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夢の中の海の中の森の中

海。いやもっと人工的な、それでいて「水」を連想させる独特の香り。
水槽、塩素、生臭さ、水族館、プール、港、魚屋。どれも今ひとつしっくりこないが、それらのような何か。

円形の施設の外周には幅2mほどの通路、その道はゆるりと下り坂になっている。たどり着いたそこには水がたっぷりと入れられた水槽。
ちょうどショーが始まったのか、ざばんざばんと水面から飛び出しては弧を描いてまた沈んでいく、イルカのような人間たち。
あれは人間のような、なんだ?

ここにはおそらく彼らしかいないようだが、彼らはわたしの知っている「人間」とは少し様相が違う。
森の動物や海の生物の特徴、色などをその体の一部に承継したかのような不思議な生き物。二足歩行をする体勢だが水の中にいるので歩いている者はいない。


人間に限りなく近い不思議な生き物たちを見て、わたしは直感的に彼らは自分と同じ仲間だと思った。恐怖も驚きもない。それがことわりだとでも感じているように。
初めて見た光景なのに「うん、今日もいつもどおりだ」とアクロバティックな「歓迎」を眺める。おそらくわたしは、歓迎されている。理由はまるでわからないがそう感じる。

ショーを横目にさらに奥へと進んでいくと、そこは一層深い海だった。樹海のような海。海なのか、森なのか、ただただ深い。
緑がたくさん茂っているが木々や葉の揺らめき方は水中のそれだ。
そこに異質な存在感を放つ人間の作った錆びついた工業製品の数々。なんとなくここは海に沈んでしまった場所なのだとわかる。


鮮やかなショーの下に眠る、本当の真実とも思える海底にたどり着いたわたしは、いつのまにか観覧する側ではなく、彼らと舞う演者側になっていた。
いや、もともと「どちら側」なんてものはきっと存在していなかったのだろう。誰からともなく手を差し伸べてきてあっという間に彼らの渦の中に混ざると、ジェットコースターに乗せられたかの如く、大きな群れは動き出した。
緩急をつけて海の中の森の中を泳ぎ回る。重力もなくひらひらと舞うわたしの体は、色とりどりの人間らしき生き物たちと共に次第に形を変え、動きを変えて波を作って進んでいく。


ところでこれは映画で、見ているわたしがそれに何かを感じたとしても向こう側の者たちが気づくわけもないのに、不思議なことにふとした時に目が合う。そして目が合えば、彼らは当然のように「そうだよ」と答えてくれる。
恐る恐る言葉を口にしてみると波の中の1人がぐるんとわたしの耳元まで近づき「よく気づいたね」と囁いた。

映像の中の彼らは自ら意思を持ち、わたしと会話をしているのだ。今までそんな映画があっただろうか。あるわけがない。
でもこれを見た誰もがそう感じ、これを体験するのだとしたら、これはとんでもない映画だ。3Dよりも4DXなんかよりも没入する一体感。

昔流行った映画でも見てみようなんて軽い気持ちで手に取ったが、これはわたしが知るさまざまな映画の中でも前代未聞の体験である。
なぜ現代の映画はこれと同じ仕様で変化していかなかったのだろう。それともこれは、この作品だからこそ成し得た唯一無二の感覚なのだろうか。もしくは、人間がつくるものでは超えられないと、人間に消されてしまったのか。


どうやらわたしが眺めているこの世界には、向こう側にわたしの対になるような存在がいるらしいことがわかってくる。あの子がきっとそう。
群青色の髪がヤマアラシのような鋭さで背中辺りまで伸び、深い緑と青のマーブル色の体をしている。怒っているような顔つきだが、きっと元の顔がそういう凛とした面持ちなのだろう。その凛々しい顔もわたしに近づく瞬間だけは少しほころんで見える。だからわかった。あの子はわたしなのだと。

わたしには彼女だけが特別輝いて見えたけれど、きっと他の人には群れの中の全く違う別の誰かが輝いていて、それらがこうやって同じように寄り添ってくれたり微笑みかけてくれるのだろう。他の人の目線からこの世界を見ることはできないが、きっとそういうことなのだろうと確信が持てた。
どの人にも、この中にそれぞれ特別な存在がいるのだ。なんと恐ろしく、なんと幸せなことか。


この映画には終わりという終わりはなく、でも一周というのか「ひとまわし」としてはおそらく時間にして1時間もない。
ミュージカルのような海底の森の周遊はある程度で終わるのだが、面白いのは巻き戻して再び見ると、全く違う場所からこの世界を眺めているような気持ちになるのだ。完全に別物だと言っていい。

群舞や例の青い彼女はあいかわらず存在しているし、この「存在しないはずの空間」を自由に進んでいくストーリーも変わりはないのだが、さっきとはまるで動きが違って景色も変わり、何度見ても新鮮で目を奪われる。
こんなの、永遠に見てしまう。そして永遠にここにいたくなってしまうではないか。あぁ恐ろしい。なんて美しい。


3回目の周遊に入った時にわたしのその気持ち、ずっとここを離れたくない、永遠に変わらない幸せが欲しいと願う心が暴かれてしまったのか、終幕に向かうストーリーががらりと変わった。
わかりやすくエンディングに向かっていく舞台。不思議な海の中の、人間に似た不思議な生き物たちはその役目を終えたかの如く日常に戻り、散り散りになっていく。
先程まで永遠に続く旅路だと思っていたそこはすっかり様変わりし、舞台を終えた楽屋裏のような空間になった。

クラゲの椅子に座って今日の動きをディスカッションする者たち、見えない床に慌ただしくイソギンチャクのモップをかけている者たち、真珠のライトがこれでもかとついたミラーの前で自分の顔を覗き込みメイクを落としている者たち。皆が「終わり」を作っている。


わたしは彼女を探した。あの青い、わたしの対であったはずの彼女だ。
彼女を見つけなきゃ。彼女を見つけてわたしは安心したい。微笑んでもらえれば、この世界はまた周り始める気がする。

わたしは彼女を探すために幕の降りた樹海の海を、1人泳ぎ回った。
あぁ、目が覚めたら絶対にこの映画を探しに行こう。こんな体験を現実世界でもできるだなんて。忘れないように、必ずこれを覚醒の世界に持ち帰らなければ。

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