le 14 août - Paris, 1994
1994年8月14日
10時にサン・ミッシェルで皆と待ち合わせている。8時45分に起きて顔を洗い、髪を整えるのが面倒だったので帽子をかぶることにした。
さっと準備を済ませるとアベスへ下りて行き、Café le St. Jean(ゼンとふたりで毎日のように通っている近所のカフェ)に顔を出す。「クロワッサン、ご馳走するわよ」とナツメさんが言ってくれたからだ。
テラスの端の方にヨシさんとナツメさんを見つけ、腰を下ろす。「Deux croissants, et deux café au lait, s'il vous plaît.」なんて、オーダーにも随分慣れた。
クロワッサンを食べ、カフェ・オ・レを飲み、煙草を2本吸い、さあ行こうか、というところで時刻は10時10分前。いい加減なものだ。
それでも、15分ほど遅れて着いてみると、まだ半分も集まっていなかった。彼らのいい加減さも相当なものだ。30分以上遅れて来たアレックスなんて、クロワッサンを齧りながら余裕の表情で歩いて来た。「Salut!」もないと思うけど、別に皆気にしないし(僕も慣れた)、彼も悪いと思っていない。まあ、そういうものなのだ。
さて、今日はクリニャン・クールへ向かう。メトロで今来たところをそのまま引き返し(アベスからサン・ミッシェルへ行くのに、僕らはこのラインを使う)、そのまま終点まで行く。
相変わらず、蚤の市は大混雑である。そんな中、8人なんて人数で行動していると、当然はぐれるという事態に陥ることになる。
初めのうちは、皆つかず離れず(それでもかなり勝手に)店を見て歩いていたのだが、1時間ほど経ってふと気がつくと、周りに皆の姿がない。そのうちにひとりで店を見ていたゼンを見つけ、何とかアレックスとパトリック(ドイツ人。別のクラス)のコンビと合流し、他の皆は? という話になった。
ふらふらとブルノー達を探しながら、それでも店を見て歩き、そのうち蚤の市を突っ切ってしまった。しょうがないのでメトロの入り口まで歩き、しばらく待ってみようか、まああいつらもここに来るだろう、とひとまず落ち着く。
焼きトウモロコシ(炭火焼きだが、もちろん醤油は塗ってない)を齧り、煙草を吸い、しばらく何をするともなく過ごす。結局、30分ちょっと待ってから、そろそろ帰ろうか、という話が持ち上がった。そうしよう。皆疲れているのだ。暑いしね。
アパルトマンに戻ると、「18時頃にいつものところで」というナツメさんの書き置きがあった。2時間位ゆっくりしてから、「ランデ・ヴー」へ行く。そしていつものように、フリットをつまみながらハイネケンを飲んだ。苦手だったビールも、いつの間にか美味しく感じられるようになってきた。そしてまた、パリの1日は過ぎていくのであった。
ところで、今日は唇が乾燥して痛かった。
編集後記
カフェでクロワッサンをオーダーするくだりは、後日アントワネット先生にこの日記(レポートパッドに手書き)を見せたときに「あらあらちゃんとフランス語も出てくるわね」みたいな感じでニヤリとされたのを今でも覚えています。先生や友人たちが日本語の文字を見ては「C’est joli!!」と連呼していました。
それはそうと、いつの間にかビールを嗜むようになってきたようです。以前の編集後記でも書いた気がしますけど(書いてないかな?)、細かいところは時効ということでご容赦ください。
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