見出し画像

【赤い炎とカタリのこびと】#02 大あわてのサンタクロース

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

前のおはなし 目次 次のおはなし

 校正のこびとが目を覚ましたのは、いつものふかふかのベッドの上でした。砂糖の焼けるの甘い香りがしています。ぐうとお腹がなりました。
「ムラングかな」
 そう思って身体を起こすと、いつになく軽やかです。毎日頭を悩ませていた目の奥の痛みも、肩の強張りもありません。
 ベッドから降りると、足の裏に床の冷たさが染みました。横にずらりと並んだ他の小人たちのベッドは空っぽ。壁にかかった時計を見上げます。
「寝坊……」
 出勤時間はとうに過ぎていました。時計の下のカレンダーに視線を落とすと、まだ11月のままでした。1日から30日まで予定がびっしり埋まっています。忙し過ぎて誰もめくる暇もなかったのかと、一枚めくろうとしたら、まだ予定は真っ白でした。

「やっと起きたな」
声がしました。聞き覚えのある声です。振り向くと、留守のはずのこびとの長が仁王立ちしていました。
「戻ったんですか? いつの間に?」
校正のこびとが聞くと、こびとの長がカレンダーに手を伸ばしました。とんとん、と『11月』の文字の下を叩きます。
「一年前だよ」
わあ、と校正のこびとが驚いて息を飲みました。『11月』の文字の下には『2023年』の文字がありました。校正のこびとが忙しく働いていたはずの2022年から確かに一年経っていたのです。
「一年!?」
「そう。一年も寝てた。ずいぶん休んだな」
「『2023』?!」
「そう。2023」
「どうしよう、僕、僕……!」
こびとの長がため息をつきました。ゆっくりと、諭すような声で校正のこびとにささやきました。
「執務室に行こう。なるべく目立たないように」

「早くしろ!」
いつもと同じように、工場長たちの声が響いています。執務室はすっかり元通り片付いていました。木でできた大きな机に、たくさんの書類が山になっています。校正のこびとを中に引き入れながら、こびとの長がうんざりした声で言いました。
「お前さんがいないお陰で大忙しだ。まあ、お互いさまだけど」
校正のこびとは、おどおどした様子で部屋を確認しています。こびとの長が椅子を指して、座るように促しました。それから木の机の引き出しを開けて、丸めた書類を一枚取り出しました。
「探しているの、これだろ」

 こびとの長が机の上に書類を広げます。何も書いていない、ほとんど真っ白の羊皮紙に、焼けた羊皮紙の破片が貼り付けてありました。
「ああ!」
 机の上の羊皮紙に校正のこびとが飛びつきました。羊皮紙の破片を確認するように撫でました。
「夢じゃ、なかったんだ…」
「あんまり触るな。壊れる。脆いんだから」
 こびとの長に言われて、ひい、と校正のこびとが飛び退きました。こびとの長が唇をかんで羊皮紙の破片を眺めます。「2022年のクリスマスイブ」の文字に赤い線がひかれ、上に「2023」と校正のこびとの文字で付け足してあります。

「どうせなら、10年ぐらい先にしてくれればよかったのに」こびとの長が頭をかきます。羊皮紙を持ち上げて、掲げるようにして透かし見ました。「でも、まだどうにかなる。『否認』のハンコはまだ出ていない」
「一回出てるんです」
校正のこびとが間髪入れずに言いました。校正のこびとの顔があんまり情けないので、こびとの長が苦笑いをしました。
「聞いたよ。黒い煙がもくもくに出たって」
「留守中に、ごめんなさい!」
「お互いさまだよ。それに、お前さんのせいじゃないよ」
こびとの長が、執務室に掲げてある大きな額を指しました。そこには筆文字で、こんなことが書いてありました。

一つ、「サンタクロース」は個人に対する名称ではない。驕りと栄光を捨てよ。
一つ、子供たちに誠実であれ。責任と愛情を持て。
一つ、トナカイを飢えさせてはいけない。1日1回ブラッシングせよ。
一つ、こびとは是非とも尊敬するべし。おやつの時間を邪魔するな。

 これは、サンタクロースの誓い、と呼ばれるものです。サンタクロースが代々、必ず守ってきた約束事でした。

「『子どもたちに誠実に』」こびとの長が声を出して読み上げました。「前に話したと思うけど、『よいこの証明書』にはルールがあるんだ。『子どもたちに誠実に』。証明書には嘘を書いてはいけない」
「『嘘の証明書には『否認』の黒いハンコが押されて、恐ろしいこと起こる』」
校正のこびとが小さな声で言いました。こびとの長が頷きます。
「そう。誰か証明書に嘘を書いたこびとがいる。『恐ろしいこと』の説明はしてなかったよね?」
「はい」
「ルール違反のサンタクロースには罰をがあるんだ」
「罰、ですか?」
「うん。ブラックサンタに変わる。転職だね」
「ブラックサンタ?」
「悪いこに罰を与えるサンタクロースだよ。プレゼントの代わりに石炭や石を配るんだ」
「そうなんですか」
「罰はこびとにある」
「我々にも?」
「うん。ブラックサンタの配る石炭に変わるんだ」
「石炭?!」
「静かに!」
こびとの長が校正のこびとの口を抑えました。声をひそめて続けます。
「他のこびとたちはこのことを知らない。怯えるといけないから」
校正のこびとがうなずきました。こびとの長もうなずいて校正のこびとの口から手を離し、更に続けました。
「幸い、まだ時間がある。クリスマスイブまでになんとかすれば……」

うわあああ、と大きな声が聞こえました。サンタクロースの家の1階、こびとたちの暮らす下の階にいるサンタクロースの声でした。
「どうしよう!! サンタ服が真っ黒になってる!」

「急ごう」こびとの長が大騒ぎになったこびとの工場を下に見ながら言いました。「あんまりないや、時間」

「赤い炎とカタリのこびと」No.02

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース