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#13 ネオ・ネイティブ・ジャパニーズのすすめ(後編)

 前回につづき、今回も浜の暮らしや地域に人々の生きる力に魅せられた1人の"ネオ・ネイティブ・ジャパニーズ"をご紹介したいと思います。
 東京からクリエイター向けコワーキングスペースを設計するプロジェクトのため石巻を訪れ、期せずして蛤浜に立ち寄ったことで、経済指標では測ることのできない浜の豊さに魅了された建築デザイナーの野村大輔さん(dada株式会社 代表) 。
 都市部だからできること、地方だからできることを丁寧に結びつけながら、みんながより豊かになる生き方・つながり方を創造していくことはできないか、共に模索しています。

 野村さんが蛤浜を初めて訪れたのは2020年の秋。コロナ禍の最初の年で、石巻の街なかにコワーキングスペースを創るプロジェクトが立ち上がったことがきっかけでした。それから石巻・牡鹿半島の自然と、そこに流れる時間、食、人に魅了されて、何度も足を運ぶようになった野村さん。
 「石巻の人たちが会う人みんな元気で(笑)、これまで健康に対して興味がなかったけれど、自分も健康になりたいと思って運動したり、食事も気をつけたりするようになった」という嬉しい変化もあったそうです。
 石巻を訪れる時にはその都度クリエイター仲間の皆さんやご家族も連れてきてくださり、一緒に漁をしたり、森で林業体験をしたり、皆で食卓を囲んだりと時間を共有する中で、「この豊かさをただ体験するだけではなく、いつか自分たちの仕事に結びつけて、一緒に何か作り出せたらいいね」と話してくださっていました。

みんなで海へ。自然と触れ合う豊なひととき。(一番左が野村大輔さん)
息子さんと一緒に、新居に使う杉を切り出す作業も体験。

 野村さんとともに温め続けてきた思いが結実したのが、今年2023年。蛤浜の杉の間伐材が、野村さんが手がける六本木の株式会社XCICA(https://xica.net)さんの最先端のオフィスの一部に活用されることになりました。
 野村さんはこのプロジェクトにおいて、単に現地調達した材木を都市部で使用するという一方通行の消費ではなく、石巻で森づくりに取り組む仲間たちと一緒に試行錯誤しながら材木を加工、輸送、設置するという過程を大切にしてくださいました。
 都市のクリエイターと地域の生産現場の人たちが共創することに重きを置いた試みは、双方にとって新しいチャレンジでもあり、仲間たちも試行錯誤を重ねながら情熱を持って挑みました。

浜の間伐材を、六本木のオフィスへ。

 オフィスが完成した5月には、なんとオフィスのオープニングイベントにご招待いただき、石巻の仲間たちとともに、自分たちの取り組みと森の現状、都市と地方が共創する意義についてお話しする機会をいただきました。

 林業が盛んだった昭和の中頃、先々の子孫のためにと植林された牡鹿半島の杉。より安価な外国の木材が流通するようになると国産材の需要はどんどん落ち込み、半島には使われないまま伸び放題になった杉林がいたるところにあります。
 過疎化で山の管理も行き届かなくなる中、猟師の減少で鹿も増え続けており、手入れのされない杉林と獣害とで他の植物が育たない森は、年々荒れていく一方となって、土砂災害の危険性も増しています。
 山が荒れて沢が枯れたり土が痩せていくと、山から海へと流れ出る養分も減るため、海の生態系にも影響を及ぼしてしまいます。
 石巻に限らず全国各地でも山の問題が深刻化してきている中、少しずつでも地域と都市の作り手が連携しながら杉の間伐材に価値を付けて流通させてゆくことは、山や海の環境と山間地域の暮らしを守るためにも大きな意味を持っていると言えます。

 はまのね代表・亀山はオープニングイベントでのプレゼンテーションの最後をこう締めくくりました。
 「先人の方々が想いを持って植林した浜の杉が、いまでは価値のないものとして厄介者扱いされている現状の中、こうして素晴らしいオフィスの一部として生かされて喜んでいただけると、杉を植えた私(代表・亀山)の曽祖父も、まさか六本木に自分の杉が行くとは思っていなかったと思いますが(笑)、あの世でとても喜んでいることでしょう」

都市と地域の共創についてお話させていただきました(登壇者:亀山貴一)

 私たちにとって、経済・効率重視のものさしによって価値がないと判断され、地域で見向きもされなくなった豊かさ(この場合は半島の間伐材)が、その土地に生きる人の思いやストーリーとともに都市部の最先端の現場へと届けられたことは、大変大きな喜びでした。
 そしてそれは同時に、都市が地域から資源を吸い上げるようなこれまでの流通のあり方を一変させ、お互いが顔を合わせ、持っているものを与え合いながら豊かな関係をつくってゆく、これからのものづくりの可能性を示すものでもありました。

 今回野村さんからお招きいただいたオープニングイベントの場は、都市の企業の方々やオフィス業界の方々に地域の現状を知ってもらう良いきっかけとなり、また私たちにとっては地域資源がどんな風に現場で使っていただけたのかを実際に見ることのできる、大変ありがたい機会となりました。

 野村さんとともに思い描く「みんなが豊かになるものづくり」への挑戦は今も続いています。
 先日は、野村さんが新たにオフィスをつくる企業の皆さんを連れて浜を訪れ、構想中の新しいオフィスに使われる木材の生産の現場を体感するツアーが実現しました。
 コロナ禍を経て、リモートワークなど働き方も多様化している時代、オフィスの存在意義も大きく変わってきており、これからは「やはり人が豊かに生きていくという部分に対しての働きかけが重要になると思う」(Drive インタビュー記事より)と感じている野村さん。
 ツアーでは実際にクライアントさんとともに半島の森や製材所に足を運び、浜で漁を体験して、森と海の現状を知ってもらった上で、半島で活動する私たちも一緒に食卓を囲みながら皆でじっくり対話する時間を持つことができました。
 この過程こそが、働く人たちが幸せになるオフィスを作るためのヒントとなるはず…。野村さんはそんな思いを持って、あえてこの非効率で手間のかかるツアーを、オフィスづくりの一環として組み込んでくださっています。

半島の森に入り、現状を学びながらオフィスづくりへつなげていく作業


 効率化や工業化の過程で価値がないと放棄され、環境が荒れてゆく地域と、効率化・工業化一辺倒となってお金では測れない豊かさを失った都市部。現代社会において双方が抱える課題を理解し合い、それぞれの持つ知恵を出し合い共創してゆくことで、新しい流通のかたち・ものづくりの未来が生まれようとしています。
 これからも、野村さん、石巻の仲間たちとともに、都市と地方が同じ立ち位置に立って協力し合いながら創り出す豊かな未来を目指して、私たちもチャレンジしつづけていきたいと思います。




はまぐり堂 LIFEマガジン【ネイティブ・ジャパニーズからの贈り物】 執筆担当:亀山理子(はまぐり堂スタッフ)早稲田大学教育学部学際コース、エコール辻東京フランス・イタリア料理マスターカレッジ卒。宮城県牡鹿半島に位置する4世帯人口8人の集落「蛤浜」に暮らしながら、はまぐり堂スタッフとして料理・広報を担当。noteでは浜の暮らしの中で学んだこと・その魅力を”ネイティブ・ジャパニーズ”という切り口から発信中。
掲載中の記事:
はじめに
#1 食べることは生きること(前編)
#2 食べることは生きること(後編)
#3 足元の宝ものを見つける(前編)
#4 足元の宝ものを見つける(後編)
#5 希望をつなぐ (前編)
#6 希望をつなぐ (中編)
#7 希望をつなぐ (後編)
#8 浜のネイティブ・ジャパニーズ(前編)
#9 浜のネイティブ・ジャパニーズ(中編)
#10 浜のネイティブ・ジャパニーズ(後編)
#11 ネオ・ネイティブ・ジャパニーズのすすめ(前編)
#12 ネオ・ネイティブ・ジャパニーズのすすめ(中編)
#13 ネオ・ネイティブ・ジャパニーズのすすめ(後編)

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