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介護と看取りと

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母が膵臓癌と分かったとき、その後の片付けにまつわるできごとなどの…日記の清書です。
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記事一覧

出産後の記憶、ときどき爆発

三人産んで一人前、早く子を産めってよく母親に言われて育った
今で言う呪いだ
結婚してからはその呪いが大いに発動した

生きている子供は一人しか産めなかったし
三途の川を渡りながら産まれたのは低出生体重の男児

即座に次は女の子ね!女の子の方がかわいいから!
お姉ちゃんちの子は親が二人とも色白だから白くて可愛いね!
真っ黒ね!あっちの家に憎らしい程そっくり!
と笑顔で畳み掛けられた傷が時々破裂する。

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夫の言葉

夫の言葉

今日夫に言われて嬉しかった言葉

あなたを必要とする人はいるよ
いるって言ったじゃん
必ずいるよ
あなたでなきゃできない事は沢山あるよ
あなたはできる人

「私、ニーズあるのかな?仕事できるかな?」

ニーズって(笑)
弱った人にあなたは必要なんだよ
あなたは今まで散々病気したから
他人の辛さが分かるんだ
俺は病気知らずだから
余命わずかな人への声かけはどうしたらいいか分からない
言ったら傷つけて

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ご祈祷

ご祈祷

子供のころから打ち続けられてきた
くさびのようなもの
心に刺して 大人は言ってしまって自分の気を晴らしてめでたしめでたしの受け皿にされていた

言ってはいけないこと
言うに憚られること
だからこそ言ってしまいたいこと
心のうちにしまっておけず重荷になること
大人たちは子供の私を勝手に受け皿やら井戸に仕立て
しまっておけないことを私に投げつけてきた

どうしろというの

どうにもしようがない

聞く

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オリックス・山本由伸投手のファンになったらテディベアができた話①

オリックス・山本由伸投手のファンになったらテディベアができた話①

突然、このテディベアを完成させたくなったのです
パーツを裁断したきり、バラバラのまま針を置いてしまったのでした。

どうしてもどうしても、ここから先に進めなくなってしまったのです。
記録を掘り起こしたら裁断したのは母を亡くして何年か経った2020年でした。
私のテディベア製作は心境と体調に大きく左右されてしまいます。
母を亡くした喪失感からずっと抜け出せず苦しみがつのっていた時期と重なります。

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確かに立っていた

確かに立っていた

昨日、親類のところにプチトリップして
生気をもらってきた。
もらってきたはずなのだけど、やはり疲れて今朝から起き上がれない。
食事も取れない。

何とか起き上がって、よしこの勢いで炊飯器までたどりつけば…と思うも
またドタリと倒れ込んでしまう。
仕事をしていた時の状態だな。

ウトウトしていたらインターホンが鳴る。
枕元にいる母に
「お願いー、出てくれる…?」と言いそうになった。
いるはずないんだ

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いつの事だっけなあ

いつの事だっけなあ

いつの事だっけなあ
暗くなると恐怖感が増すのか、
ベッドサイドの私を夜通し呼び続ける母。

トイレ(ほとんど出ない)、戻ってきてまたトイレ、痛い、今何時、目薬さしてちょうだい…今何時、トイレ、痛い痛い、目薬して……
それを数分おきに延々と繰り返す。病室の薄明かりの、長い夜。

書くと数項目だけれど「トイレ」それだけで母をそっと起き上がらせる、立ち上がりの介助、じわじわと歩を進める、もしくは車椅子へ

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自由律短歌

蛇になり

勝ち虫になり

この世に

しがみつく父と

来ない母さん

納棺の夜、蛇に姿を変え(亡父は巳年)
東京の夜道まで追いかけてきて私の前を這い、
秋にはトンボになって目の前でホバリングし
私に留まった父。

母は全く来ない。

初めて行った美容院で言葉で殴られた話

母を見送ってずっとずっと悲しくて、
でもほんの少し外の空気に触れられるようになって
髪、切ろうかな…この髪のこの長さのときお母さんは生きていた。
切りたくないな。でもモサモサだし少しずつでも外出しないと…と
ホットなんちゃらビューティーで予約。

※1
あなたが悲しんでいたらお母さんは成仏できないよ。
あなたが悲しんでいたらお母さんも悲しがるよ。
あなたが悲しむ姿は見たくないと思うよ。
あなたは笑

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2018.2.18

こんなこともあった。

ーーー

病む母の病院に泊まった。
「ぜいめい」「下顎呼吸」が始まっており主治医からはいつ呼吸が止まってもおかしくない状態だと。

私は床から15センチくらいの高さの簡易ベッドで
とろとろしていた。

母の寝息は、睡眠時無呼吸症候群のためと、
モルヒネによりあっちこっち緩くなっていて
自分の舌で気道を塞ぎがち。

息が止まるたび何秒止まったかハラハラしながらカウントして長い

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2018年3月30日 膵臓がんの終末

まずい傾向だな って感じている。
葬儀や、家の片付けのため体が疲れているせいで
ぐったり起きられないのか、
思考がマイナスに引っ張られているから
体が動かないのか。

自分自身の状況判断がつかないあたり、
やっぱり今の私は混乱している。

母の最期の2週間の病状の凄まじさが
寝ても覚めても頭から離れない。

「だんだん枯れて行くように弱っていきます」
と、介護者の心の準備のためのレクチャーがあった

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自由律短歌

冬のはなし。

ーーー

子供へ湯たんぽつくる

ああ母は生きてゐる

我の中に確かに

ーー

帰京した子供。湯たんぽに湯を注ぎながら気付いた、亡母と同じ事をしている私。

一周忌のとき

(過去に書いたものを拾い出してきました。)

今日は実母の一周忌法要だったらしいです

兄貴からLINE「今どこですか?」

私「自宅だよ!…何かあったの?」

兄「連絡(ライン)、したぞ?分かったー って返信も、来たぞ??」

記憶がないのです

LINEの履歴も消えてるの

時々 あるんです、母が亡くなってから

自分から発した言葉とか 片付けたものとか


…ええぇ…ど、ど、どうなっち

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自由律短歌

つぼみ向く

北を

知るは木蓮と

幾度聞けど

また聞きたし

もくれんのつぼみは北を指すんだよと
毎年毎年、母は言ってた。

8月13日

8月13日

 父が亡くなった年の夏、わたしは実家に数日泊まった。父がめちゃくちゃにした家の中の片付けに精を出しては「すっきりする」と言っていた母だったが、新盆の灯籠を一人でながめるのはちょっと寂しいかなと訪ねた。
 母はわたしに玄関の提灯を見せて
「今は電気で点くんだよ便利だね」
と言った。

 日が暮れてきたのでわたしは提灯の電源を入れた。

 翌年の春、母は亡くなった。置き床(おきどこ)の上に日記があった

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