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【赤い炎とカタリのこびと】#12 栄転

※このお話は2023年の12月1日から12月25日まで、毎日更新されるお話のアドベントカレンダーです。スキを押すと、日替わりのお菓子が出ますよ!

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「そうだ! 河童のお皿を持って来てあげるよ」
国枝聡子が大きな声をあげたので、まだ小学3年生の国枝悟がまん丸の目で聡子を見ました。あははは、と聡子が笑い出します。こうやって母さんが笑う時は、自分をからかっている時だと思った悟は口をへの字に曲げました。
「嬉しくないの? 前におばあちゃんち来た時、あんなに河童のお人形欲しがってたくせに?」
 ニヤニヤ笑いながら聡子が悟の鼻をつまみました。悟が慌てて聡子の手を払って、頭を後ろに引きました。
「小さい頃の話だろ。それに河童のお皿なんて持って来られるわけないじゃん」
「あ。そのお皿?」
 聡子が小さな声で言いました。それから息子ににんまり笑って見せました。
「母さんに任せなさい。仙台にいる友達の河童から、こう、カパッと盗んできちゃうんだから」
「無理に決まってる! いい加減なことばっかり言うんだから!」

『河童だけに』と聡子が続けるよりも早く、悟が聡子の両頬を引っ張りました。
「痛い痛い。まいったまいった」
笑いながら聡子が悟の手をとりました。悟はまだ膨れています。
「お皿はいいから、ちゃんとクリスマスに帰ってきて!」
悟がじっと聡子の目を見て言いました。聡子が悲しそうに笑いました。
「『いい』だなんて言わないで。欲しいもの、言っていいんだから」
「いいよ! うちが貧乏だから、仙台行くんでしょ!」
「栄転と言ってください」
「悟、お風呂入りなねー」
台所からする祖母の春子の声に「はーい」と答えて、悟が風呂場に走って行きました。
「いい子」
と聡子がため息をつきました。
「もっと、悪い子でもいいのに」

 聡子の務める会社が仙台に新しく作ったお店は、女性ばかりの店舗でした。「女性の活躍する店舗」という旗印自体「他では活躍させられていない」の証拠のような気がしてげんなりする気持ちがありましたが、それでも、そのおかげで支店長を任されたことを聡子はありがたいと思っていました。

 結婚してすぐに悟を産んで、悟の父親と別れても、どうにか経済的に困らないで済んでいるのは今の職場のおかげでしたし、営業の仕事も好きでした。困ったお客様もいるにはいますが、自分が笑えばお客様も笑ってくれましたし、自分が勉強すればしただけ、お客様のお役に立てることも増えました。「個人取引のお客様が資産相談や相続、他のなんでもお気軽に相談できるようなモデル店舗」というのがコンセプトだと、本部でネット越しでしか見たことのなかった役員に説明を受けました。軌道に乗ったら、他の店にもノウハウを共有する、という説明を付け加えられて、仙台での勤務自体は新店が軌道にのるまでの限定だな、という予感もしました。安定したら、また次の「活躍する女性」のためにポストを開けなくちゃいけない。たらい回しなのだと。悩んで、しばらく悟を春子に預かってもらうことに決めました。悟は春子によく懐いてくれていましたし、自分の仕事を安定させるのが、悟のためにもまずは先決だと思ったのです。

「クリスマスとか言ってないで、もっとしょっちゅう帰ってきたらいいのに」
 洗いものを終えた春子がエプロンを外しながら居間に入って来ました。「寒い寒い」と言いながらこたつに膝と手を突っ込みました。
「ごめんね」
聡子が小さく言いました、
「しっかり働いて来るんだよ!」
こたつの中で春子が聡子の膝を叩きました。
「痛っ!」
聡子が飛び上がって、それから笑いました。
「クリスマスイブはどんなご馳走買ってきてもらおうかねえ」
春子が笑顔で続けます。
「母さん作ってくれるんじゃないの?!」
「お金持ちになって帰って来るんだろ? さっき悟に約束してたじゃないか。赤レンガのお家に住ませてあげるって」
「聞いてたの?」
「聞こえるよ。うち、狭いんだから」
「一昨年遊びに来た時、『かっこいい』って気に入ってたみたいだったから」
「ああ。チャグチャグ馬コ見に来た時」
「そうそう。『お馬さんもかっこいい』って」
「あれは楽しかったねえ」
「うん。楽しかった。悟もよく笑ってた」
聡子が声を落としたのに気がついて、春子がちらりと聡子の顔を見ました。
「離婚してから、あんまり笑わなくなったからね、悟」
春子がこたつから手を出して、聡子の鼻をつまみました。怒ると相手の鼻をつまむのは、もとは春子から聡子に移った癖なのでした。
「また、笑えばいいさ」ぱちん、と鼻を引っ張って、そのまま手を離します。真面目な顔で言いました「クリスマスイブに、あんたが買ってきたご馳走をみんなで食べて」
「圧力」
「母さんは、ローストビーフがいい」
居間の壁には、聡子が会社からもらってきたカレンダーがかかっていました。春子が立ち上がって、始まったばかりの11月のカレンダーをぺらりとめくり、机の上にあるトレイから赤いフェルトペンを取ると、12月の24日に「ローストビーフ」と書き込みました。

「赤い炎とカタリのこびと」No.12

このおはなしは、12月の1日から25日まで毎日続く、おはなしのアドベントカレンダーです。

目次
01. ラスト・クリスマス・イブ
02. 大あわてのサンタクロース
03. クリスマス・イブまでの24日間
04. 田中さんの災難
05. 田中さんの仲裁
06. 田中さんの観光
07. 田中さんの焦躁
08.  田中さんの計画
09. 田中さんの行進
10. 田中さんの失態
11. 「続き」
12. 栄転