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明智 (Naoko Akechi)
2024年3月11日 20:54
誰かの聲に呼応して胸が 髪が 瞳がブルブルと揺れている私と誰かの間にある無限色した水が波打つほ、と吐き出せば暖かくふ、と吐き出せば鋭くあ、と気を抜けば冷たく塩辛い(あるいは無味の)水が視界や呼吸から絶え間なく滲み出すのを誰もが知っているはずだ湯船を埋め尽くす柔らかな温度も乾きを潤す天の恵みもある日牙を剥く冷徹さも私は知っている知っていながら生きるため 蛇口を捻る
2023年9月12日 18:08
すこし熱めの湯が肌をつつく住宅街にある銭湯は今日もにぎやかだ水蒸気がまろまろと裸体を包みこんでわたしはゆっくりとわたしを溶かす浴室に放たれた女たちはどこもかしこも自由であるあなたの形とわたしの形はちがうけれど湯はそれらすべてを優しく癒す若人の引き締まった腹筋も老婆の古道具のような腕もわたしが持つジュゴンの腹すらも湯はすべてを認めるもの外側からあるいは内側から肉体がうつ
2023年6月4日 08:14
六畳の部屋に春のぬるい朝が来る悠然とカーテンを透かすそれを私は目を閉じたまま受け入れようと何度かもがくけれど朝 晴れた朝綻びを浮かび上がらせる曖昧な温度を持った朝眠りと今日の狭間で揺れる私を突き動かす 朝タオルケットのほつれと私の皮膚が争いながらグルグル渦を巻いている丸めた鳩尾に蠢く闘志と血潮六時三十分の目覚ましが鳴る情緒と理性を吸い込んだ肺が一気に膨らんで
2023年5月8日 18:12
ケファは岩を探していた。なんでも、この世のどこかに必ず、自分だけの岩があるのだという。ケファの足はいつしか裸足で傷だらけとなり、両手に持った杖でもはや腰は曲がりきっていた。行く先々でケファはいつも馬鹿にされた。「あいつは物を言えないのだ」「痴れ者にちがいない」とあるペンキ塗りなどは「傷によく効く薬を塗ってあげよう」と言いケファの両足に溶剤を塗りたくり、痛みで転げ回るケファを笑い者にした。それで
2023年4月22日 08:38
私の姿を見た者はいない夏 もみじのトンネルに座って風の通るにまかせて踊っていることを誰も知らない春 小鳥たちのさえずりと共に芽吹きの歌を唄い回っていることを秋 ガサガサと踏み遊ばれる枯れ葉の中に私が眠っていることを冬 白い嵐と二人きりたくさんの物事を破壊していることを誰も知らないなぜなら私の姿を見た者はいないから
2023年4月15日 16:33
心がしずまっている深海探査船の中にひとり腰掛けて灯りもないそんな景色に囚われ続けている心がしずまっている至極平和だ心がしずまっていなければ陰鬱とした獣が私を支配するだろう心がしずまっているから社会も家も居心地が良い しかし心がしずまっているゆえにこれ以上 書くことができない
2023年4月2日 17:07
輝きうねる遠くの空に春の飛沫が満ち満ちる端々に銀の光をまとい烈しくはじける青い香がくすぐるように身に迫る木々には新しい衣を授け土に緑の礫を撒くああ眩しくて畏怖なる春わたしの眼を涙がふさぎ水中のごと手探りで時を感ずる間に通り過ぎてゆく怒濤の風よただ陽の一声でもって鋭く冷えた鼻腔をかっ攫う淡色の風情春遠ければ春近し秒針を追う正午の針のもどかしさゆえ焦がれる心もうすぐ
2023年2月18日 12:10
冷や水サラサラと砂底を浚いながら流れるギラギラと陽を返しながらいつしか現れたあれは、何色であったか緋、朱、桃、黄、青、翠、または水水の如き透明な硝子の如きいびつな丸く、また鋭く私の胸に深く深く沈み込みぶつかり合いひしめき合いコトリコトリと揺れているああ、わたしには水が要るコトリコトリと揺れている無数の胸のこいつらのためコトリコトリと揺れている咽喉の根っこが焼け焦
2023年1月12日 22:10
空に空気の花が咲くことばと水の粒子とを凍てつく大気に落としつつ軽く軽く 天高く昇りゆくその美しさ白くまた黒く 渦巻く自然の賢さにわたしはほおっと感嘆するがほおっと バラバラに湿ったけむりに化けるだけ心も呼吸も空にはゆけず意味もかたちも脱ぎ捨てた空に空気の花が咲く
2022年12月21日 18:44
オフィスの中はひとりひとりアクリル板で仕切られ闘魚のように人々がじつと耐えている換気は完璧で常に外からの新しい風が行き交うが人とディスプレイは相変わらずそこにある全てのものが原子で出来ているのならアクリル板は存在を消しキーボードはレタスで マウスはガーベラ ディスプレイは朝顔、そんな世界があってもよいはずだ私は既に朽木となった椅子を飛び出してもうなんであったかもわからない、
2022年12月8日 18:30
まっさらな青空へ放り投げるおまえのまっさらなスニーカーよこの世にうまれて宙を舞いやわらかな草むらに抱かれる日おまえのまっさらなスニーカーよこの世界をくつがえすのだ恵の雨と、寒さとをもろともに吹き飛ばす力強きそのおろしたての白さまっすぐにゆけよ大地を越えて、父の背丈も越えてゆけ決して振り向くな眩しいゴムの靴底でけわしい道も踏みしめてまっすぐ まっすぐ 進んでゆけおま