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【赤い炎とカタリのこびと】#11. 『続き』

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

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「いないな」漆喰の壁をライトで照らしながら田中が言いました。「上の金庫も、あいたままだ」
 冷え切ったモルタルの床をブーツで踏みしめながら外に出ると、街灯の下で校正のこびとが羊皮紙を広げていました。覗き込むと『チャグチャグ馬コ』の『馬』のところに指の隅で二重線を引いて、上に『トナカイ』と書き入れているところでした。
「うーん」
田中が腕を組みました。校正のこびとが振り向いてにっこりと笑いました。
「こういうのはちゃんとしておかないと」
「校正さんのそういうところ、好きだけど、嫌いだね……」
「その表現、伝わりにくいと思います」
「うん。今明確に嫌いになった」

「これ、まだ、『つづき』があるよね?」
田中が校正のこびとのそばにしゃがみ込み、羊皮紙の下半分を指しました。
「半分白いままですからね」
「書いてある部分が本当だとして……」
「『本当になった』が正確だと思います。田中さんのおかげで、嘘が、本当になったんです」
「10ポイント」
田中が嬉しそうに校正のこびとを指差しました。
「今のは、褒めました?」
「いいこと言ったからね」
「ポイント貯めるとどうなるんです?」
「1000ポイントで戦車がもらえるよ」
「別にいりませんけど」
「いや、『ライフ・イズ・ビューティフル』よ! 知らないの?!」
「諺か何かですか」
「いや、映画。お父さんが嘘つくやつ」
「人の親として関心しませんね」
「いや、嘘だけど、めっちゃいい嘘なんだよ?!」
「『いい嘘』なんてあるとは思えませんけど」
ふう、と校正のこびとが自分の書いた文字に息を吹きかけました。小さな墨の粉が羊皮紙の上に舞いました。
「ええと、あとは……」
羊皮紙の上を這いながら文字を読む校正のこびとを田中がつまみあげました。
「そこまで。赤鉛筆買ってきて直そう」
校正のこびとが炭に変わった自分の人差し指を田中に見せます。
「どうして? 便利なのに」
「身体、削れてるってことでしょ」
「平気ですよ」
「平気じゃないよ」
「平気ですって」
田中がこびとをつまみ上げたのと反対の手で手招きをしました。よってきたトナカイの鼻の上に校正のこびとを載せました。
「悪い嘘。マイナス10点」
「だからいりませんよ」
校正のこびとを無視して田中が羊皮紙を拾って丸めると、コンクリートの地面に擦れたような跡がありました。指で擦ると手につきます。
「炭……?」
田中が自分の指についた黒い粉をと校正のこびとを見比べます。校正のこびとが不満そうに言いました。
「僕は地面を汚すようなことはしてませんからね」
田中が立ち上がって、あたりを見回すと少し離れたところに同じような黒い擦れがあります。
「『カタリ』のじゃないですか。あいつも僕と同じで炭になりかけてるんだ」
「どこ行ったんだと思う?」
間髪入れずに田中が聞きました。少し苛立っているようでした。
「わかりません」
「他人巻き込んでおいて、あいついい加減にしろよ」
「心配なんですか?」
「怒ってるんだよ」
「……田中さんも嘘つきですね」ごくごく小さい声でこびとが言うと、田中がじろりと校正のこびとを睨みました。こびとが肩をすくめて続けます。「とりあえず、僕らは続きをやりましょう」
「『続き』?」
「そう。証明書の続きを実行するんです。どのみちやるしかないんですから」
「真っ白じゃないか」
「聞いたのをメモしてあります」

 校正のこびとがポケットから紙の切れ端を取り出して読み上げました。

「お帰り」
男の子が言いました。
「ただいま」
お母さんが言いました。
手にはお土産を抱えていました。男の子が欲しがっていた、河童のお皿です。

「待った」田中が校正のこびとを遮りました。「『河童のお皿』って言った?」
「『河童のお皿』って言いました」あっさりと校正のこびとが答えます。
「きゅうりが好きな、河童?」
「きゅうりが好きな、河童だって言ってました」
田中が羊皮紙を握ったまま腕を組んで俯きました。少し唸って、顔を上げて言いました。
「あいつ、いい加減にしろよ?!」
 今度は嘘じゃないな、と校正のこびとは思いましたので、トナカイの鼻の頭を撫でて知らんぷりをしておきました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.11

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」