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妄想と欲望という名の夢か誠か第十話~雨~

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妄想と欲望という名の夢か誠か第十話~雨~




七月十七日。

  その日は生憎の雨。
  お昼の十二時より予定されていた駒田小学校のタイムカプセルの掘り起こしは、その雨により開始時間が大幅にズレてしまった。最寄りの公園には、当時の生徒及び、家族、関係者が集まったが、その数僅か十人に満たなかった。当時の生徒数は二十人。その中から地元を離れた生徒、不慮な事件に巻き込まれた生徒、自らの意志で参加しない者も合い重なり、集まった純粋な生徒はその半数、四、五人程度。公園内に設営されたテントの中で、降りしきる雨に皆、恨めしそうな表情を浮かべていた。
「すんません、この後仕事さあるで、今回は失礼しますで」
「仕込みがあるで、俺も」
「旦那さ帰って来とるで、また掘り起こしたら連絡してください」
  時間が押すにつれ、皆それぞれの事情の元に、そのテントから離脱して行った。最終的に残されたのは、発掘用にかき集められたボランティアの学生と、駒田小学校の校長と運営の教師三人だけ。
「先生、今日は中止にしたらどうでしょう?」
  ボランティアの学生は、面倒くさそうに校長に申し出る。
「いや! 今日やらんと意味がねえて、もう少し辛抱せい」
  何かと決まり事を重んじる校長は、以前の教え子だったその学生に、毅然として答えた。
  その矍鑠たる態度に眉をひそめる学生。そのやり取りを見て、無言で『ごめんね』と表情で謝罪するもう一人の教師。

  テントに打ち付ける雨音は、一層強くなるばかりであった。



  「ういっす!  ういっす!  ウィッシュ!」
  幸夫は周囲の目も気にせずに、イモ娘の楽曲『WISH LOVE』の合いの手と、ダンスを身振り手振りしながら、スマホの画面にかじりついていた。
   ここはショッピングモール『ライフガーデン』の一角にある休憩エリア。ちょうどお昼過ぎのその時間帯は、家族連れの客達が昼食に勤しむ頃。
  四人がけのソファを陣取った幸夫は、買い込んだお菓子とジュースをテーブルにばら撒きながら、スマホの画面に一喜一憂している。    周囲の客は皆、彼からは距離を置いて席を取り、怪訝な顔を向けつつも、そっと目を背ける。

「みんなありがとう! このまま行けば、トップで逃げ切れるかも?」
  みさきちの掛け声に呼応する幸夫。高額なギフトが投げられると、イモ娘の楽曲のワンフレーズで感謝を述べるみさきち。そしてそれに全力で追従する幸夫。家でも外でも隔てなく、みさきちとの大切な時間には、惜しみなく全力で臨む。

  そもそも、今日という日はみさきちの配信イベントの最終日。朝十時からイベント終了の明けて深夜二時まで、ノンストップ配信!  そんな大切な時間を誰にも邪魔される事があってはならない。しかし運悪く、幸夫が子供の頃に参加したタイムカプセルの発掘のイベントが重なってしまった。もちろんそんなものには参加しない彼だったが、叔父の雅樹が執拗に着いていくと言い出し、昼前に迎えに来るという。それを聞いた幸夫は早朝から雨の中、家を飛び出し、WiFi環境のあるショッピングモールのこの休憩エリアを根城とした。今のところ雅樹には気づかれてはいない模様。彼は心置き無く羽をのばし、大切な時間を謳歌するのであった。
  コーラを飲み干し、ポテトチップスも平らげると、幸夫は急に尿意を催した。
「あ! ちょい、トイレ!」
  誰に言うでもなく、幸夫は立ち上がり、スマホから視線を外さないまま、トイレへと駆け込んだ。
  いざ入ったトイレはちょうどいいタイミングで、誰も入っていなかった。幸夫は片時もみさきちと視線を外さないように、小便器の上の小さな小上がりにスマホを置いて、用を足す。
 イベント終了まで 残り時間十時間。みさきちは僅差ではあるが、現在トップを走っている。そして幸夫もギフティングはぶっちぎりの一位である。このまま彼女と感動のゴールを駆け抜ける事が、彼の今日最大の目標であり使命。絶対に油断は許されない!
   
  だいぶ我慢していたのか、かなりの量を放水しだが、ひたひたと雫が止まらない。
  身体を一度ぶるっとさせると、そのしたたりにピリオドを打ち、チャックを閉めようとしたその刹那!
  後頭部に鈍い痛みが走った。と同時に視界が狭まり、ぼやけていくみさきちの笑顔。そして遠のいていく意識。そして、幸夫は下半身を露にしたまま、その場に倒れ込んだ。


「姉ちゃん!幸夫はどこだて?」
  血相を変えて迫り来る弟に、辟易しながら幸夫の母親は口を開いた。
「雅樹や、あまりゆきちゃんをいじめんであげて。あの子ももう大人じゃけ、色々と考えがあるんじゃて。少しだけそっとしといてあげたらどうじゃて?」
「違うんじゃて!  そういう事やのうて、今日は幸夫と一緒におらんといかん!」
「なんで、そんなに焦がるん? 夕飯には戻るじゃろうて。今日はな、ゆきちゃんの好きなシチューだて。好き嫌い多い子やったけど、うちのシチューには目が無いんよ……」

『違う!  姉ちゃん、幸夫が殺されるかもしれんて!』
  心の中で叫ぶ雅樹。しかし、その言葉は口が裂けても絶対に漏らしてはならない。彼女にとって幸夫はまさに宝物で、生命であり、全てだった。それほどまでに息子に溺愛している。万が一彼に何かあったら、彼女は正気を保てないだろう。そう思うと、一層唇を噛み締めるしか出来ない雅樹だった。

「姉ちゃん、ちょっと部屋入るで!」
「ダメって!  またゆきちゃんが怒るで、やめんさいや!」
  姉の言うことも聞かず、雅樹はドタドタと階段を駆け上がり、幸夫の部屋へと急いだ。

「うっ!  臭っ!」
  幸夫の部屋のドアを開けるや、汗とカビと生ゴミが重なり合った激臭が、雅樹の鼻腔を襲いかかった。目眩を覚えそうなその臭気に一瞬たじろいだが、雅樹は意を決してその中に飛び込んだ。山積されたゴミとアニメやアイドルの雑誌群。それらを掻き分け、部屋の中であるものを探し始める雅樹。

「あった!  やっぱり来とったか……」
  数分後、ある封筒を持った雅樹が、幸夫の部屋から飛び出してきた。
「姉ちゃん、幸夫が行きそうなところって、どこかあるん?」
「どうしたで? 何かあったんがか?」
「ええから、幸夫さ行きそうな場所!教えちゃり!」
「そ、そうやね、ライフガーデンのフードコートのソフトクリームは好きやったで」
  流石母親。一発で彼の居場所を的中させる。
「ら、ライフガーデンかぁ!」
  雅樹はそう叫ぶと、そそくさと幸夫の家を飛び出した。
「ちょ、あんた傘ぐらい差してて行かんと!」
   幸夫の母親が叫ぶとて、後の祭り。玄関のドアが激しく閉まると、家の前を傘も差さずに走り抜ける雅樹の姿が見えた。
「あん子も聞き分けのない子じゃて……誰に似たんじゃろうか?」
  そう言いながら、テーブルの上の紅茶を口に含む母親。

『今日のシチューには、何を入れてあげようかしら?』
  ある程度入れる具材は決まっているが、おふざけでいつもとは違う何かを入れて、幸夫を驚かせようと、母親はほくそ笑む。
「そうじゃ!  ブロッコリーあったでな!」
  誰に言うでもなく母親はそう叫ぶと、冷蔵庫へ走って行った。


『幸夫や!  無事でいろや!  知らない大人に声を掛けられても、相手にしたらいかんで!』
  雨の中、ずぶ濡れになって走り続ける雅樹。
   脳裏でその言葉を何度も繰り返し、幸夫の無事を祈る。

  彼が幸夫の部屋で見つけたものは、タイムカプセル発掘の案内と一緒にくしゃくしゃになっていた、ある手紙。
  慌ててその手紙の封筒を開けると、彼の予感は的中した。その封筒の中に入っていたのは、あの『死ぬ人リスト』。そしてそこには、『山本ゆきお』、幸夫の名前が記されていた。

  激しく振り続ける雨粒が、容赦なく雅樹の顔を打ち付ける。滝にでも打たれるかのように、絶え間なく眼前を流れ行くその雨水は、否応なしに彼の視界を遮る。そして口の中にも流れ込む雨水は、大気中の砂埃も絡め取り、微かな砂利を彼の口の中に残した。それを何度も吐き捨てながら、雅樹は先を急いだ。

  走り続ける事十五分ほど。
  ようやくライフガーデンの看板が、彼の視界に現れてきた。びしょ濡れになりながらも、走る速度を上げる雅樹。雨水を含んでビショビショになった服が、まるで何かを拒むように重く感じられた。
『幸夫!  無事でいろて!』
  ただただ、幸夫の無事を願う雅樹には、そんな服の重みなどなんら障害ではなかった。
  ちょうど駐車場の入口に差し掛かったあたりで、雅樹の目の前を1台のワゴン車が走り抜けていった。それもぶつかるかぶつからないかギリギリの所で、後数秒遅かったら引かれていたかもしれない。
  急な飛び出しに、尻もちをつく雅樹。一瞬放心状態になるも、直ぐに気を持ち直して立ち上がる。
『幸夫や!無事でいろや!』
  そう願い、雅樹はライフガーデンの入口へとラストスパートをかけた!




「今までお忙しかったんですか?」
 加奈子は、ワインを口に含むと、興味津々に加藤に尋ねた。

  夜二十三時過ぎ。
  加奈子は、加藤社長の誘いを受け、高級な会員制のレストランバーに居た。 
  外は朝から雨が降り続き、今も尚その勢いは止まることは無かった。

「上場審査が通るまでは、ご飯が喉を通らないほどでした。父の会社から独立して、ここまで来るのに、十年掛かりました。」
「あら? お父様も何か事業を?」
「はい、堂和興産って、ご存知ですか?」
「え? あの、堂和興産!」
「ええ、あの会社立ち上げたのは祖父でして、二代目は父が継いでます。父の経営手腕は素晴らしくて、工場を全国に二十箇所、ドバイでも先月、操業を開始しました」
  堂和興産とは、現在国内の鉄鋼業界の中でもトップクラスに入る製鉄所である。加藤の話のように、全国、海外にも工場を持ち、常に躍進を続けている大企業である。
「父は後を継いでおよそ十年で、この会社を全国に広めました。それに比べたら僕の十年なんて、大したものではありませんよ」
「そんな、謙遜されなくても大丈夫です!社長はちゃんと、着実に結果を出されてます」
  加奈子はいつも以上に優しく、諭すように答える。
「ありがとうございます。加奈子さんだけです。僕にそう言ってくださるのは」
「あら?  それは本当かしら?」
  悪戯に微笑む加奈子。
「もう!  加奈子さんは意地悪だ」
  拗ねたように言い返す加藤。
  
  加藤との談笑の最中、加奈子の脳裏には坂本社長の顔がチラつく。それを彼女は目の前の加藤で、しきりに払拭し続ける。しかし、根本的な所で何かが違う気がしてならない。目の前に居るのは、格好な財を抱えたプリンスだ。しかもその父親は大企業の長。まさに富める宝の泉。絶え間なく『金』という水が湧き、『渇き』を知らない大きな湖だ。そこに飛び込まない手はない。しかし、その湖のほとりで、寂しそうな顔をした坂本が、無言で彼女を引き止める。

 加奈子はグラスに残っていたワインを一気に煽る。
「どうされたんですか?  加奈子さん!」
  急な飲みっぷりに驚く加藤。
「いえ、社長の成功が嬉しくて、少し酔っ払いたいな、なんて……」
  心とは裏腹に、艶を帯びた笑みを加藤に投げ掛ける。
「それでは、今日は思いっきり酔いましょ!  ここ、いいお酒があるんです!」
  そう言うと加藤は数回手を叩いてホールスタッフを呼びつけた。
「君、あれ、出せる?」
「かしこまりました」

  ものの数秒で、二人の目の前にはフルートグラスが準備され、まことしやかに艶めかしい天鵞絨色の雫が注がれた。
「わぁ!  綺麗!  こんなお酒、私初めてです!  なんてお酒ですか?」
「秘密です。でも、これは加奈子さんのためのお酒ですよ。さ、乾杯!」
「社長ったら」
  頬を少し膨らませた後、加藤から差し出されたグラスに彼女もそっと自分のそれを重ねた。
「なんて美味しいんでしょう!  これなら何杯でも飲んじゃいそうで怖いです!」
 あまりもの美味しさに驚きの声をあげる加奈子。
「どうぞ。酔っ払った責任は僕が取りますので」
  加藤はまた悪戯な笑みを零す。


「ほん、とに、こ、れ、おいし  いで……」
  何杯も煽った加奈子はとうとう呂律が回らなくなってきた。そして、天にも昇るような浮遊感に包まれ、今にも堕ちそうな雰囲気だ。
「さ、遠慮せずもう一杯どうぞ」
 そう言って彼女のグラスにボトルを傾ける加藤。
「もう、しゃ、ちょう、ったら……」
  そう言って、注がれたグラスを煽り、飲み干した加奈子は、グラスを置くと同時に、そのままテーブルに突っ伏した。
 それを見届けると加藤は立ち上がり、酔っ払った加奈子を抱え、支払いも済ませぬまま、レストランを出て行った。

  その様を見ていた、支配人らしき男は苦々しい顔をしたが、一度目を瞑り、何かを飲み込んだ。





「……ありがとう!  ええ!そんなに!ありがとう!  みんなのおかげでここまで来れたの!  みんなの事は絶対に忘れない!」

  幸夫の耳に懐かしい声が流れ込んで来た。どこかでずっとその声を心の支えにしてきた、それと分かる耳馴染みと、すうっと身体中に染み渡る声。そして、今も尚その声を求め、支えにしている自分が居た事を思い出す。と、同時に後頭部に鈍い痛みと、口の中に血の味を感じた。そして、手足が動かないことに気づく。何かできつく縛られているようだ。そして口元にも無造作に何かが貼り付けられ、息苦しい事に気づく。
「ぶふぁ! どごだ! ごごふぁ! 」
 カッと目を見開き、言葉にならない叫びをあげる。
  今、彼が居るのは薄暗く、埃臭いどこかだ。
  彼はしきりにもがいて、周囲の状況を確認する。彼はそのどこかの部屋に横たわっていて、身動きが取れない状況のようだ。そして、彼の足元の方には、木製の机が何台も置かれてあり、彼の頭上には小さな小上がりと、一台の教卓があった。
『教室?』
  彼はそれらの記号を繋げて、その答えに辿り着いた。そして、無理やりに寝返りを打ち、反対方向を見る。そこには、彼と同じように手足を縛られた女性が横たわっていた。

「わ! みんなありがとう! もう少しで、イベント終了だから、油断せずに応援よろしくです!  え?  嘘!抜かれたぁ!」
  そして、彼の心を灯す声が再度耳に届く。
「みさきちぃ!」
 愛すべき女(ひと)の名を叫ぶ。
  口元を遮られていても、みさきちの名前だけはしっかりと濁らずに発音する。
  その声は頭上からだ。身体をくねらせ、教卓の方に視線を伸ばす。するとそこには三十二インチ程度のテレビモニターが置かれて、悲壮感漂うみさきちの顔が映し出されていた。

「やっと起きたかい? 痛い思いさせてごめんね。だけど君にはこれからもっともっと、悲しい思いに浸って貰わないといけないんだ 」
  どこからともなく、くぐもった誰かの声が聞こえる。
「だれふぁ!」
  その幸夫の叫びに応えるように、その声はテレビモニターの後ろから顔を出した。しかし、その声はアニメのキャラクターのお面を被っており、誰だか分からない。
「ふふ、さあ、ショウタイムの始まりですよ」
  その声は不敵に叫び、手にはナイフを握り、幸夫へと走って来る。
『こ、殺される!』
  幸夫の本能が恐怖に打ちひしがれ、そう叫んだ…..


つづく
  
#ミステリー小説部門


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