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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第三章「皇女たちの憂鬱」 後編 4

 決行の日の昼、奴婢たちは夫々の長屋に集められ、奴長(ぬひのおさ)から、新しく決まった大王の勅旨が伝えられた。

 その勅旨とは、簿葬令と旧俗の廃止令であった。

「ほんならいまから、大王のお言葉を伝えるからな。心して聞くように」

 奴長の眞成(まなり)は、背筋を伸ばした。

「まず、死んだ時のことやが、死者は土に埋葬せよ。帷帳等は麁布(あらぬの)を用いよ」

「はあ? いつもそうしとるがな。他にどうやって埋葬すんね」

 誰かが茶々を入れた。

 こういった厳粛な場が苦手な人間は、何処にでもいるものだ。

「それから、殯をしてはならない。死者は、まとめて埋葬するように。それと、殉死したり、させたりしないこと。所有していた馬や財産を埋葬しないこと。後は、髪を切ったり、股を刺して誄(しのびごと)をしないこと。これに違反したら、一族全員、罰するということや」

「そやから、そんな財産どこにあんのや?」

「そうや! そうや!」

「ええい、喧しいの! 黙って最後まで聞け!」

 眞成は先を続ける。

「ええっと、それから、嘘を付く者が多い。また、奴婢が貧乏な主人を欺いて、自ら裕福な家に身を寄せて、その家は本来の主人に奴婢を返さない者が多い」

 どうやら当時、奴婢の逃亡が頻発していたようだ。

「また、妻妾が離婚され後に、他の夫の妻となるのは世の道理だが、前の夫が後の夫に財産の要求をする者が甚だ多い。また、裕福な男がみだりに他の娘と契って、まだ家に入れない間に、娘が自ら他の人に嫁ぐと、その裕福な男は怒って、両家に財産を要求する者が甚だ多い」

 無茶苦茶な話のようにも聞こえるが、こういった類の話は、現在でも話題に事欠かないであろう。

「それから、未亡人や初婚の娘が結婚する時に、この夫婦を憎んで祓えをさせる者が多い。また、妻に逃げられた男が、これを憎んで事瑕(ことさか)の婢とする者が多い。そして、妻が姦通したと偽って、官司に裁判を求める者が多いが、必ず明確な証拠が3つあっても、皆で話し合って、それから訴えよ」

 祓えとは相手を犯罪者にして賠償金を払わせることを言い、事瑕とは契約違反のことを言う。

 なんとまあ、嫉妬深い人間が多いのだろうか。

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