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短編小説

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檸檬に染めて

檸檬に染めて

 視界の隅で、きらりと何かが細い光を放つ。視線を向けると、彼女の黒髪を一つに束ねる小さな花の髪飾りと目が合った。金色に染まった五枚の花弁が太陽の光を反射している。

「あちいねえ」

 宇田はプシュッと爽やかな音を立て、持っていたペットボトルのキャップを開ける。

 太陽をバックにペットボトルを傾けるポニーテールの女子高生の姿は、CMで流れていてもおかしくないくらい様になっていた。彼女は毎年、夏に

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わたしの世界

わたしの世界

 有紗にとっては小説が一番大事だもんね。私よりも、ずっとさ。

 それは、瑞希の家で二周年のお祝いをした日の翌朝。朝日に照らされて普段より白く見える駅までの道を、重いたい身体を引きずりながら並んで歩いている時のことだった。

 咄嗟にでた「え?」という乾いた声はうまく喉を通らず、ただの吐息になる。瑞希は遠くの空を飛んでいる鳥を見ていた。

「どっちも大事だよ。瑞希のことも、小説も。比べられない」

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冬と治癒

冬と治癒

西野夏葉さん主催の「アドベントカレンダー2022」参加作品です。

かなり長くなってしまったのですが、皆さんのきらきらしたクリスマスを彩る光のひとつになれれば嬉しいです。
どうぞよろしくお願いいたします。

(最後に「あとがき」的なものを載せたので、そちらだけでもご確認いただければ……)

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 消費期限が迫っているが故に三十パーセントオフになっていた食

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プランクトン

プランクトン

 わたしが好きなのは他の何ものでもないあなただよ。
 その言葉が言えそうで、言いかけて、やっぱり言えない。それを口にしてしまったら、わたしたちを繋いでいるか細い糸はいとも簡単に切れてしまうことを、わたしは知っている。
「じゃあ土曜の十三時に水族館の入口のところで」
 要点だけを簡潔にまとめると、成瀬くんは手元の教材を片付けはじめた。ノートの表紙に書かれた、少し右上がりの「経済学入門」の文字。お世辞

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嫌い

嫌い

 愛は矛盾を生み出す。チョコレートが大好きで自分一人で全部食べてしまいたいけれど、妹が食べたいと言うから半分譲ってあげるとか。LINEで業務連絡以外の他愛もない会話をするなんて馬鹿みたいだと思っていたのに、恋人相手だったら毎日欠かさずに「おはよう」と送ってしまうとか。読書に微塵も興味がない私が、それでも紙の上に並んだ文字を目で追っていることだって、全部ぜんぶ愛ゆえだ。

 視界の端で、ぐわんと大き

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