山口雄也

noteを始めて3ヶ月

noteを始めて3ヶ月

4/2に初めてnoteの投稿をしてからもう3ヶ月 山口雄也さんの文才に惹かれて、彼の文章を読みたいが為に始めたnoteだったけれど、6/6に山口さんは亡くなり彼の新しい文章に触れることは叶わなくなった 今再び遡って彼のこれまでの記事を読んでみると彼の気持ちが心の深いところで伝わってくる 死がいつもすぐそこにあることをこの何年もの間ずっと感じてきた人 急変や劇症化も十分にあり得ることを見越しての記録の数々だった 私は、彼の言葉の中にガンジーの言葉との共通項をとても感じ

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vol.43 生き続けそうとする執念

vol.43 生き続けそうとする執念

【たばたんの独り言 vol.43】 おはようございます。 今朝、生徒から昨日の独り言に対して、「失敗を許してくれる先生っていますか?」という質問がありました。 ただ失敗しただけだと、その失敗に価値はありません。 なぜ失敗したのか、次はどうしようかと考えることで人は成長します。 なので、同じ失敗を何回も繰り返すというのは許してもらえないかもしれません。 ただ、何回も同じ失敗をするということは、かなりそのことが向いていないと考えるべきで、 外部の力を借りるとか、そのことを

「がんになって良かった」と言いたい/山口雄也+木内岳志

「がんになって良かった」と言いたい/山口雄也+木内岳志

こんにちは、おみです。 今日の本は、先日のnoteでも触れましたが、山口雄也+木内岳志「『がんになって良かった』と言いたい」です。 山口雄也さんのがんの闘病生活について、彼のブログ記事を中心に構成し、書かれています。 がんになり、死と向き合わざるを得なくなった山口さんは、ブログに生きることへの渇望を生々しく語ります。患者仲間や友人との交流を経て、「生きること」について考えます。 彼はもう一度人生をやり直すなら、同じ人生を歩みたいそうです。これはニーチェの「永劫回帰」の

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骨髄バンクに登録しようと思った話

骨髄バンクに登録しようと思った話

こんにちは、おみです。 先日、献血をするために近くの献血センターへ行ってきました。 一度献血をするとデータが残るらしく、前回行ったのが2005年だったことが判明。21歳の時以来ということで、歳をとったなと感じました笑 今回、献血センターに行ったのは献血の他に、骨髄ドナー登録をするためでした。ドナー登録をしようと思ったのは、先日亡くなった山口雄也さんの「『がんになって良かった』と言いたい」を読んだからです。 山口さんは10代でがんになり、入退院を繰り返しながら病と闘いま

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https://yoshinashigoto.hatenablog.jp/entry/2017/10/18/211314 山口雄也さんの「ヨシナゴトの捌け口」ハテナブログ今日も読んでる。引きこもりかたつむり🐌。

https://yoshinashigoto.hatenablog.jp/entry/2017/10/18/211314 山口雄也さんの「ヨシナゴトの捌け口」ハテナブログ今日も読んでる。引きこもりかたつむり🐌。

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「天気のいい日は仰向けになって空を見上げていたい。」今日は病院の付き添い。あとは一日中山口雄也さんのもう2度と更新されることのないブログとnoteを読見返していた。才能と強さと生きる姿勢に見惚れていた。

「天気のいい日は仰向けになって空を見上げていたい。」今日は病院の付き添い。あとは一日中山口雄也さんのもう2度と更新されることのないブログとnoteを読見返していた。才能と強さと生きる姿勢に見惚れていた。

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青年の死とジーンとミーム

青年の死とジーンとミーム

とある青年が白血病で亡くなった。彼が生前に残した文章を読んで色々なことを考えたのでメモ。 彼は死の直前まで克明に自らのやりきれない思いや、死への恐怖、理不尽に対する怒りをインターネット上に書き残した。Twitter、ブログ、note。そうやって彼が書き残した物を読んで、何か書き止めて置きたいという気持ちが起きたので、彼の死は、生きている我々に影響を与えているものと思われる。 彼はブログの中で、太平洋戦争に出征する若い兵士と自らの境遇を重ねていた。おそらく出征した日本兵たち

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山口雄也さん

山口雄也さん

昨日、Twitterのタイムラインで山口雄也さんが亡くなったらしいと知った 気もそぞろになりながら検索し、事実の確認をしたかったが、彼は芸能人とは違うし代表者が運営する公式サイトがあるわけではないのでしばらくは皆も情報を集めているような状況だった その後、彼の幼なじみらしき方が 通夜、告別式に出席してきたというtweetをしていたことが拡散され、紛れもない事実なんだと知った 彼の固定Tweetが「余命宣告された後のご報告」から「5月初めの介助状態になってしまった」とい

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おつかれさまでした

おつかれさまでした

少し前にSNS上で存在を知り、ずっと応援してきた方がいる。何年も闘病されていた方なのだが、昨日訃報を知った。 毎朝、これぐらいしかできないけど、と思いながら、回復を祈っていた。 ご本人が発する情報から推測して、かなり厳しい状態だったけれど、何度も何度も這い上がってこられた。 瀕死の病床で、ひたすら言葉を紡ぎ出し続けた。言葉は泉のようにどんどん湧き出てきて、ものすごい勢いで流れ出ていた。 極限状態で絞り出される言葉はどれも、心を抉るような強さがあった。 あまりにも壮絶な闘病

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