狂言のツボ

☆ 「狂言の演目」と「ちゃり頭」の説明を加筆しました。

こんにちは、皆さま。^^
いつも、記事をご覧いただき、スキを下さり、ありがとうございます! いつも嬉しく、励みにさせていただいています。^^
今日は、 #コンテンツ会議 の参加の記事です。^^


「狂言」を観に、京都へ参りました。
五人の若い狂言師さんが、日々汗を流して修行された発表の場として、四季ごとに京都の会館で開催されています。その彼らの中に、仲の良い知人がいて、応援に参りました。


私が最初に狂言を知ったのは、学校の学園祭で観た、名門茂山家の若手二人の狂言でした。

「狂言」は日本伝統芸能の一つで、能、歌舞伎、人形浄瑠璃、雅楽等に並びます。
狂言は、「喜劇・コメディ」なんです。
狂言には、 能とセットで組まれる狂言「別狂言、間狂言(あいきょうげん)」と、
狂言として独立している「本狂言」があります。

短い時間の演目で15分、長いのは50分くらいで、
「 一演目15分で、喜劇」
という事で、若い人達が伝統芸能の世界を初めてのぞき、馴染みやすい演劇なのです。学生時代の私にも大変入りやすかったです。

クリエイターになろうと志して、その後に改めて狂言を観たら、

共通して、勉強になる事が沢山ある!

という事に気付きました。

一演目の全体を通しての、わかりやすい起承転結のメリハリ。

室町時代に始まり、隆盛の江戸時代を経て、永年変わらない人々の共通の人情と心情、そして、人間の不変の心のツボを掴んだ喜劇。


主役の「シテ」と脇役の「アド」小物の準備をする人。
前者は喜怒哀楽の表情が大変豊かで、起承転結の場面、シーンやクライマックスに合わせて、声の強弱・高低、激しい動きと緩やかな動き、言葉の速さ、それらがメリハリをもって、生き生きと変わっていきます。
後者の小物を準備する人は、人形浄瑠璃の黒子と同じく、鍛練された無表情で、動きもさらりと静かに、かつ的確に動きます。物語の進行がスムーズに流れるよう、まるで空気という存在ですらないようにそこに座して、「シテ」と「アド」の信頼を受けて心強く支えます。


狂言は、能の面のようには被らない事が多いです。なので、目の前で拝観すると、
足をドンと踏み込んで、真剣に演技をされている狂言師の強く輝く眼光、流れ溢れいく汗、口と喉の鍛えられた動き等の、熱くたぎる彼らの意志を直接感じ受けて、凄まじい迫力に飲み込まれます。



私が観て、大変印象に残り、面白かった演目の題名を紹介します。面白い喜劇で、言動も分かりやすく、子どもから大人まで楽しめます。ぜひ、インターネットで、検索してみて下さい。^^


・ 「因幡堂 (いなばどう)」

大酒呑みの夫は、新しい妻がほしい!と、現在の妻の留守中に、なんと離縁状を送り付けてしまった。
そして、夫は、夜な夜な因幡堂の仏様に「新しい妻を、新しい妻を! 」と祈願に通っていた。
それを知った元妻は大激怒!!!
ある日、元妻は因幡堂の仏様の後ろに隠れて、夜な夜な通う夫に、「西門に立っている女性を妻にするように。」と仏様になりすまして、助言を授ける。
まんまと元妻に騙されて有頂天に浮かれる夫は、急いで西門に向かい、そして衣でお顔を隠す女性を見つけて、そのまま連れて帰ってしまった。
勿論、その女性の正体とは……。ああ、恐ろしや!

・ 「魚説法 (うおぜっぽう)」
お寺の住職の留守中に、壇家が堂供養をして欲しいと尋ねてきた。まだ、お経を習っていない修行中の僧は、お布施欲しさに欲が絡んで、なんと承諾してしまい、説法を壇家に始めてしまう。
たまたま、僧は浜辺の育ちで魚介類の名前に大変詳しかった。そこで、魚介類の名前を語呂合わせ、駄洒落などを交えて、いかにも堂々とお経を唱えるように始めてしまう。ところが、ふと壇家は、何かがおかしい???と、途中で僧のおかしいお経に気付いてしまい……!

・ 「蟹山伏 (かにやまぶし)」
修験道の奈良の葛城山から修行を終えて、故郷の山形出羽ノ国へ帰る山伏が、なんと「蟹の精」に遭遇してしまう!
暗雲立ち込め、雷雨は激しく、そんな中、
山伏は、耳をなんと、
蟹の精の大きな鋏で挟まれてしまった!!
さあ大変!!! 痛い!! いたたたたたたっ!!!
この、耳をちぎられそうな大ピンチに、山伏はどう乗り切るのか!?
いたたたたたたっ!!!!!!

・ 「薩摩守 (さつまのかみ)」
東国から大阪の天王寺へ舟で渡りたい若い修行僧。
だが、金がない! さあ、困った!
と、無銭飲食で茶屋を出ようとしたら、店主に止められて怒られてしまう。
若い僧が店主に、修行と参詣の為にどうしても天王寺に舟で渡りたいんだ! と相談すると、
「実は、あの舟頭、駄洒落が好きなんだよね! 」
という助言を受けた!
「『薩摩守(さつまのかみ)』で有名人と言ったら、『平家の公達(きんだち)、薩摩守忠度(さつまのかみ ただのり)。
ほら、『タダ乗り』だろ!?
それで乗り切れるんじゃないの?? 」
という、滑稽なアイデアだ。
しかし、それを真に受けた若い僧は、その助言を信じて、頑固な船頭へ交渉しに行くのだが……。


・ 「空腕 (そらうで)」
ある日、主人が太郎冠者(たろうかじゃ)に、明日の接待用に「淀の鯉」を買ってきてくれ、と頼んだ。
常日頃、自分の腕自慢を誇張して我が物顔でいる太郎冠者は、内心『ええ~っ!!?? 』と叫ぶ。
そう、実は、彼は大の臆病者だったのだ。
しかも、淀への道は物騒で危険一杯の道で超有名なところだったのだ。『まじですか(号汗)!!?? 』
主人は、陽も暮れているので、護身用の刀を彼に渡した。

何とか、旅に出た太郎冠者。強者が見えてきたと木の杭に恐れおののき、目で見えるから怖いのだと目をつぶって歩けば石に躓き、転ぶ始末。
太郎冠者の本質を知っていた主人は、近場のお使いからなかなか帰って来ない彼の後をついて、陰から『あ~あ。』と、わたわたする太郎冠者を見守っていた。
すると、今度は、太郎冠者はただの物陰をなんと、
『盗賊の軍団!!!』
と見間違えて、必死に地面に突っ伏して、命乞いを始めてしまう!
「こっ、この、か、刀を! さ、差し上げますからっ、い、命だけはっ!!!!! 」
大変驚いたのは、隠れて見ていた主人に方だ!!!
(何言ってんのーーーー!!?? )
なんてこったい! 見かねて、今度は主人が、普段口先だけの太郎冠者を、ひとつ、懲らしめるために、一計を講じ出す!!



これらの昔も今も変わらない、人間の本質を面白おかしく、愉快に伝え、観客を笑かす喜劇です。
何百年前の人と、同じ喜劇で、共感して同じように今の人も腹を抱えて笑う。観客のその感動も勿論、作家・狂言師としても、大変嬉しく、真の誇りですよね。^^




これら、狂言師達の鍛練されたメリハリの技術、永い歴史から受け継ぎ、今も尚、精進して未来の人々へ繋げる意志は、
違うコンテンツ、ジャンル、アート、作品作りにも多くの共通点と参考を伝えて共鳴し、影響を与え得ると思います。

地元の神社では、雅楽を毎年中秋の名月に照らされて、奉納します。
歌舞伎も二十歳前後の時に初めて観て、大変良い影響を受けて、糧になりました。
人形浄瑠璃は、十代に適役のお侍さんの人形の「ちゃり頭(面割り)」で思い切りトラウマがついてしまって、なかなか観に行く覚悟が、未だにできていません(汗)。
主役の侍が刀を振りかざして、適役の頭に当たります。
すると、適役の顔がパカッと真ん中から前後に分かれて、切断面が真っ紅(か)で、白い目玉二つがギョロギョロ!、黒い髪を振り回して、ガタガタ動くんです。子ども心に恐怖を身に付けられました。
また、心が落ち着いてから観に行きたいと思います(汗)。

「面割り(ちゃり頭)」はインターネットの画像検索でも出てくるので、興味のある方はご覧下さい。大人になって見ると、そんなに怖くないものかもしれませんが。^^;


狂言を含む日本の永い伝統芸能は、
現在は若いの師達が現在のアート感覚と流行りも取り入れて、子ども達、若い人達、外国人の人達にも観ていただけるよう、大変工夫されて発表・広報されています。広報も現在の流行らし方で工夫されています。


皆さまのアートとご経験の幅を広げられる一端
を担い得るのではないかと思います。ご興味をお持ちになりましたら、ぜひ、狂言などの日本の伝統芸能に足をお運び下さい。
心臓にドンドンと轟く和太鼓の鼓動のように、テレビだけでは満足に味わう事のできない、観察のやりがいが沢山ある、
皆さまの五感が全身で刺激される、

「狂言、伝統芸能」を、

ぜひ、ご体験下さい。^^

ご経験と人生の糧が舞い込んでこられる事を、心より願っております。^^



赤城 春輔





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