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【赤い炎とカタリのこびと】#06 田中さんの観光

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!
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「楽しそうですねえ!」
金具で飾った馬の人形が目を引くもりおか歴史文化会館の常設展示室で、モニターに流れるお祭りの映像を見ながら校正のこびとがぴょんぴょんと跳ねました。毎年6月に滝沢市から盛岡市まで100頭ほどの馬が行進するお祭です。『チャグチャグ馬コ』と解説にありました。
「よくご存知でしたね!」
校正のこびとが馬の人形の前で腕を組んでいる田中に声をかけました。「ううん」と田中がきまずそうに笑いました。「魔法の道具があるからね」右手に持っていたスマートフォンを親指で少し動かします。「鈴の音が『チャグチャグ』って聞こえるのが由来らしいよ」
「聞こえます?」
展示室に響く鈴の音に校正のこびとが耳を澄ませます。
「まあ、そう言われればそうかも」
田中が首を傾げました。校正のこびとがぴょんと跳ねました。
「……僕には、『シャンシャン』って聞こえますね」
「……たまにはクリスマスを忘れた方がいいと思うよ」
田中が苦笑いをしました。ふうと、鼻から息を吐いてしゃがみ込みます。
「夏のお祭りだよね、これ」
「飾った馬で迎えに行けばいいんじゃないんですか?」
「うーん。なんか、変じゃない?」
「僕は素敵だと思いますよ。クリスマスツリーみたいで!」
「そういう意味じゃなくて」田中がまたため息を吐きます。「あと、ほんとにたまにはクリスマスを忘れた方がいいと思うよ」

 もりおか歴史文化会館から出ると外はすっかり冷えていました。「雪が降ってきたら凍え死ぬかも……」上着のポケットに手を突っ込みながら田中が言いました。
「僕にはあったかいです」
頭の上で校正のこびとが答えます。
「……まあ、北極に比べればどこでもあったかいだろうよ」

 会館のある公園から出て、大きな道路に出ると、橋と川が見えます。橋の向こうを指さして、田中が言いました。
「あっちが、校正さんたちがいたところでしょう」
「はい。カタリのこびとが立てこもってる岩手銀行赤レンガ館です」
「言い方に、悪意を感じるね。あの建物、赤レンガだよね」
「まあ、赤レンガ館ですからね」
「うーん?」
また田中が首を捻りました。橋に向かって歩き出しました。

「ホテルの向かいにお土産やさんがあってさ」
歩きながら校正のこびとに話しかけます。すれ違う人に変な目で見られないように、真っ直ぐ前を見ながらです。
「馬の形した最中みたいなお菓子が売ってたんだ。そしたらさ」
橋を渡りながら、見慣れた名古屋の川の3倍はある、大きくて強い川の流れを眺めました。
「さっきのお祭りの紹介があって、どこ通るかの地図がついてたんだよ。最初のところは遠くて俺には分からない場所だったけど」
橋を渡り切ると、赤レンガ館の青銅色のドーム型の屋根が見えました。
「最後はこの橋を渡って、あの、赤レンガの前を通るらしいんだよね」
きょろきょろと見回して、今度は道路の反対側の大きな建物を指差しました。
「あれ、公共施設じゃない? 登れると思うんだ。上から見てみようか」

 信号を渡ると、ピカピカの石の、大きな階段がありました。石の壁に「プラザおでって」の文字があります。階段を登る田中の息が白く濁りました。

 建物の入り口を抜けて、右にエレベーターがありました。一番上の6階に、博物館があるようでした。
「ただ上に登りたくて入るの、ちょっと泥棒みたいでドキドキするね」
小さな声で田中が言いました。頭の上から「意外と小心者なんですね」とこれまた小さな声で校正のこびとが言いました。

 エレベーターはガラス張りで、向かいの赤レンガ館がよく見えました。建物の壁から屋根のてっぺんへ、景色がぐんぐん登っていきます。

「俺が相談員の仕事をする時でも」
外を眺めながら田中が言うと、エレベーターの中に他に誰もいないのを確認した校正のこびとがひょっこり顔を出しました。
「田中さんお仕事あるんですか?」
「あるよ。それなりにだけど」田中がムッとした声を出しました。「それなりの経験上、どんなに変に聞こえることを言う人でも、本人なりの理由があるんだよ」そう言って、また腕を組みました。

 チン、と音がしてエレベーターのドアが開くと「盛岡てがみ館」の文字がありました。
「つきましたよ」と校正のこびとが言って、急に興奮した様子で続けました「見ていきましょう! せっかく上まで登ってきたんだし!」
「うん? いいけど」
田中が校正のこびとに促されるまま中に入ろうとすると、展示中のチラシが目につきました。

『企画展 サンタクロースへの手紙』

「校正さん、ちょっとでいいからクリスマスのこと忘れようよ」
田中がため息混じりに言いました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.05

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光