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【赤い炎とカタリのこびと】#05 田中さんの仲裁

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

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「あったけえ!」
ホテルの部屋に入るなり田中は叫んでベッドに飛び込みました。
「疲れたー」
心の底からそう言うと、シャツの襟元を緩めます。傍に置いた鞄の中から、ぴょん、とカタリのこびとが飛び出しました。
「あー、もう。狭かった!」
続いて、のっそり校正のこびとが出て来ました。
「お邪魔します。もうお休みですか?」
「もう寝るつもりなの?」
カタリのこびとが大声を出します。校正のこびとが「シッ」と人差し指を立てました。
「長旅でお疲れなんですよ」
「だって、何しに来たの、この人」
「何しにって、僕らを手伝いに来たに決まってるでしょ」
「ただ移動しただけでしょ」
「あの暗くて狭い金庫にずっといるよりましです」
「いいじゃん、あそこ! アンティークでさ!」
「お前ら、うるさい」
田中が重そうにベッドから起き上がりました。右手で頭を抱えて、ため息を吐きます。「手伝う。手伝うから」今度は右手を校正のこびとに向かって差し出しました。「さっきの書類は?」

「これです」
校正のこびとが羊皮紙をホテルの机の上に広げました。まっさらの紙面の隅にさっき田中のしたサイン、それからそのすぐ上に去年焼けた「偽の証明書」の切れ端が貼ってありました。
「ええと、『あんた』の……」
「『カタリのこびと』」
田中に指を刺されたカタリのこびとが軽く会釈をして言いました。
「『カタリ』さんの言うところによると、この書類をクリスマスまでに本物にしないと、俺、石炭になるって、そういうことでいい?」
「俺『たち』です。こびとみんながそうなります」
校正のこびとが言いました。
「あんたらみんな? どうしてそんな?」
「罰です。不正を働いた罰」
校正のこびとの言葉に田中が眉をひそめました。
「『不正』? プレゼント着服したとか?」
「嘘を書いたんですよ。『良いこの証明書』に」
「嘘? なんでそんなこと?」
「さあ。なんででしょうねえ?」
じろりと校正のこびとがカタリのこびとを睨みました。カタリのこびとが校正のこびとを睨み返します。
「嘘なんてついてない」
「私はもう見抜きましたからね。あなたは、ひどい嘘つきだ」
「ついてないって!」
「じゃあ、なんでこの二週間仕事がちっとも進まないんですか?! あなたがいい加減なことばかり言うからでしょ!」
「ちゃんとほんとのことを言いました!」
「嘘つき!」
「嘘じゃない!」
「さっきだって、田中さんに嘘ついたばっかでしょ!」
「もういい、もういい」
田中が言い合いを始めたこびとたちを人差し指で優しく押して離れさせました。
「君らの相性が悪いのはよく分かりました」
「……すいません」
しょんぼりと校正のこびとが言いました。
「別にいいけど。しかしまあ、議論が白熱しているところ申し訳ないけど、オエが見る限りーー」
田中が机の上の羊皮紙の上を軽く撫でました。
「ーーほんとんど何にも書かれてないよね。この証明書?」

「焼けちゃいましたから」校正のこびとが答えました。
「内容がわかんなかったら、対処のしようがなくない?」
うんうん、と頷いて、田中が言います。
「内容は……」校正のこびとがまた憮然とした様子でカタリのこびとを指差しました。「『こいつ』が知ってます。話してくれないけれど」
「だから、話したって!」
カタリのこびとが大きな声で言ったので、田中がまた二人の間に人差し指を入れ込みました。
「冷静に」
「話したけど、この人、信じてくれないのよ」
ゆっくりとカタリのこびとが言いました。
「いいですか。これは遊びじゃないんですよ?」
校正のこびとは今にも怒り出しそうです。田中がため息を吐きました。
「『校正』さんは、何がそんなに腹立たしいのよ?」
「いいですか。僕たちはどうしても証明書を復元する必要があります。でも、その前にですよ、それ以前に、復元する時にいい加減なことこの上に書いたら、もう押しまいですよ。偽物の偽物なんて! クリスマス前に『否認』のハンコが押されてあっという間に石炭に早変わりです!」
「ほんとだって言ってるでしょ?」
「あー。そこまでそこまで」
田中がうんざりしながらまた二人を引き剥がしました。それから校正のこびとに向かって言いました。「まずは話を聞こう。先入観なしで」今度はカタリのこびとに向かって言いました。「自体が深刻なのは分かってるんだろ? ちゃんと話して」
「いいですとも」
ちょっと怒ったようにカタリのこびとは返事をすると、一呼吸置いてから話し始めました。

 昔、お母さんと男の子がいました。
 とてもても仲良しで、いつも一緒でした。
 男の子はお母さんが大好き、お母さんも。
 だけどお仕事が忙しくて、たまに離れ離れになりました。
 離れている間、お母さんはたくさん働いてたくさんお金を儲けました。
 お金を儲けて、大きな家に住むんです。
 男の子が大好きな、赤レンガでできた、大きな家。

「『赤レンガ』?」
田中が大きな声を出しました。話を邪魔されたカタリのこびとが田中を睨みました。
「何か?」
「いや、何も。続けてください」

 大きな家に住めるようになったら、今度は男の子を迎えに来てくれます。
 男の子の大好きなお馬さん。昔、おばあちゃんの住んでいる街で見た、チャグチャグ馬コのお馬です。

「『チャグチャグ馬コ』って何?」田中が我慢しきれずに言いました。「『馬』はいいとして、『チャグチャグ』って何?」
「さあね」
済ました顔でカタリのこびとが言いました。
「自分で言ったのに?」
「そう。『自分で言ったのに』」
「だから、いい加減なんですって!」
校正のこびとが割って入ります。田中が首を傾げました。それから少し考えて、カタリのこびとに言いました。
「分かった。信じるよ」
「嘘?!」
校正のこびとの叫び声を田中が無視して続けます。
「とりあえず、レンガの家とチャグチャグの馬がほんとになればいいんだろ? 言い争っているより、動いた方がいい」
「信じるの?」
「信じるっていうか、疑わないだけだよ。頼まれたんだから、とりあえず」
「あのさ」
「何?」
「わたし、さっきの金庫戻っていい?」
カタリのこびとの言葉に校正のこびとが氷つきました。今までで一番大きな声で言いました。
「手伝わないつもりなんですか?!」
「いや、そういうつもりじゃ」
「いいよ」田中があっさりと言って、大きなあくびをしました。またベッドに横になります。「君ら、仲悪くて、一緒にいてもうるさいから」パチン、と枕元のボタンをひねって電気を消します。「寝かせて。明日にさせて」

 程なく、寝息がし始めました。二人のこびともすっかり静かになって、数週間ぶりに暖かいベッドでぐっすりと眠りました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.05

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁