「がんになる前と同じ生活ができる世界」を目指して。京大「がんヘルスケア」研究 東山希実先生インタビュー 後編
DUMSCOが開発している、がん患者向けの治療生活サポートアプリ 「ハカルテ」。
京都大学大学院医学研究科と医学研究用アプリ「ハカルテリサーチ」を共同開発し、2024年には一般向け「ハカルテ」アプリのリリースを予定しています。
「ハカルテ」サービス概要はこちら
近年の婦人科のがん治療は、長期の入院はせずに定期的(3週間に一度ほど)に通院し、外来で治療を行う形式が一般的。
しかし、治療期間のほとんどを自宅で生活しながら過ごす患者さんにとっては、体調の変化や治療の副作用について、すぐに医療者に相談できないという不安と隣り合わせでもあります。
現在開発中の一般向け「ハカルテ」は、患者さんが自分のスマホで日々の体調やライフログ*を記録するアプリです。
診察前に体調記録やメモを確認することで、前回の治療以降の体調変化や質問事項を伝えやすくし、主体的な治療をサポートします。
今回は前編に引き続き、「ハカルテリサーチ」の共同開発に携わっていただいている、京都大学大学院医学研究科婦人科学産科学の東山希実先生にインタビューし、現在のがん治療の現状や「がんヘルスケア」の重要性、「ハカルテ」によって実現できそうながん治療の未来についてお話を伺いました。
プロフィール
QOLの向上が治療成績につながる
ーー治療中のQOL(クオリティ・オブ・ライフ:生活の質)管理や患者さんが自分の体調を記録・把握することは、治療成績の向上にも繋がるというエビデンスはすでにあるのでしょうか?
東山:QOLが高い状態で治療を続けることができたら、それだけで生存期間を延長できる可能性が高まります。
抗がん剤治療が辛くて、患者さんの希望で「しんどいから治療をやめたいです」と言われてしまうこともあるのですが、標準治療を行わないと、標準治療を完遂するよりもやはり生存期間は下がってしまうんです。
なので、決められた量の抗がん剤治療を最後までやりきってもらうためにもQOLの維持・向上はとても大切です。
患者さんの体調管理に関しても、自分でしっかりできている人のほうが早く不調に対処できるので、がん治療中に体調がすごく悪くなったり、時間外の救急外来を受診したりする数が少なくなるという海外の報告例があります。
さらに、きちんと自分の症状を記録しておくことで、医師に自分の体調の説明がしやすくなり、患者さんと医療者とのコミュニケーションが向上する、という報告もあります。
ーー体調記録をして自分の心身の状態を把握することと、それを医療者に共有しやすくするという点でハカルテは役に立てそうですね。
東山:はい。今までのがん診療は、検査や画像診断の結果を見て治療方針を立てていくというのが主で、QOLに関わるケアにまで手が回っていなかった現状がありました。
治療を行いながら、患者さんが困っていること一つひとつに対してケアをして、治療を完遂できるように伴走していく役割が必要です。ハカルテはその助けになってくれると思っています。
東山:これから京大病院に開設される「がんヘルスケア外来」もそういった目的を持っていて、治療中や経過観察中のがん患者さんに対して、薬での治療だけではなく、ゆっくり話を聞いて寄り添うケアをするための外来です。
例えばがん治療中の副作用に多い不眠の症状は、悩んでいる方がたくさんいるのにあまり対処がなされていません。
また治療のために卵巣を摘出した方は、ホルモンバランスが乱れて通常の更年期よりさらにひどい症状に悩まされることもあるのに、ホルモン補充などの治療はあまり行われていないんです。
そういった、がんヘルスケアにおける問題点を一つひとつ解決していかなくてはならないと思っています。
人手不足の現場で「がんヘルスケア」を拡充させるために「ハカルテ」が必要
ーーなるほど。しかし、医療現場は慢性的な人手不足が続いています。患者さんのQOLを向上させるためには、一人ひとりに対するきめ細かいケアが必要かと思いますが、なかなかそこに人員を割けない現状があるのではないでしょうか?
東山:その通りです。がん治療中の患者さんの外来診察は、1人につき10分程度しか時間を割けません。
そこで検査の結果を説明して、次の治療方針を説明したらもう残り時間は少なく、「前回の抗がん剤治療から今日までの生活はどうでしたか」とじっくり話を聴くことはなかなかできません。
患者さんも、前回から今回までの3週間くらいのことをすぐに思い出すのはなかなか難しいですし、診察が終わった後に「あれについて聞けばよかった」「あのことを聞き忘れた」となってしまうのがほとんど。
限られた時間の中で、いつ頃どういう症状が出て何に困っていたのか、前回処方した薬が効いているのかどうかについて、効率よく共有できるハカルテのようなツールが、がんヘルスケアには必要なんです。
ーー患者さんからは、がん治療における困りごととして実際にどのような声が上がっているのでしょうか?
東山:やはり「とにかくいつも不安だ」という声は多くあります。
また、副作用などの症状が出たときにどうしたらいいのか分からないという患者さんも多いです。
ネットで調べてもその情報が正しいのかどうかわからないものですし、医師に聞こうにも、先ほど述べたように外来では聞く時間がなかったり、「忙しい先生の手を煩わせてしまうんじゃないか」と心配して電話で聞くことも遠慮してしまったりするそうです。
なかにはすぐに病院へ行って処置してもらった方が良いような急を要するケースもあるので、気になったことはすぐに伝えて欲しいです。
医師と普段からコミュニケーションが取れていて、聞きたいことが聞ける人は、薬を飲み忘れなかったり診察日にきちんと来てくれたりする割合が高いというデータもあります。
医療者と信頼関係をちゃんと築けていることが、治療が上手くいくためにとても必要なんです。私もどんな患者さんとも信頼関係を築きたいと努力しています。なかなか難しいですけどね。
東山:患者さんが医療者を信頼するためには、「自分のことを理解してくれた」「自分の訴えに対して、この人は何かをしてくれた」「一緒に考えてくれた」といった小さいことの積み重ねが必要だと思います。
逆に、不安が強いと医療者との信頼関係が築きにくいという報告もあります。
なので、患者さんと信頼関係を築くには、まずその人の状態を深く理解することが一番の基本です。そのうえで、その方の困っている症状に一つひとつ対処していくことが大切なんです。
そういう部分でハカルテが役立ってくれるんじゃないかと期待しています。
「がんになる前と同じ生活ができる世界」を目指して
ーー今後、東山先生が目指していきたい、婦人科がん治療のあり方についてお聞かせください。
東山:私がずっと掲げているモットーは、「がんの治療中も、がんになる前と同じような生活ができる世界」の実現です。
がんのせいで患者さんの暮らしが変わってしまって、例えば楽しみにしていた旅行を諦めなければならなくなってしまったり、お子さんの運動会に行けなくなってしまったりしているのを見ると、「なんでこの人は病気のせいでこんなに苦しめられなければならないんだろう」と憤りを感じるんです。
患者さんが生活でいろんなことを諦めなくて済むようにするためには、やはり心も体も元気でいてもらうこと、QOLの向上がすごく大切。
なのでまずは、「がん患者さんが自分の体調を記録することが、日本で当たり前になるようにすること」、そして「がん治療中の疲労やストレスなどの、説明も共有もし難い症状について、患者と医師で共通認識を持つための指標を作る」ことが、今の具体的な目標です。
ーー東山先生、ありがとうございました!
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