見出し画像

【赤い炎とカタリのこびと】#14 「帰る」

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

前のおはなし 目次 次のおはなし

 ハンドルを握りしめて、足を踏ん張って、体が右に引っ張られて。
「帰る」
歯を食いしばりながら国枝聡子は思いました。
「絶対に、帰るんだ」
引っ張る力がふっと緩まったかと思うと、今度は体が左に揺れました。左半身が、車体のドアに触れます。金属が擦れて軋む音がして、ドアが開いて、冷たい床に叩きつけられました。

 もうダメだ、と体を縮こませます。不思議とどこも痛くありませんでした。血も出ていないようでした。それどころか、すぐ近くに足音と笑い声が聞こえてきて、甘い匂いまでしていました。

「つまみ食いは禁止だ!」
大きな声が聞こえて、ところどころで「ちぇ」という舌打ちまで聞こえてきました。
「サボってると、怒られるぞ」
顔を上げると、高くて明るい天井の下で、赤いとんがり帽子を被った子供のような顔をした人物が聡子を見下ろしていました。赤い長袖シャツから手が伸びてきます。つられて聡子が手を取ると、ぐいっと引っ張られて起こされました。今までになく、体が軽くなったような気がしました。
「見たことない顔だな。新入りか?」
大人びて話す子供だな、と聡子は思いました。何だか妙です。子供みたいな顔なのに、自分と背が変わらないくらいあります。それに、体つきは大人のようにひょろ長い。全身赤い服なのも、まるでサンタクロース、いや、サンタクロースの絵本に出てくるこびとのようです。
「寝ぼけてるのか? 俺は『デコレーションのこびと』。菓子工場の仕上げ担当だ。ぼんやりしてて大丈夫なのか? お前、どこの担当なんだ?」
『担当』。そういえば、どこかの担当を任されたことがあった気がします。お店を切り盛りして、叱られたり、叱ったり。
「担当が分からないなら、名前でもいいぞ。俺が持ち場に連れてってやる」
「『カタリのこびと』」
自分でも分からないうちに、そう答えていました。デコレーションのこびとが目を見開きました。
「『カタリ』? 弾き語りとか?」
「違うよ。嘘をつくのが、上手なんだ」
「嘘?」
「『帰る』って言ったくせに帰らない、とか」
すらすらと言葉が出てきました。話しながら、カタリのこびとの胸がずきん、と痛みました。デコレーションのこびとがううん、と考え込みました。
「何にしろ、話し上手なら、書類担当だろうな。こびと長は今留守だけど、上の階に連れて行ってやるよ」
 ちょっとこいつ案内してくる、と周りのこびとに大きな声で告げて、デコレーションのこびとがカタリのこびとの手を引っ張りました。カタリのこびとは黙ってついていくことにしました。かちゃかちゃ、トントン、そこらじゅうで音が聞こえます。赤い服を着た子供のような顔した人間たちが、歌ったり、笑ったりしながらお菓子を作っていました。
 ピコン、と上で音が鳴って、天井を見ると、上にある箱のようなものから紙が降ってきました。

「ニューオーダー!」
拡声器を持った人物がフロアじゅうに叫びます。周りのみんなが大慌てで降ってきた紙を拾いに走ります。
「何拾ってるの?」
カタリのこびとが尋ねます。デコレーションのこびとが振り返って言いました。
「レシピだよ。よいこの証明書から出るレシピ。クリスマスプレゼントになる」
「へえ」
デコレーションのこびとが困ったように眉を八の字に曲げました。
「俺も聞きたいんけど?」
「なに?」
「お前、さっきからなんで泣いてるんだ?」
カタリのこびとが左手で自分のほおに触れました。確かに、涙で濡れていました。俯いて、首を振りました。どうして泣いているのか、自分でもよく分からなかったからです。

「赤い炎とカタリのこびと」No.14

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転
13. 去年
14.「帰る」