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『君と明日の約束を』 連載小説 第三十二話 檜垣涼

檜垣涼(ひがきりょう)と申します。
小説家を目指して小説を書いています。
よろしくお願いします!
毎日一話分ずつ、長編恋愛小説の連載を投稿しています🌹
最後までいくと文庫本一冊分くらいになりますが、1つの投稿は数分でさくっと読めるようになっているので、よければ覗いてみてください!
一つ前のお話はこちらから読めます↓

 そこからバイト終了の時間まで、僕たちほとんどノンストップでフライパンを握り続けていた。

 地獄のバイトを終え、フードコートに向かう。フロアは混んでいて親子連れやカップル、年配の客など老若男女がそこら中にいた。雨だからこそ駅から傘をささずに来ることができるこのモールに来たくなるのだろう。

 普段からここを利用している人間としては嬉しくないことだけど、そんなことを考えて憂鬱になる方が嫌なので歩速をあげて周りを見ないようにする。フードコート内にも人が多かったけれど、彼女はいつもと同じ場所に席を確保していたためすぐに見つけることができた。

 先週話した通り、僕は彼女の書いた小説の原稿を読むことになっていた。
 原稿は、彼女が部室であらかじめ印刷したものだった。昨日の放課後、彼女はそのためだけに部室を訪れた。彼女によるとコンビニで印刷するのは嫌で、理由はコンビニのコピー機の中には店員がデータを閲覧できるものがあるから念のため、らしい。

 そんなふうに、彼女は印刷機に関してのこだわりが強く、彼女が部活に入って一番喜んでいるのは印刷機が自由に使えることだと言っても過言ではなかった。

 いつもと違う質感で本を読んでいるからか、なんとなく落ち着かなかった。それでも何か感想を言うつもりでじっくり読んでいく。
 彼女は僕が原稿を読んでいる間、ずっと座って読み終わるのを待っていた。居心地が悪かったけど、僕の反応が気になるのだろう。

 そして、読み終えた後僕が的確かどうかわからない感想や気になった部分に関する意見を言うと律儀にメモに取っていた。

「って言っても、僕推理小説しか読んだことないから言ってること間違ってるかもしれないけど」
「いやいや、ありがとう」
「でも続きが読みたくなった」

 素人である僕の言葉に彼女は笑みを深くした。

「ありがとう。ちょっと書き直してみる」
「じゃ、次の章期待してる」

 そう言って、気づく。今まで恋愛小説を読まないようにしていたけれど、もしかすると大丈夫かもしれない、という気配があった。

 彼女が再び潜り始めたので、僕はトイレに立つ。ついでに、本屋に行く。
 今日のバイトは昼からだったのだけれど、朝は寝坊をして本屋に寄るタイミングがなかったのだ。彼女の小説を読む約束をしていたし、それにどうせ彼女が自分の世界に潜り始めたら買いに行けるだろう、と思いバイト終わりそのままフードコートに来ていた。

 雨雲のせいで全体的に薄暗い中、雨雲の切れ間から柔らかい光が差し込んで遠くの山を明るく照らしていた。よく見ると山と空の間から虹が出ていた。日織はこの虹にも気づいていないだろう。
 そう思った瞬間、僕は表情を固める。

ーー第三十三話につづく

【2019年】恋愛小説、青春小説

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