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魂が身体から離れた時、そのエネルギーでなにをしたいですか?

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   「見て見て!! 足ならあるわよ? 日本だけよ、足がないのは。
    円山応挙のせいじゃないの?」

 本当は    ~ロートレック~ 「Jane Avril」

臨済宗僧侶で小説家の玄侑宗久は、福島県で、臨済宗のお寺の長男として生まれました。
キリスト教・イスラム教・モルモン教やカルト宗教、日本の宗教、ありとあらゆる宗教に飛び込み、さらには様々な職業も経験した上で、実家のお寺を継いだ、異色の僧です。

早稲田で物理学をやっていた友達と一緒に夜中まで計算したんですけれども、基本にあるのは、「この宇宙の中のエネルギーの総量は一定だ」というアインシュタインの言葉なんです。
例えば人が亡くなった瞬間に体重が何グラムか減るというんですね。
 地球の総量のエネルギーの中には、生きている人間のエネルギーも入っていて、E=mc^2という式となる。
アインシュタインによれば、質量というのもエネルギーの一種だっていうんです。
 亡くなっても遺体はあるわけですが、遺体になった瞬間に体の重さが何グラムか減るという測定を、アメリカの何軒かの病院でしているらしいんです。
私が見た限りでは最高四十グラム減ったという報告があったんですが、一グラム減るだけでもそこに大変なエネルギーが生まれるんです。
だって宇宙全体のエネルギーの総量が変わらないとすれば、どこかに、遺体から減った質量分のエネルギーが生まれていなくてはおかしいですよね。
アインシュタインの式に当てはめて計算しますと、熱量にすれば十の十四乗ジュールという膨大な熱量が生まれるらしい。
私も物理学専門じゃないんで、十の十四乗ジュールといいましても実感がわかないわけです。
それで実感をわかせるために考えたんです。

たとえば二十五メートルプールの水をそのエネルギーで沸騰させるとしたら、どのぐらいの量を沸騰させられるのかと。
そうしたら、五百二十九杯分を瞬時に沸騰させられるという計算が出てきたんです。
一グラム減って生まれるエネルギーがそれだけあるということなんです。

ただ、亡くなったときにプールの水を沸騰させたって意味がないですから、同じエネルギーが熱になったり光になったり、あるいは運動エネルギーとか電気エネルギーとしても使えるわけですよね。
例えば光ってみたいと思ったら東京ドームの広さを昼間の明るさに照らそうとしますと、昼夜ぶっ通しで十八日間大丈夫なんですね。
あるいは、私は一気に光ってみたいという場合には、太陽の四百三十二倍の明るさです。
たとえば運動エネルギーにして富士山を持ち上げてみたいと思った場合、富士山の重さというのは比重を一定にしないと計算できないものですから調べるのに苦労したんですが、それでも富士山が十七ミリ持ち上がるという運動エネルギーに変えることができるんですね。

人が亡くなった時に一グラム減っただけで、それだけのエネルギーが生まれるんです。
その人が亡くなる時に思い残しているようなことが実現できるんじゃないかと考えられますよね。
遠くに行っている息子が心配で、そこにちょっと行ってくるというようなことも可能なんじゃないかと思ったんです。

  ~新潮社刊 玄侑宗久「あの世 この世」より引用・抜粋~

以前この話を読んだ時、心霊現象と言われているものの一部は、もしかしたら、科学的・物理的に解明できることなのかもしれないと思いました。

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昔々のことでございます。
雪の降る日の夜中、コツコツ・・・と戸を叩く音がいたしました。                     きゃ~こわいよ~ やめて~!!

あれ? なんの音だろう? こんな夜中に誰か来たのかしら?もういいよ~おばけこわ~い、ブルブルガクガク

まだなんにも話してないのに、騒いでる方がいらっしゃるので、普通に話しますね👻
昔、何度も聞いたことがある、親戚の話なのですが。

終戦前のある夜、玄関を叩く音がし、「お~い、俺だ! 今帰ったよ」
という聞き慣れた声がしたそうです。
昔のことで核家族ではなく、家には大勢の家族が住んでいて、その全員がその音と声を聞きました。
戦争に行っていた家族のひとりが無事に帰って来たのだと思い、大喜びで戸を開けましたが誰もいません。
あれ? どうしたんだろうと思い家の周りを探しましたが、やはり誰もいません。
「近所の誰かに会って、家まで行ったんじゃないの?」ということになりましたが、朝になっても戻ってこないのです。
「どこか行って話し込んで酔いつぶれたんだろう」とみんなで話しましたが、待てど暮らせど戻ってきません。
そして翌日。
………届いたのは、その人の戦死の公報でした。

確かに聞いた声とノックの音、あれはいったいなんだったんでしょう?
妻子がいる日本に帰りたいと願っていた、強い思いのエネルギーなのでしょうか?

青リボン

作家・遠藤周作氏が、病院で死を迎える直前のご家族のお話です。

意識がなくなった時、魂はもう既に身体から離れ、
ここには肉体しか残っていない、と、ご家族は感じたそうです。
こういった話は他でも聞きますし、私も経験したことがあります。

あら、ここで2000字?
では、そのことはまた別のお話で……。

🔔この記事は、スピリチュアル系の方を否定するものではありません
 

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