高浜虚子 (1874年-1959年) の誕生日 (2月22日) 俳人・小説家

高浜虚子 たかはま・きょし (1874年 [明治7年] 2月22日-1959年 [昭和34年] 4月8日)俳人・小説家。

🔍 青空文庫   高浜虚子「斑鳩物語」

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ありがとう!! 貴方には良いことがあるでしょう!
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亀井水コラージュ。
指四本は龍神さまの特徴です。

ありがとうございます✨💚
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 最終章「受け継ぐもの……、語り継ぐこと……」(完)

火は、未明から降り始めた大雨で、昼前には全て消えた。

 お寺は、講堂から中門に至るまで、全て灰燼に帰した。

 幸い、僧房や家人、奴婢長屋等は延焼を免れ、消火にあたった数十人が火傷を負ったが、死人は出なかった。

 しかし、塔内から骨がでてきた。

 相当な火の勢いだったのか、骨だけで、誰のものかも分からない。

 が、覚知(弟成)の姿が見当たらないので、きっと塔内に籠って仏像を彫っていたので、

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今日1日素晴らしい日でありますように!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 45(了)

塔の中に、男がいた。

 頭を剃っているので、僧侶だと分かる。

 が、背中を向けているので、弟成かどうか分からない。

「弟成か?」

 と呼んだが、返答はない。

「弟成!」

 と、男に近づき、肩を掴んでこっちを向かせると、懐かしい親友の顔に、しばし言葉もなかった。

 だが、気を取り直し、

「弟成、お前、なんで帰ってきた!」

 と、叫んだ。

 しかし、男は黒麻呂を見向きもせず、仏像を

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山田く~ん、この人に座布団1枚!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 44

―― 天智天皇の治世3(670)年4月30日

 丑三つ時を過ぎたころから雲が空を多い、西の端では雷が龍のごとく走っている。

 久米部大津を先頭に、大伴軍が斑鳩寺に向かって進む。

 その中に、怒りに震える黒麻呂もいる。

 大伴朴本大国の乗る馬が過ぎると、馬上の御行と安麻呂の姿も見えてきた。

 安麻呂は、いまにも逃げ出したそうな顔である。

 そのあとを、兵士たちが粛々と進んでいく……………

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かたじけないm(_ _)m
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 43

斑鳩寺襲撃の日取りが決まった。

 4月の終わりである。

 部隊は、大伴御行を将軍(いくさのきみ)として、寺に詳しいだろうという理由だけで安麻呂も参加することになった。

 直接の行動は、大国の部隊が受け持つ ―― その中に、黒麻呂の姿もあった。

 黒麻呂は、襲撃前に一度八重女と会わせてくれと願い出た。

 無理な願い出とは分かっていたが、どうしても顔を見ずにはおられなかった。

 意外にも、

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山田く~ん、この人に座布団1枚!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 42

飛鳥に戻ってきたのは何年振りだろうか?

 やはり近江とは風が違う。

 黒万呂は深呼吸をし、しばし故郷の匂いを楽しんだ。

「おい、黒万呂、早く来い!」

 大伴朴本大国連(おおとものえのもとのおおくにのむらじ)の従者である久米部大津(くめべのおおつ)に呼ばれ、はっと我に返って駆けだした。

「早く来い! 御行様がお呼びなんだぞ!」

 早足になる大津の跡に、急いで着いていく。

 帰ってくれば

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Special Thanks!!
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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 41

「馬鹿な話ではない、真だ。斑鳩寺は高安城に近い。また百済とのつながりも深い。あの寺を襲撃すれば、葛城や大友の後ろ盾となっている百済の旧臣や渡来系の氏族たちに衝撃を与えられる。次は、お前たちだぞと。後ろ盾が動揺すれば、葛城や大友たちにも影響しよう。そうなれば、あとは容易い。土台が脆くなれば、城は簡単に崩れる」

 そんなに上手くいくものかと、安麻呂は思う。

 それでも馬来田や吹負を見ると、満足そう

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【歴史小説】『法隆寺燃ゆ』 第五章「法隆寺燃ゆ」 後編 40

年が明けて、天智天皇の治世3(670)年正月7日廷内で大射礼が催された。

 その月の14日、朝廷内の儀礼と、道で貴人と出くわしたときは、道を避けることとの詔が発せられた。

 同時に、誣言(たわごと)や流言(るげん)が禁じられた。

 これは政権側が、巷にはびこる葛城政権への批判をかなり気にしているという証拠であった。

 2月、政府は戸籍を造り、盗人や浮浪者の取り締まりを強化した。

 もちろ

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お後が宜しいようで!
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