月危衣

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月危衣

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最近の記事

わたしの世界

 有紗にとっては小説が一番大事だもんね。私よりも、ずっとさ。  それは、瑞希の家で二周年のお祝いをした日の翌朝。朝日に照らされて普段より白く見える駅までの道を、重いたい身体を引きずりながら並んで歩いている時のことだった。  咄嗟にでた「え?」という乾いた声はうまく喉を通らず、ただの吐息になる。瑞希は遠くの空を飛んでいる鳥を見ていた。 「どっちも大事だよ。瑞希のことも、小説も。比べられない」 「うん、わかってるよ。ありがとう。言ってみたかっただけなんだ、こういう面倒くさい

    • 永遠を信じたい夜

      これまでの人生で生じた「人との繋がり」は、全て「私が相手を好きになったこと」に起因する。 それを継続するには「私が相手を好きでい続けること」が絶対条件で、そうでなくなった時、簡単に繋がりは切れてしまう。一度切れてしまったら、もうどうやったって復活することはない。矢印がどちらからも向いていないから。 人のことを好きになるのが得意だと思う。 一人の時間は大好きだし大切。 でも同時に、呼吸をするくらい自然に「あの人に会いたいな」とか「今度ここにあの子と一緒に行きたいな」とか、

      • 小説を書く人が答える小説に関係なさそうでありそうな50の質問

        皆さんがやっているのを見て、とても楽しそうだったので私もやってみます。 最近、なんだか楽しくなってしまって自己開示が止まりません。精神が露出狂なのかも。 質問データは以下より拝借しました。 Q.1 一番好きな飲み物を教えてください。 お茶とか紅茶とか。お水も飲みます! Q.2 一番好きな食べ物を教えてください。 いろいろあります! Q.3 苦手な食べ物を教えてください。 磯っぽいものが苦手です、、! ウニとか生の貝とか! Q.4 なにか集めているものはありますか?

        • あなたの名前を書けない

          鬱、という字が書けます。 日頃SNSでたくさん流れてくるから、とかしょっちゅう気持ちが沈んでその字を書いているから、とかではなくて、中学1年生の時の漢字ドリルに載っていたから覚えています。 中学1年生の時の国語の先生のことは好きでした。私の文章をたくさん褒めてくれた人だから。 女子生徒にだけ甘いやら、話している時に身体を触ってくるやら良くない噂も少なからずあって(後者に関しては実体験をもって事実だと言える)尊敬とまでは言えないけれど、普通に好きな先生の1人でした。 「

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        マガジン

        • 短編小説
          4本
        • 頭の中
          2本

        記事

          この世界の泳ぎ方

          何のために生きているんだろう。 仕事、食事、お風呂、睡眠。折り重なった日常の隙間から、ふとそんな疑問が顔を出しては、キーボードを叩く指先を停止させてくる。 上の3つは、私が学生時代の友人数人だけと繋がっているSNSで独り言感覚で呟いたもの。 最近、こんなことばかり考えている。 結婚、出産、昇進。そのどれもに興味がない。前の2つは一旦置いておいて、もちろんお金をもらっている以上はちゃんと仕事をこなしたい。まわりから仕事ができると思われたいし、いろんな人から信頼を寄せられた

          この世界の泳ぎ方

          しゃぼん玉に帰した恋

          すごくすごく好きな人がいたことを最近思い出しました。 もう9年くらい前のお話。思い出したのも突然だったけれど、そもそもなんで忘れていたんだろう。そんな大切な記憶を。 アロマンティックを自認しています。20数年生きていて、恋をしたことがありません。これからしそうな兆しもありません。 きっと一生私は恋のときめきを知らないで死んでいくんだろうなと気がついたのは、高校1年生の秋のことでした。 それからいろいろなことがあって、今は付き合っている人がいます。私が好きになりました。

          しゃぼん玉に帰した恋

          嫌い

           愛は矛盾を生み出す。チョコレートが大好きで自分一人で全部食べてしまいたいけれど、妹が食べたいと言うから半分譲ってあげるとか。LINEで業務連絡以外の他愛もない会話をするなんて馬鹿みたいだと思っていたのに、恋人相手だったら毎日欠かさずに「おはよう」と送ってしまうとか。読書に微塵も興味がない私が、それでも紙の上に並んだ文字を目で追っていることだって、全部ぜんぶ愛ゆえだ。  視界の端で、ぐわんと大きく何かが揺れた。カツンッと硬い音を立て、有紗の指先からシャーペンが落ちる。折れた

          プランクトン

           わたしが好きなのは他の何ものでもないあなただよ。  その言葉が言えそうで、言いかけて、やっぱり言えない。それを口にしてしまったら、わたしたちを繋いでいるか細い糸はいとも簡単に切れてしまうことを、わたしは知っている。 「じゃあ土曜の十三時に水族館の入口のところで」  要点だけを簡潔にまとめると、成瀬くんは手元の教材を片付けはじめた。ノートの表紙に書かれた、少し右上がりの「経済学入門」の文字。お世辞にも綺麗とは言えないけれど、この独特な筆跡をわたしは忘れないだろうなと思った。

          プランクトン

          恋と愛の違い

          「恋と愛の違いは何だと思いますか?」 これを当時13歳だった私たちに問うてきたのは、中学の国語の先生だった。背が高く基本的には穏やかで、国語の先生なのに毛筆がすこぶる苦手だった。 「恋と愛の違いについて班で話し合ってみましょう」 教科書の後ろの方に載っていた、とある小説を扱っている時の話だった。江國香織さんの「デューク」。愛犬のデュークが亡くなり、悲しみに打ちひしがれるわたしの前に1人の青年が現れるというお話。 私たちの班がどのような話し合いを経て、最終的にどんな結果

          恋と愛の違い

          冬と治癒

          西野夏葉さん主催の「アドベントカレンダー2022」参加作品です。 かなり長くなってしまったのですが、皆さんのきらきらしたクリスマスを彩る光のひとつになれれば嬉しいです。 どうぞよろしくお願いいたします。 (最後に「あとがき」的なものを載せたので、そちらだけでもご確認いただければ……) ──────────────────────  消費期限が迫っているが故に三十パーセントオフになっていた食パンを、少しずつ口に入れていく。食べるのではなく、口に入れるという作業。値引きさ

          冬と治癒

          「犬」から始まる、長い独白。

          犬が初対面の犬と打ち解けるために、お互いのお尻の匂いを嗅ぐのってなんでなんだろう。 恥ずかしくないのかなって、少しだけ軽蔑が混じった心配を寄せてしまう。余計なお世話なことはわかってるけど。 恥ずかしくないわけがないよね。犬ってけっこう人間みたいに喜怒哀楽を持っている生き物だと思うんだけど、羞恥心だけが欠落している場合ってあるのかな。 そこまで考えて、ちょっと考え方が間違っているのかもしれないと思い直した。 むしろ恥ずかしいからなのかもしれないなって。 人間でもよくある

          「犬」から始まる、長い独白。

          言葉にできない感情 『死にたがりの君に贈る物語』を読んで

          綾崎隼さんの作品はいつだって狂おしいまでに切実な愛を描いていると思っているのだが、『死にたがりの君に贈る物語』もやはり深い愛を感じるお話だった。 愛にはいろいろな種類がある。 恋愛に家族愛、友だちへの愛。そして『死にたがりの君に贈る物語』のテーマの一つになっていた、読者から小説家への愛。中でもメインで描かれたのは、純恋からミマサカリオリへの愛だ。 綾崎さんはこれを「推し」と呼んでいるし、実際に本の宣伝でも「推しがいる人に読んでほしい」という文が使われている。 しかし私はど

          言葉にできない感情 『死にたがりの君に贈る物語』を読んで