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【赤い炎とカタリのこびと】#07 田中さんの焦躁

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!
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 右手で頭のてっぺんを抑えながら、盛岡てがみ館の出口から田中が暗い表情で出てきました。あたりを見回して人のいないのを確認すると、ぱっと右手を離しました。
「はー。苦しかった」
 田中の右に手の下に押さえつけられていた校正のこびとが大きく深呼吸をしました。服の乱れを整えながら非難がましく言いました。
「もっと、ゆっくりしていけばよかったのに」

「いや、もう、ちょっとうるさいんだよ、校正さん」
田中がうんざりした様子で言います。
「これじゃあ誤解を招くとか、ここが惜しいとか、ぶつぶつぶつぶつ」
「誰もいないんだから、いいじゃないですか」
「すぐ下にこの俺がいるでしょうがよ」
「え? ああ。すいません。もっとかまってあげた方が良かったですか?」
「逆だよ。 俺は静かに展示が見たかったの」
「分かります。『サンタクロースへの手紙』ほど見どころが多いものはありませんからねえ…」
感慨深げに頷く校正のこびとに、すっかりくたびれたような気持ちになって、帰りのエレベーターを呼ぶボタンを押すと、校正のこびとが、ぽん、と膝を打ちました。
「そうだ! 田中さんもサンタクロースへの手紙を書いてみましょう!」
「手紙?」
「大丈夫ですよ。僕が教えてあげますから!」
「いや、俺もう30のオジサンだし……」
「手紙に歳は関係ありません!」
「頭にこびと乗せてるし」
「だからいいんじゃないですか! これはまたとないチャンスですよ!」
何かを諦めたのでしょう。そのままコンビニでレポート用紙と封筒を買い求めました。近くの喫茶店に入って、奥の方の席に座ります。

「まず、最初に、サンタクロースへの挨拶を書きます」
得意気に、校正のこびとがレポート用紙の上を指しました。
「『こんにちは。サンタクロースさん。お元気ですか』」
「そうそう」
校正のこびとが大きく頷きました。
「次に、今年一年間、自分がどんな子ど…オジサンだったか書きましょう」
「…『オジサン』は踏襲しなくていいよ。『私は、この1年間。お客さまのために、身を粉にして働きました。とっても、いい大人でした』」
田中がレポート用紙に書き終わるのを見計らって、校正のこびとが、書いた部分の下のところを、体全体で指差します。
「最後にいよいよ、お願いごとを書きましょう! なんでも書いて結構ですよ!」
「『お財布がパンパンになるくらいの日本銀行券が欲しいです』」
「ダメですね!」
校正のこびとが仁王立ちして言いました。
「ダメって言わないでよ」
「ダメ、ダメ、ダメです。全然ダメ」
校正のこびとが頭を振ります。
「ちょっとふざけただけでしょうが」
「わかってませんね。田中さん。というか、ほとんどのみんながわかっていません」
「そんなに『日本銀行券』て書いてくる子供多いの?」
「ここ!」
校正のこびとが『身を粉にして』の部分を指しました。
「『身を粉にして』つまり田中さんは、ものすごく一生懸命働いたわけです。体が擦り切れるほど、削れるほど、例え自己評価でも」
「『自己評価』だけ余計だよ」
「なのに」校正のこびとは今度は『日本銀行券が欲しい』のところに駆け寄りました。「『日本銀行券が欲しい』なんて茶化して書いてしまっている。もっと切迫詰まって欲しいんなら『金』で十分ですし、『パンパン』なんて抽象的な言葉を使わずに、『いくら欲しい』って書くべきです。お願いなんだから」
「『働いたから金を100万円ください』なんてサンタへの手紙、嫌でしょ」
「そうです!」
校正のこびとがピシリと田中を指差しました。
「そんな手紙嫌ですよね。田中さんの願いはそんなところにはない!」
今度はしゃがみ込んで、指で『お財布がパンパンになるくらいの日本銀行券が』の上をなぞりました。ざらざらとした黒い線が手書きの文字を消しました。
「え?」
田中が声を上げるのを無視して校正のこびとは消した文字の上のところに、指で新しい文字を書いていきます。鉛筆も何も持っていないのに、指から黒い線がすらすら出て来ました。
「『誰でもいいから褒めて』欲しい。ちゃんと素直にそう書きましょう。そうじゃないと伝わらない」
「え、ちょっと、校正さん」
「恥ずかしいかもしれませんが、大事なことです。みんな、格好ばかりつけて自分の本当のお願いを書かない。もっと言うと本当の願いすら、わかっていないんですよ」
「いや、お願いはいいから、ちょっと冷静に自分の書いたもの見て」
「なんです?」
校正のこびとが自分が指で書いた黒い線と文字をじっと眺めます。顔をあげて、また田中を見ました。
「どうしたんです? 黒い訂正じゃダメですか? 僕、赤鉛筆北極に忘れて来ちゃったんですけど」
「いや、色じゃなくて、どうやって書いたのそれ」
「どうやってって、指で、ああ!」
校正のこびとが自分の指を見て大声を上げました。指の先っぽが真っ黒の石炭に変わっていたのでした。


「赤い炎とカタリのこびと」No.07

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁