見出し画像

妄想と欲望という名の夢か誠か 第三話~焦燥~

二話はこちら

第三話 ~焦燥~


奮起

『わたくし、みさきちこと、藤本美咲は七月三十一日をもちまして、『イモ娘』を卒業致します。今まで応援してくださったファンの皆様、そして支えてくれたスタッフの皆さん、そして、こんなわがまま娘をちゃんとアイドルとして育てて下さった事務所社長、本当にありがとうございました! 感謝をしても足りないくらいです。
今後はまだ何も決まってはいませんが、次のステップへと進むべく、歩みは止めずに頑張って行きます!
そして、卒業当日まで『みさきち』は、全手のライブ、動画配信、イモ娘としての活動は全力投球で駆け抜けます! 最後まで応援よろしくでーす!』

「ちょ、待ってよ〜! なんでこのタイミングなんだよ! 僕たち、やっと、やっと知り合えたばかりじゃないか! これからだ!っていうのに〜!」
  幸夫はバイトの帰り道にある公園のベンチで、人目も憚らずに喚きたてた。
  幸い、平日の昼間ということで、公園の敷地内にはほぼほぼ誰も居なかった。しかし時折通り過ぎる者達は見て見ぬふりか、或いは通り過ぎてから物珍し気に、振り返り振り返り、身悶える彼を嘲笑うのだった。

  幸夫にとっては、みさきちの卒業とは、驚天動地、青天の霹靂、とにかくあってはならぬ事。余命を宣告されるかのように、重大かつ深刻な問題だった。言い換えれば、余命宣告されたも同然、卒業までの後約一ヶ月間、それが彼に唯一残された時間。
 『どうする?  他に推し……僕は推してるだけじゃない!  僕は彼女を愛してるんだ!  そこだけは他のファンとは一線を画している!  それにみさきちだって、一度も会ったことなかったのに、僕のことをしっかりと覚えていた! きっとこれは運命なんだ!  ……そうか!僕らは結ばれる運命にある!  だからこそ、前回のライブに必然的に僕が参加した!そうだ!そして、その愛を実らせる為に彼女は必然的にアイドルを卒業する…… 』
  幸夫の中に、ある一筋の光明が差し込んできた。この卒業は二人が結ばれるためには必要不可欠なファクターであるということ。
  みさきちも、卒業という決断に至るまで、あらゆる障壁や誹謗中傷をその小さな背中で受け止めたはずだ。彼女の決断を無にするような事があってはならない! 
  これは神様が与えて下さったチャンス!  卒業という現実はとてつもなく寂しい。 しかし、彼女には未来がある。そして幸夫にも未来が存在する。そしてその二つの未来は、いずれシンクロする。
   神は乗り越えられない壁は与えない。きっとこの卒業は、その辛い現実を乗り越えて、更なる高みへと登るための試練。
  僕は神に試されてるんだ! 僕の 彼女への愛が本物なのか、それをまさに今、試されているんだ!

  幸夫は涙と鼻水でベタベタになった顔を、手の甲で拭った。
  泣いてる場合じゃない!
そして、拳を強く、強く、握りしめるのだった。

兆し

  加奈子の計画は、正直順調ではなかった。
  社長との一夜を起因として、あの後社長からの誘いも無く、他、キープしていた男性からの誘いもあがってはこなかった。
  街中でナンパしてくる男達も、彼女の容姿のみに魅せられた、身体目当ての品のないハイエナばかり。
   預金通帳には、凡人であれば一生遊んで暮らせるだけの金は入っている。
  しかし、それだけでは彼女は満たされなかった。彼女は贅にまみれ、贅に絶え間なく包まれていなければ、その乾いた喉と心は潤わなかった。
  富と名声を併せ持つ、ありとあらゆる男達が躍起になって、彼女を射止めるために、あの手この手で彼女に贅を運んで来る様に、恍惚と多幸感、そして何よりも『安心』するのだった。
  しかし、ここ一週間ほど、誰からの誘いも上がらず、正直焦り初めていた。
  新しいターゲットを探すか? それとも、キープしていた男達にモーションを掛けてみるか?
  と、思案していた矢先に、スマホが鳴動する。慌てて手に取ると、社長からのメッセージが届いていた。その内容は前回のお詫びと、そして穴埋めのための、再度の食事の誘いだった。
「よっしゃぁ!」
  加奈子は柄にもなく、立ち上がってガッツポーズを取った。
  ほっと一安心すると、そんな自分が可愛いらしくも、笑けて来た。

「社長は、半導体事業の他にも、実はこんな事業もされてるんですよね?」
「はい! 全く業種は異なりますが、実はもう十年以上、この事業にも打ち込んでおりまして……」
  ワインを片手に、加奈子はテレビから流れてくる、若き社長へのインタビューを眺めていた。この番組はあらゆるベンチャー企業のトップを紹介する番組で、彼女は毎週欠かさずに見ていた。この番組をきっかけに出会った男も数名実在し、未だ関係を続けている男もいる。
  そして今日は新しく半導体業界に参入してきた『坂本テクノロジー』の坂本社長がピックアップされている。
「その、事業とはいったい何でしょうか? さ、社長、ズバリお答えください!」
  真っ白に塗りたてられた肌、男を誘惑するような、卑猥に煌めく紅い唇と、万人受けする満面の笑みで、その女性アナウンサーは坂本社長にマイクを向けた。きっとこのアナウンサーも、この仕事でどこかの社長との交際や結婚を企んで居るに違いない。親近感でいっぱいの笑顔の奥に、狩人の顔が見え隠れしている。
「はい!  その事業とは、なんと!  アイドル育成事業です!」
  若き社長は満面の笑みでそう答えた。
「可愛いらしい……」
  加奈子は、テレビに映る坂本社長の、まだ少しだけ面影のある少年のような笑い方に、唇を緩めた。楽しそうに語る笑顔は、より一層子どもっぽさを想起させて、彼女の母性本能をくすぐる。そして併せて、彼女の狩人としての本能も覚醒する。
  「美味しそうなの、見ーつけた」
  ワインの酔いも回り、ベタなドラマのようなセリフが、漏れて出る。
   加奈子はそんな自分が可笑しくなって、ケラケラと笑い出した。



 

「雅樹さんよ!  まただ!」
  夜の十九時四十分ごろ。
  雅樹が店を閉めようとしていた矢先に、後輩で商店街組合の役員をやっている賢治が、バタバタと店に走り込んで来た。
『賢治よ〜、どうしたでよ? なんかあったんだか?』
  賢治はよほど走って来たのか、息をゼーゼー言わせながら、よほど気が動転しているのか、捲し立てながら喋るので、ほぼほぼなんと言っているのか分からなかった。

「ちょいと落ち着けや」
  店内のミネラルウォーターの蓋をはずし、賢治に手渡す雅樹。賢治はそれを受け取り、また慌てるようにして、喉をぐびぐび言わせながら飲み干した。  

「いやぁ! ね! またですよ!  また!  また殺し!」
「殺しだって?  誰がヤラれたんじゃ?」
  事の重大さを知り、神妙な面持ちで返す。
「あんの!  角田さんとこのボンボンの秀夫くんが、どうも殺されたらしいんじゃ!嫁さんのあっちゃんが、買い物から帰ってきたら、血だらけで倒れてたらしい。んで、警察と救急車呼んだけど、駄目で……」
「まじでか! んで、犯人は?」
「まだ、捕まっとらんだて、それがよう、最後に言い残した言葉が……」
「なんて言ってただか?」
「なんか、よく聞こえなかったらしいんじゃが、『……ねばいいのに』って言ってたらしい」

 その言葉に、 雅樹はハッとした。その言葉は、先輩だった片桐が、去年他界する直前に口走った言葉だった。
  賢治もそのことを知っており、二人で顔を見合わせると、互いに眉をひそめ合った。
「その言葉、なんか意味あんのけ?」
「分からんけ、ただ、秀夫君は片桐先輩の教え子だったけ、もしかしたら、なんか関係あるかも知らね」
  片桐も不審な死に方だった。第一発見者は雇われていた家政婦で、彼女が出勤してすぐに通報。下腹部を包丁で刺した跡があり、そして、まるで家族が帰ってくるのを待っていたかのように、その言葉だけ残して息を引き取ったという。
  片桐は晩年、心を病んでいたようで、幾度となく『死にたい』と口走って居たらしい。
   また、古い家屋故、防犯カメラ等も設置されておらず、現場に他人の指紋や、侵入の形跡もなかった為に、自殺として処理をされた。遺族や教え子達は紛糾するも、何一つ他殺という証拠はあがらず、疲弊する中で結果的に皆、口をつぐんだ。

『  んな、  いだ!        ねばいいのに!』

  その言葉が雅樹の頭の中に鳴り響いた。 
  三十年前のあの日に聞こえたあの言葉が、もしかすると何か関係があるのかも知れない。
  いや、そんなはずはない!そんな馬鹿げた話があってたまるか!
  ひたすらに自問自答が、彼の頭と心を拘束する。
「んだら、雅樹さん、俺帰るで。ちょっとお互い、気い付けときましょうや。あ、明日通夜じゃろうけ、幸夫ちゃんも参列するよう、言うとってください。一応同級生じゃけ、無関係では無いけ。」
「おう、分かった。」
「ほだ、帰りますけ」
「おう、気い付けてな」

  そうして、賢治は帰って行った。その背中は小さく硬くなって見えた。お互い若い頃はやんちゃしていたが、いつの間にか角は取れて、平たく丸く、そして日に日に小さくなっていく。
  店のシャッターを入り口だけ残して、雅樹は外で久しぶりに煙草に火を付けた。今、彼の気持ちを落ち着かせるには、十五歳から吸っている、その煙草くらいしか無かった。正直、健康のためと禁煙をしていたが、先程の話を受けると、自然と煙草に手が行ってしまった。
  初夏というのに、まだ肌寒い夜が続く。そして梅雨にも入り、湿った空気が充満していた。そんな空気の中に吐き出される煙は、初めて口にした時よりも随分と弱々しく、儚い。
『まるで自分のようだ』
  ふいに雅樹はそう、心の中で呟いた。

つづく

#ミステリー小説部門


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?