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現代俳句

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ただならぬ海月ぽ光追い抜くぽ  田島健一(『ただならぬぽ』)
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2021年3月の記事一覧

僕にはその強さがない

僕にはその強さがない

僕にはその強さがないし強くなろうともしていない  御中虫(『おまへの倫理崩すためなら何度でも車椅子奪ふぜ』)

手紙恐怖症みたいなところがあって、手紙が来ても手紙の倉庫みたいな場所に積んでいってしまうことが多い。

手紙が原因でそのうち殴られたりするんじゃないかと思うこともある。なんで俺の大事な手紙を読まなかったのか、と。

手紙を読めないひとのワークショップみたいなものにも行ったが、みんな返事を

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好きなバンドが解散する

好きなバンドが解散する

メロン切る好きなバンドが解散する  松本てふこ(『汗の果実』)

気になるひとを検索していたら、昔しばらく書いて放置したままだった自分のブログが出てきた。

気になるひとのことが書いてある。

どうして気になったかや、
でもきっと明日にはもう忘れてしまうこと、
きょう気になるひとから聞いた気になるひとの話、
気になっていた人がついに気にならなくなったのに次の日にはもう駆け込むように気になっていたこ

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きみとぼくだけの

きみとぼくだけの

きみとぼくだけの学級閉鎖春の雪  松井真吾(『途中』)

今日、ありがとうについての話を聞いた。

「ありがとう、ってね、余るくらいにたくさん配るくらいでちょうどいいんだよね。ああこれは塩を入れすぎたかなってくらい、ありがとうを多めに言う。でもそれくらいでちょうどいいときがあるんだよね」

ああそうかも、と私は思った。

「ありがとう、ってことばがあってよかったね。ありがとう、って思ったときにあり

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巨峰食う

うへのはうより粒取つて巨峰食ふ  岡田一実(『光聴』)

本の中にどんな風にいちごが表れているか興味深くて、いちごに注目しながら読んでいる。

見つけると人に報告することもある。

今日はこういういちごを見つけたよ、とか、この人はこんないちごの使い方をしていたよ、いちごとたばこ、いちご憲法、この世界にはまだまだ知らないいちごがあるみたい。

大学の頃に、本の中のいちごを研究すればよかった。いちごの

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ながれぼしをながびかせる

ながれぼしをながびかせる

ながれぼしそれをながびかせることば  福田若之(『自生地』)

田島健一さんの句集『ただならぬぽ』の帯文に
「あらゆる人のはじまりであることの困難さの代わりに。」
と記してあって、ねえねえこれってどういうことなんだろうね、と隣の机のひとに聞いたりしていた。

「あらゆる人のはじまりであることの困難さ、って、はじまりの場所に立つってことは難しいってことなのかね。人はアダムにはなれないってことなんだろ

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猫あつまる不思議な婚姻

猫あつまる不思議な婚姻

猫あつまる不思議な婚姻しずかな滝  田島健一(『ただならぬぽ』)

ふっとときどきこの猫のあつまってくる結婚の句を思い出したりしていた。

「どうして猫集まって来ちゃったのかね」と一緒にバスに乗っていたときに聞いたこともあった。バスに乗っている人も外を歩いている人もみんな楽しそうだった。

「ディズニーみたいだよね。なんか結婚するぞって大事なときに動物が集まってくる。歌い出すチャンスだし、姫になれ

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たすけてほしいのです

たすけてほしいのです

たすけてほしいのです洋梨くるりくるり  阿部完市(『現代俳人文庫4』)

たすけてほしいのです、なんていう俳句を見ると、また俳句のことがよくわからなくなってくる。例えばもし、

  たすけてほしいのです洋梨くるりくるり  芭蕉

だったら少し今の世界は変わっていただろうか。松尾芭蕉がもしこんな句を作っていたら。それを学校で習っていたら。

放課後、みんなのいなくなった教室で少し話してる。
「あれ、

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チャーリー・ブラウンに幸せが

チャーリー・ブラウンに幸せが

チャーリー・ブラウンの巻き毛に幸せな雪  野口る理(『しやりり』)

よく気にかかっていることのひとつに、チャーリー・ブラウンはあの後幸せになれたのか、というのがある。
のび太のことはそんなに気にならないのだが、ブラウンの方は気にかかる。

人に聞いたりもする。
「あの、なんでもない質問と思って聞いてもらいたいんだけれど、チャーリー・ブラウンはあの後幸せになれたのかね」
「ちゃーりー、なんだって?

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風の中で別れよう

風の中で別れよう

するどい風の中で別れようとする  尾崎放哉(『尾崎放哉全句集』)

だいたい人生の答えは、風だよ、と答えておけばなんとかなるんじゃないか。風最強説。

「どうしたの? なんかあったの? さっきからずっと黙ってるけど」「風のせいだよ」

「どうしてこんなテストの点を?」「風のせいだよ」

「なんで僕のこと好きじゃなくなったんだろう」「風のせいだよ」

「人生は悲しいね」「風のせいだよ」

「ホームズ

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その辺にいる花見

その辺にいる花見

セシウムもその辺にゐる花見かな  関悦史(『六十億本の回転する曲がつた棒』)

時々自転車に乗る。
自転車に乗ると気持ちいいのはなんでだろうと思うけれど、馬に乗っていた頃の記憶を思い出すからではないだろうか。
馬に乗って会いにいったりしていたよね、みたいなものを古い細胞が覚えている。うんそうだよね。
或いは勘違いしている。
この風って馬に乗ってるときの風だよね、うんうんそうそう、と。古い細胞たちは

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かくれてきみとくらす夢

かくれてきみとくらす夢

松の花かくれてきみとくらす夢  渡邊白泉(『渡邊白泉全句集』)

小津安二郎映画に出てくるような、セットのようなとんかつ屋さんにたまたま連れて行って貰って、ぼんやりしていた。
ちょっと隠れ里のような感じで、入り口は狭いのに、奥に行くほど広くなってゆく。
店員の人も不思議な動線で動き回っていて、人の気配がしなかった。

狐だったんですよ全部、黙っててすみません、と次の日一緒に行った人から言われても、

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希望に近づいたように

希望に近づいたように

妻と希望に近づいたように鶴を見ている  橋本夢道(『無禮なる妻』)

最近大型スーパーでたまたま買った烏龍茶が本当に美味しくなくて、2021年なんだぞ! と思ったことがある。
ほとんどもう未来に来ているはずなのに、相変わらず烏龍茶はやる気を投げ出し烏龍茶の味がしない場合があるし、私はまだジェットパックを背負って「じゃあ行ってくるよ」と笑顔で浮上するような未来には来ていない。

私は多分まだ猿に近く

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あした来るソファー

あした来るソファー

数ページの哲学あした来るソファー  西原天気(『けむり』)

私はこの句がすごく好きだけれど、それは多分哲学って数ページでいいんだよねという軽さから来ていると思う。

生きてゆくことの軽さ。

軽い話を信条とする校長先生。「私の話は次の一言で終わります。明日私の家にソファーが来ます。終わります。ありがとう」

数ページほどの一日。
数ページくらいの感覚であなたと今日会うこと。
何かがわからなくても

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グミを噛みながら鏡に映る

グミを噛みながら鏡に映る

グミを嚙みながら鏡に映るとは  鴇田智哉(『エレメンツ』)

この一句がずっと気になっている。

グミの実を噛んでいる私は、普段の私とはちょっと違う。顔が少し歪んでいたり、口の中の真っ赤を隠していたり、普段知らない私が出ている。

そんな私がグミを噛みながら鏡に映ってる。
なんだろこれ、と私は思う。

私はグミに何かの力を加え続ける私を見つめてる。
私にはたくさんのまだ知らない私がいるのに、私は知

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