華やかな城の淡い弾痕/連載エッセイ vol.113
※初出:知事認可・岩手県カイロプラクティック協同組合発行、「姿勢ッコくらぶ通信 vol.115(2019年・第6号)」掲載(原文ママ)。
先日、2年振りに韓国を訪れた。
彼の地で開催される「第9回世界手技療法会議」に参加する為だ。
2010年から始まった、比較的歴史の若いこの国際会議に、私は初回から継続参加しており、昨年の日本初開催となった「第8回会議」では、2件の研究発表とパネルディスカッションの座長も担当させて頂いた。
そして今回、会場が再びソウル市となったのが渡航の理由であるが、韓国ハンソ大学の博士課程在籍時には、多い時で毎月お邪魔していた事を考えると、自分としてはやはり、「久方振りの訪韓」という印象がシックリくるのである。
出発前には、昨今の日韓関係を鑑みて、お客様から心配の声を多数頂戴したが、私は長年の経験から、それが「杞憂」である事を理解していた。
ニュース映像は、いつだって「映える」場面を切り取りたがるものだからだ。
そして予想の通り、彼の地は至って平穏であった。
みちのく界隈から遥々出掛ける為、私は彼の地へ毎度前日入りせざるを得ない。
当日移動では、現地集合時間へ間に合わない可能性もあり、そもそも関東の国際空港までの国内移動で何かあったら、それこそ洒落にならないからだ。
そして、その「逆境」を「逆手」にとって、私は毎度、期せずして生まれる「自由時間」を謳歌する。
陽が落ちる頃にホテルへチェックインし、まずは小腹を満たす為に、地元民で賑わう春川地方の冷麺(チュンチョン・マッククス)が看板メニューの食堂へ向かう。
決して小綺麗ではないが、地元のおじさんおばさんで賑わう、財布に優しい家庭的なお店だ。
ただ、なにせ2年ぶりの街歩きである。
少しぼやけ掛けた記憶を頼りに、車の渋滞する大通りを進み、地下鉄の駅も兼ねた地下道を抜け、薄暗い路地を入るとそこには見覚えのある、店先に大量の唐辛子が積まれた風景が……見事になかった!!
そこだけポッカリ、瓦礫の山だった!!
OH……まさに大都市再開発!!
私は「2年間のブランク」という思わぬ現実的なカウンターパンチを受け、苦笑いを浮かべるしかなかった。
その後、気を取り直して、冷麺モードになっていた私は、ホテル近くの某有名店へなだれ込み、旨激辛な混ぜ冷麺(ピビンネンミョン)を一気に胃へと流し込み、馴染みの靴屋で革靴を2足オーダーし(黒ラムスエードのストレートチップと紺シャークスキンのホールカット!!)、これまた馴染みの皮革店でレザージャケットをオーダーし(ライトイエローなラムスキンのダブルライダースジャケット!!)、これこれまたまた馴染みの豚ホルモン店で、深夜独りでコプチャン(小腸)を肴に少しだけ嗜んで、この日は終了。
僅か数時間のまさに「勝手知ったる弾丸ツアー」であったが、どのお店の皆さんも(注文は多いけど金払いは良い客である)私との再会を心から喜んでくれた(ように思えた…!?)。
翌日。
夕刻近くの仲間との合流時間まで、まだ時間があった。
そこで私は、昼までには戻ってこられる「現地ツアー」を申し込む。
行き先は、ソウル市から車で1時間弱の場所にある「世界遺産」の「水原華城(スウォンファソン)」。
朝鮮王朝第22代の王(韓国ドラマ「イ・サン」の主人公)が遷都を前提に整備した場所で、朝鮮古来の築城法と西洋の近代的な建築技法からなる城壁や城門が高く評価されている、人気の観光地との事。
思い起こせば私は、彼の地ではいつもソウル市内の街歩きばかりで、所謂「観光ツアー」というものに参加したことがない。
ただ、出掛けたからには、必ず「未経験な事」を体験しようというのがモットーの貧乏性なワタクシ、意を決して、他の団体ツアー客がひしめく小型バスへと単身乗り込んだ。
元来の人見知り故、車内で極力気配を消す事、数十分。
バスは水原の街に入り、そして城壁を潜って、城内の駐車場に無事到着。
彼の地のお城は、日本の天守閣のあるそれとは異なって、「城塞都市」のようになっているとの事。
だからこの水原華城も、強固な城壁と東西南北の4大門が見所となっているらしい。
(ちなみに日本人にも有名な、ソウル市の「南大門」や「東大門」も、その名残り。)
バスから降りて、まずは「蒼龍門(東の方角を守る霊獣・「青龍」に由来)」を仰ぎ見る。
その第一印象は……「なんか……映画のセットみたいだなぁ…」。
確かに規模は盛大である。
しかし、なんというか……小綺麗過ぎるのである、全体的に。
整備され過ぎというか……作られた感満載というか……。
正直、「これが世界遺産!?」と思ってしまうような佇まいなのである。
すると、他の団体客に説明し終わったガイドさんが、怪訝な表情で周りを見渡す私の傍へ来て、静かに語りだした。
「お客サンは韓国に慣れてる様だから、少し詳しく説明しますネ。
城壁の石、よく見てくだサイ。
チョットだけ、色の黒いトコロあるでショ。アソコだけがホンモノ。
アトは復元……。」
戸惑う私に手招きしながら、城壁の間際で再び口を開く。
「黒いトコロ、ヨク見て。
傷イッパイあるでショ。全部「銃痕」。
韓国戦争(彼の地での「朝鮮戦争」の呼称)で、この城もタクサン傷ついた。
これがワタシの国の歴史。
よかったら知っていて欲しいデス……。」
その後、城壁に上り、北の門まで歩いた。
自然に視線は、諸所の僅かに残る「黒いトコロ」を追いかけた。
そして「1日ツアー」な他の団体客と別れ、私は帰路に就いた……。
彼の地の人々の心情を表す言葉として、「恨(ハン)」というものがある。
昨今の日韓関係を説明する際にも、よく用いられる。
しかし我々には判別しにくいその感情は、半島という地政学上、大陸側からの「ランドパワー」と海洋側からの「シーパワー」に常時翻弄される宿命を背負った人々の、単なる「恨み・辛み」ではない、「嘆き・遣る瀬なさ」からくるものなのであろうと、今回の「黒いトコロ」を見て実感できたように思う。
「恐れ」とはまず「無知」から始まる。
だから私はまず、自分の五感で直接知るところから始めたい。
知ったかぶりして、「映える」映像や刺激の強いエピソードを羅列する輩に、自分の思考の舵を任せたくはない。
そんな高尚な想いを胸に……ワタクシ今日も「個性的」な革ジャケットと革シューズを纏って、街を闊歩していますが……ナニか!?
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