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【赤い炎とカタリのこびと】#08 田中さんの計画

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

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 ドアを開けて入り口にある穴に鍵を挿すと、ホテルの部屋の明かりがつきました。部屋は少しだけ暗くて、ベッドは綺麗に整えられています。散らかり放題の自宅を思い出して、ああ、遠くに来たんだな、と改めて田中は思いました。銀杏の葉のような黄色いベッドカバーの上に買い物袋を置いて言いました。
「お菓子、買ってきたよ」
 外に比べてだいぶ暖かいとはいえ、薄着になるのは室内も寒く、壁に取り付けられた空調の温度を上げました。こっちの人はこのくらいで平気なんだろうか、と思いながら、今度は壁際に取り付けられた机の上にある湯沸ポットを取り上げます。バスルームでポット中に水をくんで、棚に置いてあったハンドタオルを一つとって首に巻きました。寒いと喉がすぐ痛くなるのです。

「校正さん?」
ベッドルームに戻って、また呼びかけました。
「はあい」
と部屋の端で小さい声がしました。校正のこびとが机の上のデスクライトにもたれかかりながら、体操座りでしゃがみ込んでいました。

「南部せんべい。食べる?」
買い物袋からせんべいを一枚出して、田中が校正のこびとに差し出します。校正のこびとが黙って首を振りました。
「そう」
田中が差し出したせんべいを引っ込めて、袋を破ります。香ばしい匂いがしました。「俺、初めて食べるんだ。汁物に入れたりするんでしょ」一口かじって言いました。「あ! しょっぱくない!」
 せんべいを咥えたまま、ベッドに腹這いになって、またベッドの上の袋からせんべいを一枚取り出しました。校正のこびとに向かって、小さく振ります。咥えたせんべいをせんべいを持ったのとは反対側の手で口から取って、校正のこびとに言いました。
「食べてみなよ。しょっぱくないよ!」
「僕、そんな元気ないです」
「元気がないから食べるんだよ。ほら、えびせんべいじゃなくてがっかりするかもしれないけれど」
田中が新しいせんべいの袋を開けて、一枚を校正のこびとのそばに置きました。
「ほら! えびせんべいじゃないけど!」
校正のこびとがじっとりとした目で田中を見ました。根負けしたのか、端っこの薄いところを割って、一口かじりました。
「えびせんべいじゃないけど、うまいだろ?」
「世界じゅうのおせんべいのほとんどはえびせんべいじゃないですよ」
こびとの憎まれ口に安堵した田中がにっこり笑いました。机の上に置いたままになっていた水の入った電気ポットにコンセントを指して電源を入れました。

「俺、初めて食べたよ、南部せんべい」
パリパリとこびとの小さな口がせんべいの端っこを齧る音が響き初めて、田中は少し黙っていることにしました。電気ポットのお湯が沸くのを待ちながら、マグカップにインスタントコーヒーの粉と、クリーム、砂糖も全部入れました。
「パリッとして、軽くて、うまいもんだね」
独り言のように言って、カップにお湯を注いで、使い捨ての木のマドラーでかき混ぜて、一口飲んでふうと息を吐きました。

「……急に塞ぎ込んですいません」
こびとがぼそりと言いました。
「いーえ」
田中がまた一口コーヒーを飲んでから言いました。ホテルの案内の下に挟んであった、お菓子のパッケージを引っ張り出して、こびとの前に置きました。青い背景に白い文字で、地図のようなものが書かれていました。
「これ。さっき言ってたチャグチャグ馬コの地図。ほら、ここが赤レンガ館」
ちょんちょん、と人差し指で地図の上を指しました。
「ほんとですね」
すこし力強くなった声で校正のこびとが答えました。田中が優しく頷きました。
「馬、調達して迎えに行ってみようよ」
「迎えに?」
「あいつ。閉じこもってるやつ」
「『カタリのこびと』」
「そう。そのこびと」
「『大きな家に住めるようになったら、今度は男の子を迎えに来てくれます』?」
校正のこびとが、カタリのこびとが言っていたことを誦じました。
「よく覚えてるね」
「炭になるかがかかってますからね。あいつは『男の子』じゃないですよ?」
「でも、赤レンガ館は『赤レンガでできた大きな家』だよ?」
カタリのこびとが口を尖らせて、鼻をつまんでから今度は唇をへの字に曲げました。指先の墨が擦れて鼻が黒く汚れました。
「俺はね。人は理由もなく変なことを言わないと思う」
田中が人差し指でこびとの鼻を軽く擦りました。墨が少し取れました。
「それが嘘なら、なおさらだ。人は何の目的もなく、そんな面倒くさいことにエネルギーは使わないよ」
「こびとですけど、『カタリ』は」
「こびとでも、きっとそうだよ。問題は、馬をどこで調達するかだけど」

 シャンシャン

 よく響く鈴の音がどこからか聞こえました。
 カーテンを開けて窓の外を見ると、田中をここまで運んできたトナカイが窓越しにキラキラした目でこちらを見つめていました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.07

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画