小倉信夫

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小倉信夫

おぐらしのぶと読みます。 詩歌を詠んだり、文に関する文を書きます。 ブログも複数やってます。 「お問い合わせ・リンク集」のマガジンにブログのリンクがあります。 https://note.com/hapitum/m/m49373962baa4

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小倉信夫私家版詩集刊行のお知らせ(2024年4月10日更新)

長らくお待たせをいたしました。 申し訳ありません。 2021年3月1日より、個人刊行所さうらべ刊にて、小倉信夫私家版詩集『生きているから見つめる 附 瀬をさかのぼるまで』が刊行となりました。 フリマサイト利用の場合、メルカリShopsにて購入いただけます。詳細については以下のリンクよりご覧下さい。さうらべのブログ「工房さうらべ」に繋がります。 また、取扱い店の情報が加わりましたら、随時更新をして参ります。 よければどうぞご購入をご検討ください。 よろしくお願いいたします

    • こゑを手に拾ふ日より - 33

      こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年九月  わたくしのことを面白がつてか、嫌ふやうに思つてか、のどけくあつてか、日に代はり人のおとなひ人の語りおもんばかるやう聴こへる日々のあつて、欺くものも驚かすものもその人らにもわたくしにもあるのをうち騒ひでゐれば、この独り住まひの部屋は寂しく、明るく華やひでもゐて、雨の降り日の明るむ日はなほ秋も来たかと思へてきてそらぞらしひ日を過ごしてゐると思ふ。時によつては景色は色をなくしてしまひ、ある時はそれをむなしがるやう色合ひの移ろふので、風の向

      • こゑを手に拾ふ日より - 25~30

        こゑを手に拾ふ日より 二〇二四年一月~六月 二〇二四年一月  かうして先の見へなひと言はうか、物と物の境にある明るひ所や暗ひ所よりとほのくと言はうか、程近ひ宵闇の内へ深まると言はうか、凡そ心をさうおとなしくさせてゐた。慰めと思ふより、日のことにこだはり戸惑ふ思ひと考へる方が、華やかな気のする。静けさと言ふならさうであるのに、幽かとも思へる。 二〇二四年一月十六日  同じひやうに時の暮れかかり、ことごとにこだはる訳でもなひ時と近ひ思ひでもつて、今を身の表にあらはれるさ

        • こゑを手に拾ふ日より - 32

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年八月  けふも悩みに明け暮れてゐて、日のままにこゑをしはぶかせ、働くことも思ふ通りにならなひのを愉しみ、味合ひ、悶へてゐると、語らふこゑの乏しさの内に日に差され暑がれる身のやせ、定まつて行く思へのあり、日の涼む内にはかうして身の在る所をかへりみることこそ、働くといふことの折から折へのくりかへしのやうに思へて、身の程を今もなつかしんでしまつてゐる。若し喩へられるなら、草をまとへば草かたびらの、花をまとへば花かたびらの、涼しくあらば切なひのみの

        • 固定された記事

        小倉信夫私家版詩集刊行のお知らせ(2024年4月10日更新)

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        記事

          こゑを手に拾ふ日より - 31

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年七月  型に沿ふ。型にこだはる。かへりみて、あらばあるものの向かふに表立つものとして、偏つてゐるとも思はづ、あへて悟られづにゐることの喩へのまま、今も身のあり方を分からなひままにしつつ、型といふ程と程の重なり方より身を隔たらせ、その為に心の休める暇を失はうとしてゐる。さうあらばさも、花や葉や風のあるのを、そのままに書けると思へて、また幾ら書かうと書き得なひと思へる。おほむねそれは、読むことを嫌ふことらしひ。 二〇二四年七月十八日  かう

          こゑを手に拾ふ日より - 31

          こゑを手に拾ふ日より - 30

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年六月  見やうことを見るままに、聞かれることを聞くままに、年に連なる日の折ふしを今ほどにさうあらうと言はば言へ、果たしてその考へ方もむしろ判らづにゐて、居たたまれなく物の見へなひことに口惜しがり、またそれを認めがたく、さういつた日と日の重なり方のやる瀬なさこそ詩を書き、読むことに似てゐると思ふ。喩へるなら、やうやくけふも景色の明るみ、雨脚のしどけなく寄せ去つたかと言ふと、まう道の葉の色までさはやかでゐるのを、歩き過ぎるほどの心と言はうか。こ

          こゑを手に拾ふ日より - 30

          こゑを手に拾ふ日より - 29

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年五月  這ふやうとも伝ふやうとも見へさうな音のほどき方で、雨の怖ろしく窓を湿らし静かに過ぎる日をなつかしみつつ、朝よりの日の大人しくまだ時の新しひ騒がしさを沈めるやうに、けふのことをまう日の暮れ方の手前と考へ、それを面白がり日の暮らし方を朝に計らひ、朝にはしまひ、さう思はれることとしてくだらなくまだ幾らとも経ずに家の内にゐる。暫くして、この時の重ね方や隔て方をだう現すか悩み、あはせて身の横たはり座るこころをさも深めつつ、たしかに日のしまはれ

          こゑを手に拾ふ日より - 29

          こゑを手に拾ふ日より - 28

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年四月  さにあらば草の笑ひ花の咲かうとするものをたださう留め置き、添はすやう自づから目に失せるやう気に留めず、またその形よりととのひ方までとほのひて行くのを、いづれかの朝のつどの気の置き様として、かう綴つてゐたく思ふ。さてその草花のある叢や野や路の脇の身の周りに在るかと言ふとさうに限らず、行くすゑの失はれ、現れるものの前にかたどられる時と言はうか、粧ひとしか言ひ得なひものの形にて、問はれ得ず、問ふことや問はれることを待ち続けるのを、詩のくだ

          こゑを手に拾ふ日より - 28

          詩96 憂さ

          憂さ 風と風の定まらづにゐて 木を数へさせ 空の色を落ち着かせうるさがらせる 風とばかり ただ風にこたへてあるのを さも年の暮れ方に似て さう愁ふとしか言へ得ずにあり かへつてその時の傾く所を ひとにだらしなく 言葉のとほる恋ほしさに酔ひ 風に手を合はせ損ねてしまふ日を さうあるとしか思ほへず こだはり叱りかなしむ今は春に似てゐる 願ふところや 嫌ふところを漂はせ 沸ひてくる目の前の水を見るやうに たはやかでありのどかでありこはくあり 凪ぐ風をさう呼び得なひことを春とさう書

          こゑを手に拾ふ日より - 27

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年三月  なほ暖かく湿りつつなべて日の底より手のもとへ程々にある日のふところにゐて、息づくこととまた息づくことの交はるあたりに、かういつたひとを激しく問ふやうな身の周りへのこゑの配りの彩りのおほきくなつてきて、いましがた暮れてよりの明けるまで、若しくは明け方に程遠く暮れ馴染むまで、此の身へとおさまれる静かさとうるささとを、てもちぶさたにしてまうけふをゐねやうとしてゐる。詩をあたかも手紙するといふ所を、誰かとも考へず身さへ飽きゆくこゑのなかほど

          こゑを手に拾ふ日より - 27

          詩95 昼

          昼 ゆゑといふさうも紐らしひ 紐と紐のたたまれとほり交はされてゐる所や その波を立ててゐるものの 音のとほくまでとほり かへつて色といふ色をきれひに失ひ まなざす所と聴ひてはかへす耳の辺と ただそのやうにあつて あたかもそれを布そのものとして思ふなら ゆゑを失ふといふ表し様の ただかなふと言へるものとして 詩ではなく詩に近ひ詩の謂を さう考へてゐたひ気のする 草の足もとへやはらひできて 風のひとときごとにたはむのを 昼くらひのこゑの感じ入られ方と思へて やがて陰まで明るくさ

          詩94 日暮れ

          日暮れ ひとより此のひとの言ふことを考へて かなしひと思へる心を発たせられたり ゆゑよりまたわざまでなく 川のやうとも淵のやうとも 戸やまな板の片はらの底ひのやうとも知れず 激しひと思ひ深ひと思ふ心を発たせられ さう思ふひとも考へてゐるひとも 同じくひと朝の霞に似た同じひとでゐて あたかも詩を紙のうへにしたため 本と言ふ形をとつて 姿までくぐもらせてしまふ 言葉のもとへ言葉の重なつて綴られてある 思ひ出すことと覚へのなさに似た心の こゑそのもののやはらかさとして聴こへる 日

          詩94 日暮れ

          こゑを手に拾ふ日より - 26

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年二月  つらまへるわざをただ其の時のままに、手に取られやうなひ目の前とまなざしの行かれ果てなひ所へ向けて、此の心の仕方なひことごとの愁さもまた、来たり得なひ日かと思ふ。 二〇二四年二月八日  日をたなにかう朧気に輝ひたり陰つたりを幾つも経て、恰もけふまで時も同じく、日かとも思ひ月かと思ひ、さもなくば雲かとも雨のしたたる日の明けてより暮れかとも思ふ、さういつた見へてゐるまでの彩りのさはやかさと言つた、この日と日の後を追ふ翌る時の日差しの色

          こゑを手に拾ふ日より - 26

          詩93 射る

          射る わたくしはそれに心を添へ うべなはず失はず 忘れるといふことよりは遠くへ設へ 身のまはりにはひとつまで砕けてあり さう思はれるより移ろふやうな ただこころ訪はれてゐる程であるやうな それを手にて触れ得る正しさをおさめ かりそめに 詩のことと言へるまま ここへかう記すのを目のあたりのこととして 綴るとか書くとかしたためるとか言ひ またはさう遠ざかるといふことらしひと思ふ あり得なひ心を添へ 何程か象らうとしくりかへし肯はずゐるのを 時くらひなく記したくなり かういふ身の

          詩92 明るさ

          明るさ 昼もよひしやう朝の暮れに わたくしに於ひて 此れを時の程とするまま 身にさざなませおののかせるのを 冴へつつ飽きる姿でゐる 草や叢の寂しさとして 今とも知れず 今より果ててどことも分からず ひとに伝へられたらと考へてゐる 言葉をかういふ 道から道へ渉る中までの 名といふものの無さと考へ またその張りつめる さうしてたをやかでばかりゐる 言葉さへ未だくだらなく風に揺れたり 日の光に乾ひたりするのを 詩として伝へ書ひてみたくなり さうあらばまたわたくしは夜に昼もよひする

          詩92 明るさ

          こゑを手に拾ふ日より - 25

          こゑを手に拾ふ日より  二〇二四年一月  かうして先の見へなひと言はうか、物と物の境にある明るひ所や暗ひ所よりとほのくと言はうか、程近ひ宵闇の内へ深まると言はうか、凡そ心をさうおとなしくさせてゐた。慰めと思ふより、日のことにこだはり戸惑ふ思ひと考へる方が、華やかな気のする。静けさと言ふならさうであるのに、幽かとも思へる。 二〇二四年一月十六日  同じひやうに時の暮れかかり、ことごとにこだはる訳でもなひ時と近ひ思ひでもつて、今を身の表にあらはれるささやかさより味あふのを、

          こゑを手に拾ふ日より - 25