僕の日常と、僕らの未来。
夕方6時頃。
僕らはいつもアキトの家で集合する。
幼稚園からずっと一緒だった僕ら。
共通点は学校が一緒なこと。周りとはソリが合わなかったこと。
親が割と金持ちなこと。あとそんな親に結構ほっとかれてること。
くらいだろうか。
アキトの部屋に行くと、珍しくセナが先に来ていた。
「おーモトキ!遅いじゃん。」
「セナこそ、早いね。」
「いや、家帰れなくてさ、学校からそのまま来た。見てよこれ。」
セナはハサミで切られた制服をなんとか縫い合わせようとしていた。
「いじめられっ子も大変だね。今度助けに行こうか。」
パソコンを睨んでいたアキトが、からかうように笑いながら言う。
「絶対やめろ。火に油なの、わかってんだろ。」
セナは、学校でいじめられている。
と言っても彼女自体は、全くそれを気にしていない。
そして彼女がそんな感じなので、僕らもそれを助けようとか、どうこうする気はあまりなかった。
と言ってもそれ以前に、僕にはどうすることもできないのだが。
アキトは、クラスでも慕われている人気者だ。
だからこそ、2人は学校では話さないようにしている。らしい。
僕は一年程前から、学校に行くことを辞めてしまった。
そんなちぐはぐな僕らだが、3人の関係は昔から何も変わってない。
お互いの悩みなんて話さないし、そんなくだらないことよりも一緒にいて遊んでいる時間の方が楽しかった。
「ねぇasemoちゃん、またフォロワー増えたね!」
「当たり前だろ?俺がちゃんと戦略考えてんだから。」
アキトが自信満々に答える。
僕たちは今、この"asemoちゃん"に夢中だ。
3人で作り出した仮想のキャラクター。アキト、セナ、モトキの頭文字を取ってアセモちゃん。
今思うと適当に名前を付けすぎたかもしれない。
でもそんな適当加減がよかったのか、今asemoちゃんは、ネット上で密かに人気になっている。
asemoちゃんは、歌を歌う「VTuber」だ。
アキトが動かすネット上のアバター"asemoちゃん"を介して、僕たちはオリジナル曲の動画配信をしている。
僕がDTMで曲を作って、セナが歌う。
そしてアキトが映像を作ったり、僕にはよくわからないけど、より見てもらえるように何か色々やっているらしい。
アバターにしているキャラクターはSNSで知り合った、3人が共通で好きなイラストレーターに描いてもらった。
最初は曲を作ったり、映像を付けたりするのがただ楽しくて遊び感覚で3人で色々作っていたが、だいぶ前からなぜか面白いくらいに再生回数やフォロワーが増えていって、僕らは育成ゲームでもしているかのようにそれを楽しんでいた。
今ではグッズまで作ったりして、そこそこ収入にもなっている。
「っていうか今日クラスの奴がasemoちゃんのグッズ持ってて、笑いそうになっちゃった。いやそれ、あたしだよって。」
セナが言う。
「まさかいじめられっ子と引きこもりがこんなかっこいいもの作ってるなんて誰も思わねーだろうな。」
アキトが笑った。
「いや、引きこもりでもして時間割かないとあんなすごい曲作れないよ。なっモトキ!」
セナはそう言って僕の肩をがしっと掴んだ。
昔からずっと変わらない。
なんとなく周りと上手くやれなかった僕ら。
そのまま上手くやれず家にこもるようになった僕。
上手くはやれないけど、気にせず我が道を行くセナ。
上手くやっていく方法を見つけて、今やクラスで人気者のアキト。
僕たちは三者三様の人生を歩んでいるけど、こうして"asemoちゃん"として3人で1つのキャラクターになる。
でも僕はこんな日がずっと続くなんて思ってない。
これはきっと、ささやかな青春みたいなものだ。
「asemoちゃん、いつまでできるかな?高校卒業しても続ける?」
僕が聞くと、アキトがきょとんとして言う。
「は?何言ってんの?」
セナは笑いながら言った。
「卒業してもってモトキ学校来てないじゃん。卒業できんの?」
「いや...僕はともかく、卒業したら2人とあんまりこうやって遊べなくなるのかなって思って...。」
「おいおいモトキ、お前これ遊びでやってたのかよ。」
アキトが怒ったような口調で言った。
「お前らがどう思ってるか知らないけど、俺は本気だぞ。
asemoちゃんがどこまで行くかはわかんないけど、とにかく俺はお前らと3人で、これからの人生進むってもう決めてる。」
「アキトは相変わらずバカみたいにまっすぐでかっこいいね〜。でもあたしもずっとやりたい!だけど2人は、大学行けとか言われるでしょ?」
セナが僕らに聞いた。
「いや、僕はもう親が諦めてるから...。家だと透明人間みたいな感じだし。きっと弟に全部託してるよ。」
そう答えると、アキトが言った。
「え、そうなの?じゃあお前会社継がなくていいんだ?やったじゃん!
よしモトキ、お前はこのまま引きこもり続けて一流の音楽クリエイターになれ。俺はまぁうまいことやるからさ、大学卒業までに俺らのこれが会社にできるくらいのノウハウ身につけてやる。」
「よっ社長!頼むぞ!」
セナはアキトに言った。
アキトは、僕が思っていたよりももっと先を見ていて、セナも、この先も僕たちが一緒にいる未来を見ている。
僕のこの、馴染めなかった「普通の社会」から逃れたい気持ちで始めたささやかな日常は、びっくりするくらい大きな未来に繋がっていた。
普通じゃなくてもいいんだ。
やりたいことを、やりたい人とやっていく人生を選んでも、いいのか。
溢れ出しそうな何かを隠すように、僕は冷静なフリをして言った。
「...こんなに人気になるなら、もっとちゃんとした名前つければよかったね。」
セナが言う。
「確かに!アセモって今思うと微妙かも!なんか痒そうだし。あはは。」
アキトはいつだって真面目に答える。
「俺は好きだけど。跡が残るとか、コンプレックスとか、疼く、みたいな。綺麗だけの世界じゃないもの。俺らに合ってると思う。」
「え、なんか、いきなり深ぁ〜。てか後付けじゃん!」
セナが笑った。アキトも笑う。
僕は一緒に笑ったけど、本当は泣きたいくらい嬉しかった。
夢じゃない。
本当の、未来が始まる。
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