね、泣いちゃって。さ!  残り三週間!最後まで勝ち抜いて行こうね!」
「うん!」
  幸夫はコメントではなく、自分の声でみさききちに応える。その表情は恍惚として、至福の極みと言わんばかり。

  先日のライブの帰り、彼のスマホにあの女からの着信が入った。幸夫から電話をする事はあっても、あの女から掛かって来る事などなく、幸夫はその着信を訝しみながらも出ることにした。
「もしもし」
「もしもし?  あんた、みさきちっていう女の子を応援してるんでしょ?」
  不躾に言う女に、幸夫は次の言葉を見つけられなかった。
「あ、あのう……あ、あんたは何故あの場所にいたんだ?」
  イニシアチブを取り戻そうと、幸夫はその質問に質問で返す。
「そんな事どうだっていいじゃない!  こっちが聞いてるのは、あんたがみさきちを応援しているかどうかなのよ!」
「あ、ああ!  み、みさきちは僕の命だ」
   この女に『みさきち』の名前を軽々しく口走って欲しくなかった。だからこそ、どれだけ自分にとって大切なものかを、強調する幸夫。
「アハハハハハ!  命だって!」
  笑い転げる女。
「まぁ、いいわ!  利害は一致したわ!  あんたのその応援、私がサポートしてやるわよ!」
「へ?」
  意味が分からない幸夫。
「だから、あんたのその応援を『応援』してあげるって言ってんのよ!それとも、私とはこれっきりでいいの?」
「え?  いや、そ、それは困る!」
「でしょ?  あのみさきちを幸せに出来る男はあんただけよ!ゆっきーさん!」

聞きかじった幸夫の情報を駆使して、彼を煽る加奈子。
「あの子と少し喋ったけど、あんたにとっても感謝してたみたい。あんたほど、自分を好きでいてくれて、ずっと応援してくれてるファンは居ないって。だからあんたは唯一無二で、みさきちにもかけがえのない存在らしいよ。なので、配信で伝えてる言葉と気持ちには、嘘偽りないって言ってたわよ。いつか、あんたとゆっくり話をしてみたいとも。」
  みさきちの発言とは真逆に嘘八百並べ立てる加奈子。捲し立てた後、急に電話口の幸夫は静かになった。
「ちょっと!  聞いてんの?」
  更に捲し立てると、微かにすすり泣く声が聞こえてきた。
「ぶわーーん!  うえん!ぶえん!ぐげごぎゅっ!」
  そしてその声は次第に大きくなり、大号泣に発展する。
「ちょっ、うるさ!」
  我慢出来ず、加奈子は電話を切った。
「マジでキモ!  あの女が言っていた気持ちが分かるわ!」
  みさきちの幸夫に対する印象には、少なからず同意し、同情さえ覚えた。
  電話を切った加奈子は、幸夫宛にショートメールで振込先の口座の開示を要求する。
  するとものの数秒後に、通帳の写真が返信されて来た。
「早!  ほんとにキモ!  どんだけレスポンス早いのよ!  しかも、個人情報ダダ漏れだし」
  写真には幸夫自身の個人の通帳が写されており、本名、支店名である程度の住所も特定出来る。本来であれば、身元のバレないように、新しい口座を準備するのが通例だが、あの男には、そんな事は通用しないようだ。

  加奈子は爪を噛むフリをしてほくそ笑む。ただでさえ気持ち悪がっているみさきちに、これでもかと幸夫をぶつけ、彼女の頭の中と毎日を幸夫だらけにする事が、彼女の狙い。幸夫の性格上、想いが溢れてきっと彼女に何かしでかすだろう。その事で彼女に幸夫というトラウマを植え付けさせ、精神的に崩壊させるという計画。その間に坂本を色仕掛けで落とし込み、二人の仲に亀裂を生じさせる。それが今回のゴール。それで失う金など、端金。各界の有力者達が上納してきた貯えは、そんな事ではビクともしない。
  苛立ちに満ちた帰り道は、迸る自信と、幸夫という駒を得た事で、勝利への道程と化した。


「今日も綺麗ね」
自宅に帰りつき、ドレッサーに映る自分に溜息を零す加奈子。『美』は彼女にとっての最大の武器であり、最大の防御。あんな小娘に負ける訳がない。   熱く滾る自信が彼女を包み込む。

メイクを落としながらも、自分の美しさに酔い知れる加奈子。口紅を落としたところで、スマホが鳴動する。オイルまみれの指先を少しティッシュで拭き取り、スマホを手に取る。
「加藤社長?」
  鳴動はIT企業の社長である加藤からのメッセージだった。
『加奈子さん、ご無沙汰しております。
しばらく会えなくてすみません。
株式上場の段取りがある程度出来たので、またお会い出来ればと切に願います。
下記の日程でどこか都合があえば、
ご一緒出来ると幸いです……』

「あら!  株式上場ですって!」
  その四文字に狂喜する加奈子。今一度風向きは彼女に味方をするようだ。無論この誘いを断る理由はない。そこに記された日程と、自分のスケジュールを、彼女は確認するのだった。



「ゆきちゃん、まだ起きてるの?」
  薄闇の中、笑い声とも泣き声ともつかぬ呻きを漏らす幸夫を心配して、部屋のドアを開ける母親。
   
   あの女との共闘が決まってからおよそ一週間。幸夫は片時もスマホのそばから離れなかった。部屋の壁、天井にはみさきちのグラビアや、スクショしたものを印刷したもの、ポスターや切り抜きが所狭しと貼り付けられ、床やベッドの上はゴミと埃の山。そんなみさきちとイモ娘、そしてゴミに囲まれた空間の中でさえ、スマホは彼の命綱だった。スマホだけが、今、リアルなみさきちと自分を繋げる唯一のパイプライン。熾烈を極め始めたみさきちの配信に於けるイベントも、現在彼女は幸夫の多大なる貢献により、一位を独走中。リスナーランキングでも幸夫がトップを独走中。これ以上に喜ばしい事はない。そしてあの女からの金銭的な援助と、都度耳にする、みさきちの彼への好印象に、頬が緩まずには居られなかった。しかし、彼にはひとつだけ、不安材料があった。
  それは数日前に配信に現れた『みさ太郎』と名乗る、みさきちをアイコンにしたリスナーの事。そいつはまるで風のように現れ、みさきちのファンだった事を吹聴し、一晩で十万円程のギフティングを披露し、嵐を巻き起こした。彼のギフティングで雑魚リスナー達も活気づいて、ボコスカと泣け無しの金をギフティングに注ぎ込んで行く。今迄は幸夫の独壇場で、他の雑魚どもはふざけたコメントか、少額のギフティングしかしてこなかった。しかし、その『みさ太郎』の出現で、雑魚どもも調子付き、ここ数日で先週一週間のギフティング額を遙かに上回った。幸夫もそれにほだされ、女から調達した金をそっくりそのままギフティングに注ぎ込んでいく。
「みさ太郎ちゃん!  ありがとう!  あなたが来てくれたおかげで、とってもこの配信枠が盛り上がってます!  やっぱり、みーんなからの応援がいちばん嬉しい!」
  そう、のたまうみさきち。
「ゆっきーだーい好き!」
  その台詞もどことなく上の空。正直、配信の話題も『みさ太郎』のコメントで、にわかに盛り上がり始めている。
  これは彼にとって由々しき事態。自分とみさきちは相思相愛、いずれ結ばれる星の元に生まれた二人。その運命は揺るぎない。しかし、それにノイズを入れる雑魚の数々。それらを完膚なきまでに叩きのめし、みさきちとは遠い世界に居る事を自覚させなければならない。それを考えると、夜も眠れない。

「はよ、寝りんさいな!」

  気が付けば母親が部屋の中に入って来ていた。
「ちょっ、なんで入って来るんだよ!  お前なんかが入っていい場所じゃねぇんだよ!」
  そう言って、乱暴に母親をドアの方に押しやる。
「まーた!  そげな汚い言葉ばっかり使うてからに!」
  息子の暴言には慣れたもので、一向に臆さない母親。
「ゆきちゃん、タイムカプセルの開封式の案内来とったで。再来週だて、参加せにゃよ。あ、あとゆきちゃん宛になんか、郵便来とったで。あ、中身は見とらんでな」
  部屋から追い出される刹那、付け加えるように言うと母親は、二通の郵便物を彼の部屋に投げ入れた。と、同時にそのいずれかの一通の中身が、床に散らばった。
「もう!ふざけんなよ!」
  グラビア雑誌の上に落ちたその紙切れを手に取り、一応目を通す。
「タイムカプセル開封式?  なんだよ! 七月十七日じゃん!  はい! 却下!」
  そう言って、ゴミが敷き詰められている方の床に投げ落とす。
  そう、その日はみさきちの配信イベントの最終日。何がなんでもこの日だけは別の予定など入れれる訳がなかった。
  そしてもう一通はあたかもダイレクトメールのように印刷された宛名書きに、幸夫は見る気も失せた。そのままゴミ側へ投げ込まれる。

  彼の目下の課題は、いかにして配信内でのイニシアチブを取り戻し、再度自分の尊さ、偉大さ、一途さを、みさきちに認識させること。ただそれだけだった。

つづく




#創作大賞2023 #ミステリー小説部門


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