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20代前半にみた、陽キャ仲間の陰

今日はちょっと暗くて湿気の多い話。
苦手な方は、そっ閉じしてね。

大学時代、6人組の仲良しの1人だった。入っていたゼミが同じで、毎日誰かと居る生活をしていた。

講義を受けるときも、運動するときも一緒だった。友だちのひとりが働いてる居酒屋にみんなで飲みに行ったものだ。

19歳から23歳までの繋がりだったろうか。

大学を卒業して6人のうちの1人が結婚するときに式場へ行く頃には、みんなとは目が合わず、僕だけが居ない存在かのような扱いをされるに至っていた。

とはいうものの、こういう事態は初めてではなく。僕もだらしない男だから、酔うと迷惑をかけるし、友だちの元カノやあの子いいよねって子と付き合うこともあった。

年に一度は「○○くんが怒っている」という理由で、四面楚歌だった。
さて、卒業してまで気に食わなかった理由は何だったのだろう。

とりあえず、この頃はまともに息ができなかったし友人の結婚式が、これっきりにしようと決めた日だった。とても苦しかったのを憶えている。

干支もひと回りしてオッサンになった今なら、「あの時のおまえ、おかしいんじゃないか?」っていう感覚も養われているだろう。

個人的には「アイツが苦手」って話が好きじゃなかったから、そういう話をするときに居なかったことも、ひとつの理由だったのかもなぁ。

それでも友人である新郎に「お前も含めて6人の仲間だからさ」って言われながら、式場で無視されている自分って存在って何だったのだろう。

無視って、何も生まないよね。いや、無理に対応する必要も無いと思うけれども……
たとえば、意識的に無視を使う人がそこで期待するのは、相手をコントロールすることなのだろうとも思うし。

子どもと接する機会が増えたから思うけれど、機嫌が悪い態度の1つとして聞こえないふりをしたり、「うん」としか言わなくなったりすることがある。

こういう根本的なところは同じかと思うけれど、なんだかなぁ。

僕は主従関係とか、貸し借りとか、過去のことを持ってきてナントカってのが苦手で、基本的にはフラットな関係でいたい。そういうのもあったのかな。

特に結論はでないのだけれど、この過去とはうまく向き合えないなぁと思うところを文字にしてみました。

「あんたはよく人を見てるねぇ」と言われたことを、ふと思い出して。

笑いの多い1日を過ごすのが好き。けれど、若いときに陽が射すところでは見えない陰の部分を味わったことがあったから。
陰につれてかれないように、人を無意識に観察してしまうのだろうなぁとも思うのでした。

ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。
昨夜からどしゃ降りだったけれど、明日は晴れるし、洗濯がちゃんと乾いてくれますように。

今日、夕方に見た雨上がりの空、きれいだったなぁ。

ここまで読んでくださりありがとうございます! サポートしてくださった分は、ひとりの再スタート準備に。