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小説『はだかの社長』 2022秋 22.10.8

本編をご覧になる前に、まずこちらの小説をご覧ください。



「いーち、にーぃ、さーん、しーぃ」
 床に這いつくばり、台所の床下収納庫の扉を開けた神戸琢蔵は、むさ苦しい髭面ににまにまとした笑みを浮かべながら、中に収納されたセブン●ターの数を太い指で確認していた。
 合計二十カートン。一週間前に、部下兼相方の橘洋平に命じて、近くのコンビニでまとめ買いさせたものだ。
「へっへっへっ、今年の俺ぁ一味違うぜ」
「琢さーん、さっきから何回数えてんだよー。もういい加減メシ食おうよー」
 仕事着からジャージに着替えた洋平は、居間のちゃぶ台にコンビニ総菜を並べながら、紺色の甚平姿の琢蔵に多少うんざりした声を掛ける。二人が同居を始めて七年になるが、ともに料理は不得意で、仕事が以前ほど多忙ではなくなった現在でも、食事は外食か弁当屋に頼るのが常であった。
 点けたままのテレビは、かつて番組で顔を見ない日はなかった有名俳優が起こしたスキャンダルのせいか、それともこの三年のあいだ一向に「波」が治まらない例の感染症のせいか、この一か月ほど幾度となく繰り返されているマナー啓発のCMを今日も流していた。
 にやけ顔を洋平に向けた琢蔵は、片方の口角を自慢げにぐいっと上げる。
「さすがに俺も何年も続けてドジ踏むほどマヌケじゃねぇ。今年は一か月前からビビビッて来てだな」
「でも、今年はセブン●ター、値上げしないみたいだよ」
 スマホでJ●(日本たばこ●業)のサイトを確認した洋平の指摘に、琢蔵の太眉が八時二十分から十時十分に吊り上がる。
「バーロイ、腐るモンじゃねぇし、この先いつ値上げするかわかんねぇだろがっ!!」
「……まぁ、そうだね」
 洋平はそれ以上食い下がることもなく、「さ、食べよ」と総菜と茶碗飯に麦茶を並べ終わった膳を指した。
 不機嫌を長引かせることなく、ちゃぶ台の前に大きな尻を据えた琢蔵だが、ガラスのコップに入った焦げ茶色の液体を見て、また不満げな様子を見せる。
「おい、ビールはどうしたビールは」
「ごめん、ちょうど切らしてて明日にでも……ん?」
 返事の途中でテレビの画面を凝視する洋平につられて、琢蔵も視線の先を見た。
 ニュース番組の画面では、「今日から一斉値上げの嵐」との字幕とともに、スーパーで酒を箱買いする客の姿を映していた。

――『特に缶ビールはおよそ十四年ぶりに、最大十七%程の値上げを本日より実施することに……』

続いて画面に並ぶ各社のビール缶。その中には琢蔵の晩酌で定番の一●搾りもあった。
 琢蔵、洋平、ともに言葉を失った。
 ……はぁぁぁ、と洋平は小さく息をついてから、そろそろと琢蔵の顔を盗み見る。案の定、赤鬼もかくやの形相が見る見るうちに引きつっていく。

「ぬぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!」



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『闇の荷物』

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『琢蔵の純情』

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