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「...わたしはちゃんと、好きだよ。」
わたしには、憧れの人がいる。
わたしにはできないことができて、他のどんな人よりも、何百倍もかっこいい。
何がかっこいいかって言われると、うまく言えないんだけど。
でも顔も、着てる服も、身のこなしも、手も指も、誰とでも穏やかに丁寧に話す態度も、その声も、とにかく全部かっこいい。
かっこいいって、そういう”いいな”って気持ちが集まったものでしょ?
わたしと彼に、そんなに深い接点はない。
だけど、たまに会った時にはいつも優しく声をかけてくれるし、きっとほどほどに仲のいい知り合いくらいにはなってると思う。
それくらいの関係。
わたしはその日、彼がよく行くいろんな仲間が集まるらしいお店に、偶然誘ってもらった。
時折名前を紹介してもらったり、わたしも笑顔で「はじめまして」なんて言ってみたりして。
ちょっと不思議な気分になる。
わたしは今ここで、どんな風に見られてるんだろう。
隣に座ってしばらく話していると、ふと目に入ったのは、彼が操る携帯の画面。
" きのう(笑) "
というメッセージと共に送られてきていたのは、ベッドで眠る彼と、女の子の画像。まるで、週刊誌にリークされたスキャンダルみたいなアングル。
朝日が入り込む部屋で、眠る彼の隣にカメラ目線の女の子が笑顔で写っている。
「...見えた?」
わたしの視線に気づいた彼は、一瞬はっとしてから、落ち着いた様子で携帯をポケットにしまって、わたしの方を見た。
「うん。見えた。」
わたしは少し笑って答える。
「ははは。いやぁ...女の子はこわいね。」
彼はいつもと同じ穏やかな口調で、ちょっと困ったような笑みを浮かべて答える。
そうだよね。
こんなにかっこいいんだから、そんな女の子、いっぱいいるのかも。
彼女かもしれないし、彼女じゃないかもしれない。
わたしはちょっとびっくりしたけど、そんなにショックな気持ちにはならなかった。なんとなく、この人はそんな感じの人なのかもって思っていた部分もある。
ただ、自分だったら絶対にできないその女の子の行動に「なんかすごいなぁ...」って思ったくらい。
その日、いつもよりもよく飲んでいた彼。
と言っても、別に騒ぐでもなく、いつもと同じように穏やかで、でもいつもよりもっとふわふわしていて、わたしにたくさん笑いかけてくれる。
どうしよう、やっぱり今日、すごい幸せな日かも。
そして、店を出る前に彼が言った。
「うちに来る?」
なるほどなるほど。こういうことか。
昨日はあの子で、今日はわたしなのかな。
そんなことを思いながら、わたしは笑って答えた。
「うん。行く。」
着いた家はあの携帯に写っていた部屋。
びっくりするくらい清潔で、あんまり物がない。
奥さんでもいるのかと思うくらい綺麗に片付いたキッチン。
これも、あの子がやったのかな。
それとも彼がすごく几帳面な性格なのかな。
家電も家具も、わたしにはよくわかんないけど統一感があってなんかこだわってるみたい。
いつの間にか手をつないで帰ってきたはずなのに、辿り着いたそこは、なぜだか全然知らない人の家みたいだった。
やっぱりわたしは彼のこと、まだなんにも知らないんだ。
そしてなんにも知らないまま、わたし達はベッドになだれ込んだ。
いつもと同じ穏やかな雰囲気で、寝転んだわたしの上にいる彼を見上げる。
うん、これは、わたしの知ってる笑顔。
わたしはなんとなく、言ってみた。
「ねぇ、あのね。...わたしはちゃんと、好きだよ。」
彼は少しだけびっくりしたような目をしてから、はははと笑った。
それから「うん、そっか。」と言って、どさっと横に倒れ込んだ。
そして一度だけわたしの頭を撫で、そのままわたしを抱き枕のように抱えて、眠ってしまった。
ちょっとほんとで、ちょっと嘘の告白。
きっと自分の中でもただの憧れの方が強かったのはわかっていたけど。
ここから「ちゃんと好き」になれたらって思って、言ってみたんだけどな。
それでもし、彼がそれに応えてくれたらって。
彼もずるいけど、わたしもずるい。
わたしはそのまま少し一緒に眠ってから、彼が起きないようにそっと家を出た。
朝方の静かな道を歩く。
彼はわたしが、ほんとはちゃんと好きかわからないまま好きって言ったの、わかっただろうか。
やわらかく見えて鋭い彼には、きっとバレてる気がする。
でも、ちょっと嘘だったけど、ちょっとほんとだったんだよ。
これがほんとの好きになればいいなって、思ったの。
あぁ、わたしはやっぱり、あの画像の子みたいにはなれないな。
でも多分、あの子より彼のこと、好きだと思うんだけどな。
「はーぁ。」
大きく伸びをして、声に出して言葉にならない気持ちを逃してみる。
チューくらい、してみたかったな。なんて思いながら。
そんな自分に少し笑って、わたしは人通りが増えてきた道をまっすぐに歩いた。
もうすぐ、駅に着く。
もうすぐ、夜が明ける。
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