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2023年3月の記事一覧
未来にワープしたい。
このごろのブログでは、Mr.Childrenの
1997年リリースのアルバム『BOLERO』をね、
今、また、あらためて聴きながら
考えてみたことをしるしていたのですが。
リリース当時、ぼくは、たぶん中学3年生で、
このときはCDを購入していないと思うので、
どういうような状況及びタイミングで、初めて
『BOLERO』を聴いたかは憶えてないけれども、
その後、この他のアルバム同様、
折に触れて聴い
それがうまく生きる秘訣で。
そしてさらにね、Mr.Childrenのアルバム
『BOLERO』をあらためて聴きながら、今回、
『BOLERO』をあらためて聴くきっかけとなった
『ALIVE』という曲がさ、やっぱり、
ぼくは大好きなんだなあ〜。
あらためて『ALIVE』を聴きながら、
あらためてその歌詞もながめながら、
たとえば、、
‥‥という箇所はね、以前、つまり、
10代のころに聴いていたときには、
怒りや嘆きの感情よ
今、この一面のひまわりを想いながら。
このごろのブログでは、Mr.Childrenの
1997年リリースのアルバム『BOLERO』について、
あらためて曲々を聴きながら、その
感想みたいなことをしるしているけれども、さらにね、
『BOLERO』のことで申しますと、
このジャケットも大好きなんだなあー。
アルバム『BOLERO』のジャケットは、
一面に咲き誇るひまわりのお花の中で、
異国の少女がスネアドラムを構えながら、
音楽を演奏を
「ない」を歌われるアルバム。
昨日のブログでは、あるきっかけでね、
Mr.Childrenの1997年リリースのアルバム
『BOLERO』をあらためて聴きながら、
感じたことをしるしまして。そして、
そのブログの中ではさ、
アルバム収録の約半数の曲が、当時の
既発のシングル曲なのだけれども、でも、そこに
曲の寄せ集めという雰囲気は感じられないし、
どちらかと言えば、アルバムとして
バランスがとれている、と感じるのは、
どんな秘
バランスと秘密と過激のアルバム。
このまえのブログでは、Mr.Childrenの
『ALIVE』という曲のことをしるしながら、
その後にはさ、この『ALIVE』が収録されている
アルバム『BOLERO』をね、
ひさしぶりに聴いておりました。
『BOLERO』がリリースされたのは、
1997年3月なので、ぼくは当時、
中学3年生? なのかな??? おそらく、
そんな多感のころに聴いていた、という
思い出補正もあるやもしれないけれど
春の色を想いながら。
3月の序盤の日には、まだ
コートも着ていたんだけれども、
あるころから、コート無くても大丈夫!
ってゆうぐらいの気候に成ってきて、
3月も終盤となった今ではだいぶ春めいて、
暖かくなってきた〜。
この冬は、もう、あまりにも寒すぎて、
温暖とされるこの地域でも、
毎日、寒さがつらかったな。
それがね、ようやく
春がやって来たようで、
どことなく、うれしさがあるなあ!
きょうのブログのトップ画像は
絶望と最高と笑顔の歌。
ぼくはMr.Childrenの音楽が大好きで、
そして、ぼくの母も、
Mr.Childrenが大好きだ。
母はさ、ぼくが部屋や車の中で
Mr.Childrenを聴いているのを聴いて、
好きになって、それでね、何度か
母と二人でライブにも訪れたこともある。
でも、母は、CDの
ジャケットや歌詞カードは全く見ないので、
歌は知っていても、その歌のタイトル、及び、
歌詞はぜんぜん知らないの。
そんな
「チーム」について考える。
WBC、優勝、すごかった〜。
WBCに関する感想のことは、数多、
ネットでも書かれているとも存じますが、
ぼくも、感想を書きたい、と申しますか、
もう、あまりにも印象が強すぎて、
それしかブログも書けないんだな。
決勝戦では、投手戦のごとく
ひりひりとした試合の流れで、
観ながら、こちらも緊張していたなあ。
投手戦のことで言えば、
先発の今永投手が2回を投げ、
3回及び4回には戸郷投手が投げ、
ぼくがぼくなりに考えていること。
ぼくはこうして、日々、
ブログを書いているけれども、
やっぱり、この、ぼくの書くブログがさ、
たくさんの人に読まれたら、とは願いながらも、
ぼくのブログとは、そこまで
たくさんの人には読まれないだろうなあ、
とも感じている。
ぼくのブログでは、主に
じぶんなりに考えていることを書いているけれど、
その「考えていること」を、
どうして、ぼくは考えているのか?
って考えてみれば、たとえば、
「考えた
発言とポリティクスと。
有名人が政治的発言をなされることについて、
このごろまた、あらためて考えている。
たとえば、ぼくは、
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの音楽が大好きで、
それは、たしか2005年ごろ、
当時通っていた専門学校の友人たちの影響で
よく聴くようになり、以来、
ずっと聴いているのですが。
あるころから、アジカンを好き! と言えば、
「あぁー、政治的発言のバンドね(笑)」
みたいなふうに
この行列の最後尾に。
以前、宮崎駿監督が、
作品を作ることにおいて、子どもたちに
「この世は生きるに値する。」
ということを伝えるのが、自分たちの
仕事の根幹になければいけない、
とのようにお話しをされていた。以来、この、
「この世は生きるに値する。」
ということばのことをね、
折に触れて考えているの。
とは申しても、ぼくには、
この世は生きるに値するのかどうか、
について、ちゃんとしたことは
全く言えないんだな。
反面教師に成れたのならば。
今だっても、そこまでの
変化も無いやもと思うけれども、
若いころ、つまりはさ、
10代とか20代とかのころのじぶんというのは、
非道い人間だった、と思っている。
そのじぶん自身の非道さとは、
ここでは詳細も記さないけど、
たとえば、そのときのじぶんに対して、
諭したい、とか、説教したい、とか、
そういうのはあんまり無いけど、
そうしたとしても、じぶんは
ほとんど聞かなそうでもあるし、
というぐらい