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【赤い炎とカタリのこびと】#09 田中さんの行進

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

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 県庁や市役所のある大通りにシャンシャンと鈴の音色が響きました。日はもうすっかり落ちています。空気がピンと張り詰めて、重なって溢れる音がそのまま丸く凍って落ちていくようでした。
 ところどころにある電灯のわずかな明かりの下を赤と白のおなじみの服を着た男と、男の背丈もあるような大きなトナカイが、首を飾る鈴飾りを鳴らしながら、川を目指して歩いていくところでした。

 残業でもあったのでしょう。小走りで走ってきたビジネスマンがトナカイを見て「おお?」と声を上げて後退りしました。おそるおそるトナカイの隣を通り抜け、通り過ぎてから、パシャリと写真を撮る音が聞こえました。
「そりゃそうしますわね」
長く伸びたつけひげ直しながら、口から白い湯気をあげて田中が言いました。寒さで鼻が赤く変わっていました。

「チャグチャグ、チャグチャグ」
トナカイの頭の上に乗った校正のこびはご機嫌です。
「いや、これはもう、『シャンシャン』でしょ」
「この格好の方が怪しくないって言い出したのは田中さんですからね」
「だって、こうでもしないとトナカイなんか道で連れて歩けないよ」
「トナカイは、軽車両なんですよ。堂々としてれば大丈夫です!」
「堂々か……捕まらないかなあ」
「大丈夫ですって! 田中さん以外はホンモノなんですから!」

 正面向かいから若い女性の二人連れが走ってきてスマートフォンをかまえました。パシャリ。またカメラの音。「ほんとだホンモノだー」と言いながら帰っていきます。
「……あのおじさん、SNSかなんかに投稿しやがったな」
笑顔で手を振りながら田中が言いました。
「田中さんはホンモノじゃないけど、サンタクロースのイメージを崩すことはこの僕が禁止しますからね」
咄嗟にトナカイの耳の裏に隠れた校正のこびとが言いました。

 中の橋あたりまで来ると、見物人と思しき集まりがちらほら出ていました。
「サンタじゃん!」
 集団のひとりが田中たちを指さします。
「HOHOHO!」
田中が福々しい笑い声を立てて手を振りました。
「……努力は、認めます」
トナカイの耳の裏で校正のこびとが小声で言うと
「こっちは精一杯やってんの」
と田中が笑顔で言いました。

 橋を渡り切って、岩手銀行赤レンガ館の屋根が見えてきました。人だかりがまたできています。
「……この寒いのに」
手を振りながら田中が呟きました。
「外国の方もいますよ! 観光に来た人がイベントだと思って見に来てるのかも」
こびとが耳に隠れながら辺りを見回しました。
「あ。子どもいますよ! もう夜遅いのに」

 思い思いにスマートフォンのカメラを掲げる大人達の隙間に一人の男の子がサンタとトナカイを見ていました。
 田中は男の子に向かって手を振って、赤レンガ館の前でトナカイを立ち止まらせると、中に向かって大きな声で言いました。
「おーい。迎えに来たよ!」

「赤い炎とカタリのこびと」No.09

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進