トランスパーソナル心理学

フォーカシングワークショップ初体験!

フォーカシングワークショップ初体験!

(初体験。アラ還おやじにとっては遠い蜃気楼のような響きがある。) もとい! 9月11(土)、12(日)の休み両日 明治大学の心理学者諸富先生のフォーカシングのワークショップ(https://morotomi.net/ )に参加してきました。日頃何気なく感じそして過去に押し流している感情・感覚に意識をむけそれが何かを探求する。感情、感覚と意識的に会話をしてその意味を知る。今までもやってきたような初めてのような、そんな素敵な体験をしてきました。 発見1)参加者のレベルが高い! 

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0.Fool(愚者)
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0.Fool(愚者)

旅の始まりDreaming Way Tarot を使った人生の旅路のスタートです。 この22枚のカードと共に、人生のパスを旅する試みを仲間と共に。 こちらではこの素敵だけれどちょっとだけ従来のライダー版と違う表現を持ったこのDreaming Way Tarotと仲良くなることに特化して記事を書きますので他のウェイト版では役に立たないことも多いと思います。 Amazonでも高評価の素敵なカードなので気に入ったらお手元にお迎えしてみてくださいね。 ++++++++++++++

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仏に逢うては仏を殺せ 著者:稲葉小太郎
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仏に逢うては仏を殺せ 著者:稲葉小太郎

#仏に逢うては仏を殺せ #ニューエイジ #トランスパーソナル心理学 #臨済義玄 #臨済宗 #禅宗 #幸せの扉 #断捨離 #吉福伸逸 #稲葉小太郎 #哲学 #心理学 仏に逢うては仏を殺せ吉福伸逸さんの伝記、実話の記録です。 稲葉小太郎さんが、詳細にまとめています。 とある会で、課題図書に指定されたので、 実話、実録はあまり読まない私ですが、 読んでみましたよ。 で、、、ごめんなさい 他者の人生に1mmも興味が無く、 どう生きてどう死んだか、 記録されていても、 家族や友人

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ダイアモンド・アプローチとの出合い

ダイアモンド・アプローチとの出合い

この記事は日本トランスパーソナル学会のニュースレター(2011年11月号)に掲載された文章の転載です。  2004年の春、語学留学、そして、大学院留学のために、ぼくはサンフランシスコへと渡った。それからの数年は予想していた以上に難しい時期だった。言葉もままならず、異文化の中で孤独を体験し、日本で培ってきたはずの自信は儚くも崩れ去った。ダイアモンド・アプローチ(DA)の先生に出会ったのは、まだまだぼくが異文化の中で苦悩し続けていた頃、2006年の初夏だった。信頼していた大学院

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うた 宇宙(そら)のまにまに⑥
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うた 宇宙(そら)のまにまに⑥

自己(おのれ)一番小さい時の記憶は何? 唐突に 投げかけられた質問 目の奥を 覗き込まれて 訊かれたので 誠実に 応えなければと 奥へ 奥へ 更に 奥へ 記憶の貯蔵庫に 分け入って アレか コレか 否 ソレか 「最初」の思い出を 探してまわる そのうち アッと 気がついた この発問は、 自己(おのれ)の起動の瞬間を 尋ねられているのだと あまりに深く大切な問いだった リサーチの動きは ハタと止まり 困惑が わたくしに まとわりついてくる 果たして

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衝撃の○○心理学

衝撃の○○心理学

さて、心理学を本格的に学ぼうと思ったのが今から7年ほど前で、その時私が学んだものにNLPがありました。 そこで知り合ったNLPトレーナーの方の1人が私の心理学のお師匠さんです。 そして、NLPや交流分析(TA)を学び、心理の専門家として活動しようとした時にお師匠さんから学んだものに、ヒプノセラピーやフォーカシング、さらにヴィクトール・フランクルやカール・ユングがありました。 これらのスキルや考え方は今の私のベースになっています。 そして、トランスパーソナル心理学に興味関心

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人間性心理学からトランスパーソナル心理学へ

人間性心理学からトランスパーソナル心理学へ

トランスパーソナル心理学とは、1960年代に創始され、精神分析、行動主義、人間性心理学に次ぐ第四の心理学と言われるこがあります。 まず心理学の流れを簡単にまとめると、第1となる精神分析とはフロイトが創始した精神分析の理論とそれに基づく精神分析療法に関するものであり、1900年代初頭にスタートしたものです。その後、第2となる行動主義が勃興しはじめます。1930年代に勢いを増してきた行動主義は、それまでの精神分析のアプローチに関する疑問と実社会・現場での応用への限界から生まれ、行

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楽園瞑想〜母なるものを求めて(8)母の物語

楽園瞑想〜母なるものを求めて(8)母の物語

 父と私を引き離してしまったのは母だった。  今にして思えば、両親は家庭内離婚をしていたようだ。  いったいどんな具体的事実のせいで母と父が離れてしまっのか。それを知ることは永久にないだろう。  思い出すのはあの光景。  薄日が差し込む夏でもひやりと冷たい部屋。そこで母は注射器を洗っている。私はそれを見ている。青緑色のガラス製の注射器と、先端に綿を薄く巻いた注射針をガーゼに包む。いくつものガーゼに巻かれた注射器。それを消毒器の中にすき間無く並べていく。  母のけだる

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楽園瞑想〜母なるものを求めて(7)父のこと

楽園瞑想〜母なるものを求めて(7)父のこと

 私は揺れる思いを胸に、故郷に向かわなくてはならない。          ✱   まず、父から思い出す。  父は早くに亡くなってしまった。それだけに、時間が経つほど懐かしさが増してくる。  父は、地方では名の知られた皮膚科医だった。晩年は自らが重い皮膚疾患を患っていた。医師は患者と同じコンプレックスを持っているという。それを悟られないように、医師は白衣の下に心を隠すのだろうか。  実家は、門から母屋の玄関まで飛び石が続き、飛び石の右側に蔵と納屋が二軒連なり、母屋の左

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すべてが不完全で未知であること(1)

すべてが不完全で未知であること(1)

白か黒ではなくて、全てが不完全であり未知であるということ。 危機の時代にあって、誰もが、不安・恐れ・怒りといったネガティブな感情に巻き込まれやすい。気にしないように気晴らしにふけっている人たちもいるけれど、同時代にここに生きている限り、不穏な空気から自由になるのは難しい。 こういう時に、極端な意見で白か黒かになりやすいことは歴史が物語っている。ウイルバーの統合理論的に言えば、白でも黒でもなく、白でもあり黒でもある。つまりすべての事柄は部分的正しくて部分的に間違っているのだ。

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