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妄想と欲望という名の夢か誠か 第四話~接触~

妄想と欲望という名の夢か誠か 第四話~接触~



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愚策

「え?  うそ!  ゆっきー! マジで? ありがとう!!  大好き〜!」
  幸夫は薄暗い部屋の中で、スマホ片手にニヤつきが止まらなかった。
  イモ娘を卒業する事が決まったみさきちは、自身が配信しているアプリ内で、最後のイベントに参加中。このイベントが終われば卒業ライブを残すのみ。そしてそのイベントで一位を目指すため、毎日配信を続けている。しかも、一位になれた際には、ギフト応援一位のリスナーをバックステージに招待するという、ファン達には垂涎の特典を打ち立てた。
  幸夫はその特典に狂喜し、のたうち回った。
『絶対に優勝させて、絶対に一位を獲る!!』と鼻息荒く、先月のバイトの給与の八割を課金に注ぎ込んだ。実際には月中で全額投入される訳だが、大人である幸夫はそこには少しばかりの計画性を持たせた。
  そして今日はイベントの中間日。
  現在みさきちの順位は五位。幸雄のギフト順位はまだ十位。厳しい戦いの最中だ。
  次々と投げ込まれるギフトを尻目に、みさきちはより一層のギフティングを、リスナー達に煽り続けた。
  そして起死回生の如く、幸夫は先日衝突事故を起こしかけた女から受け取った一万円を、そのギフティングに注ぎ込んだ。
「ありがとう! ゆっきー! だぁーい好き!」
と、急ぎ早に指でハートマークを作って見せると、みさきちは先程同様に、また更なるギフティングを哀願し始める。

「ゆきちゃん、ご飯出来たよ〜」
下の階から母親が彼を呼ぶ。しかし、彼はそれどころでは無い。目の前のみさきちの配信より大切なものなど無いのだから。
「ほら、ゆきちゃん、ご飯出来たで、あったかい内に早よ食べんさい」
  母親がドアを開け、薄暗い部屋に一筋の光が差し込む。
「ご飯いらない。そんな暇ないから、さっさと失せて!」
「まーたそげな事言うてからに。ちょちょって食べてしもうたらいいだて、早よ降りてきんさい―――」
「うるせえんだよ! 黙ってろくそばばあ! こちとら忙しいんだよ!」
「まーた減らず口ばっかり言うてから」
   怒鳴っても食い下がる母親を睨みつけ、殴りつけるようにドアを閉め、鍵を掛ける。
 そしてまた部屋の中は薄闇に包まれる。今、彼の目に映るのは、スマホの中の真剣な面持ちのみさきちだけ。
  ドアの外でボソボソ言う母の声が聞こえたが、そんなことはどうでもいい。今はみさきちとこのイベントの行く末のみが、彼の最重要課題だった。

  深夜零時半。
  イベントで五位をキープしたまま、その日の配信は終了した。そして幸夫のギフト順位は七位。少しだけランクアップしたが、油断大敵。六位のリスナーと五千円程度の差。このままであれば、明日には追い抜かれるだろう。
しかし……
どうしたものか……
金が無い……

通帳の中には後わずか。これではみさきちを勝たせる事は出来ない。
  幸夫は頭を掻きむしった。
『どうすればいい?  どうしたらこのピンチをチャンスに変えられる?』
  家族に懇願したところでわずか数万、バイト代の前借りも、先月もやっているので、到底頼めそうにない。あまり怒らせると、雅樹は元ヤンなので、だいぶめんどくさい事にもなりそうだ。
  『せめて、後十万あれば、どうにかなる!』
  握りしめていたスマホを机の上に置き、資金繰りに思いを巡らせる。
「現金いくら持ってたっけ?」
  ふと気になり、リュックサックの中から財布を取り出す。
 「たったの三千八百円かよ」
  悲しい哉、所持金はそれだけだった。これをギフティングに回しても焼け石に水だ。
  もう一度財布の中に手を突っ込んでみると、紙切れのようなものが数枚、奥でくしゃっているのが分かった。もしかして? と思い引っ張り出す。
  いざ取り出してみると、それは数枚の名刺、あの衝突仕掛けた車の女が落として行ったものだった。
「なんだよ! あのクソ女の紙切れかよ!  捨てとけばよかった!」
  負け犬の遠吠えの如く、幸夫は毒づいた。
  素直に言えば、あの女は目の覚める程に美しい女性だった。みさきちにはまだ足りてない、大人の色気が全身から満ち溢れていて、見ているだけで昇天出来そうな程にエロスの塊でもあった。幸夫自身、その美しさに目がくらみ、優しくされていたら……と思うと、背徳感さえ覚える程に、『女』だった。
  それ故に、あの高慢な態度が鼻について、腹立たしさもひとしおだった。
  幸夫はその三枚の名刺を見比べる。顔写真はそれぞれ違う写真だが、同じ人物だと分かる。しかし全て名前が違い、電話番号は一枚にしか書いていなかった。
「なんか、変な仕事でもやってんのかな?」
   以前テレビドラマで、女詐欺師が沢山の名刺を使いまわしてたっけ?  そして、それがバレた相手から、金と身体の要求をされるという……
「そうだ!」
  幸夫は、ある事を思い付き、ガッツポーズを取る。そして、イモ娘の楽曲を口ずさみながら踊り出した。
『ごめんね、あなたの理想じゃなくて
   私は罪な女なの
   今日はあなたの私
    明日はあなたの知らない誰かの私』
  踊り終わると、スマホと電話番号が記載された名刺を手に取り、ほくそ笑むのだった。

翻弄

「今日こそは、返しませんよ」
「この間みたいなのはごめん被ります」
  先日のIT企業の社長と再度の逢瀬。
 加奈子はその誘いを一度わざと断り、彼の出方を見た。再三謝罪し、逢いたいと切実に懇願する彼の言葉に確信を覚えた彼女は、二時間だけと期限を設けて、その誘いを受け入れた。
  時計の針は零時半を過ぎ、約束の二時間はとうに過ぎていた。二人は酒もほどほどにし、ホテルの一室で、そっと身体を寄せ合いながら、行為に耽る手前の駆け引きを楽しんでいた。

  悪戯に笑う加奈子の肩にそっと手を伸ばす社長。そして彼女をぐっと引き寄せ、もったいぶったように額を重ねる。
「これから、あなたはどうなると思います?」
「また白いゲロをかけられるとか?」
「だから、大丈夫だって!もう、あなたは意地悪ですね」
「そうかしら?  人によると思いますが」
  囁き合う二人の唇はもう、互いの射程距離に入っている。社長が唇を突き出そうとすると加奈子が唇をすぼめて、それを交わす。そのちちくり合いも時間の問題だった。
  逃がさないと言いたげに、社長の手が加奈子の後頭部を抑え込む。
「さ、そろそろ観念してください」
  社長のその言葉に、加奈子は虚ろな目になり唇も半開きになり、ほんのわずか、濡れた舌先を覗かせた。
彼女のその合図に社長は目を瞑り、そのまま覆いかぶさった。
その刹那、高らかに加奈子の胸元から、スマホの着信音が鳴り響いた。
「チッ」
  加奈子はまた舌打ちをする。
「もう! こんな時に」
  そう言いながらスマホを取り出し、着信に出る。
  出鼻をくじかれた社長は、所在無さげに彼女の還りを待ちわびる。

「はい? どちら様ですか?」
「あ、あの、こないだ事故りかけた者です」
「は?  何なんです?  こんな夜遅くに!」
「あ、あの、首と腰が痛くて、で、電話しました」
「この間、その分は渡したでしょ?  っていうか、なんでこの番号分かったんですか?」
「こ、この間、め、名刺落とされてましたよ。全部な、名前が違うんですね」
「何がおっしゃりたいんでしょうか?」
「い、いや、く、首と腰が痛くて」
「おっしゃってる意味が分かりません」
「では、け、警察に届けますね」
「はあ?」
「あ、明日の夕方ろ、六時に、駅前の時計台の下で、ま、待っています。ぜひ来てください」
「はあ? 行く訳無いでしょ?  ご勝手に!」
  加奈子は一方的に電話を終わらせて、そのままスマホをベッドに叩きつけた。
「あの……大丈夫ですか?」
「え? あ、はい!  最近嫌がらせの電話多くて……」
  苛立ちを満面の笑みで誤魔化す加奈子。
 『なんで、電話に出たのよ! っていうか、マナーモードになんでしてないの?  それに名刺落とすとか、マジでありえないんだけど!』
  心の中で自分を叱責する加奈子。計画性も然り、衝動的、反射的に、考えずに行動を取ってしまう自分心底腹立たしかった。今の電話も、着信番号さえ見れば知らない番号だと分かり、無視と着信拒否する事も出来たはず。
それにマナーモードにしておけば、気づかなくて済んだかも知れない。  しかも、電話番号を載せた名刺を落とすだなんて本当にありえない! その名刺はターゲットにだけしか配らないはず。それがよりによってあんな奴の手に渡るだなんて……
  細かい目先の事には杜撰な自分を、加奈子は嘆いた。きっと財布の中で他の名刺と札が混ざりあったんだろう。それに気づかないまま、優越感たっぷりに金をチラつかせた自分が、本当に本当に嫌いでどうしようもなかった。
  そして、あの電話の男のたどたどしい物言いも、更に彼女の癇癪を増幅させる。おどおどしている癖して、弱みを握っている事を鼻にかけたような喋り方が、とてつもなく癪に障る。しかし実際警察に電話されて、自分だと特定されてしまうと、今後に支障が来すのは彼女だ。

「あ、あのう、今日は、やめときます?」
「あ、いえ、大丈夫です!」
  再度の社長の言葉に我に帰る加奈子。今宵は社長を確実に仕留める為の夜だ。ひとまず考えるのはやめにして、社長に集中しよう。
  加奈子は作り笑いをしながら、ブラウスのボタンを数個外し、胸元を少しだけはだけさせた。ハリのある谷間が顔を覗かせる。
  それを見た社長はニヤリと微笑み、無言で両手を広げる。加奈子もはにかんだ表情を浮かべながら、その手の中に身を委ねた。

 先程までの執拗な前置きは何処へやら、まるで貪るように顔、耳、首、胸元への愛撫を繰り広げる社長を許す加奈子。しかし、それを受容するだけ。それに応える程にその行為に没頭出来ていない自分が居た。
  加奈子の頭の中には、さっきの電話の男の声が鳴り響いて仕方なかった。時折社長が漏らす吐息や、敢えて立てる舌音が、あの男の声と重なり、不快感がいや増す。先程まで押し寄せていた波はとうに引き去り、彼女の身体は干潮どころか砂漠と化し、乾いた風がザラついたその手で、彼女の心根を悪戯に触り続けた。
「ちょ!あ、あの、ごめんなさい!」
半裸にされ、社長の指は彼女の中心部に向かおうとしていた矢先、加奈子はその手を制した。
「え?  嘘?」
いつの間にかパンツ一丁になった社長は、ふやけた表情で彼女を見上げた。だらしなくも口の周りにまみれ付いた唾液が、やけに情けなく、加奈子には見えた。
「やっぱり、今日は、ご、ごめんなさい……」
伏し目がちに謝罪して、社長から視線をはずす加奈子。
  社長は不満そうな顔をしながらも、それを口にせずに、彼女から自分の身体を無理やり引き剥がした。そして、無言のまま加奈子を残し、シャワールームへと消えていった。
  加奈子は一人シーツにくるまり、唇を噛んだ。ヒリヒリとザワつく胸中。後悔と怒りと侮蔑と不安が入り交じって、気がつけば涙が頬を伝っていた。

つづく

https://note.com/hiroshi__next/n/n0dcf04246d1b





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