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タンゴ•葉山•遊散歩

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#犬

「タンゴ・葉山・遊散歩」(1)

「タンゴ・葉山・遊散歩」(1)

2014年9月、タンゴが我が家にやってきた。タンゴは、3歳のミニチュア・ダックスフントで、身体は漆黒の毛で覆われていた。顔は白黒まだらで、黒い鼻先、黒い目玉、そして鼻の付け根に下地の黒い皮膚が露出しており、顔の輪郭にだけ白く短い毛が生えて、第一印象はなんだか情けない顔の犬だった。

飼い主に虐待され保護されていた保護犬だった。鼻の上から馬の轡のような金属製の口輪を付けられ(その金属で擦れて毛が剥が

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「タンゴ・葉山・遊散歩」(2)

「タンゴ・葉山・遊散歩」(2)

先週の土曜日は台風14号の影響で朝から風が強かった。海から陸に向けて吹いてくるオンショアの風が、海の面をやかましく引っ掻いていた。朝のうちは横殴りの雨も降っていたので、朝の散歩には出られなかった。

散歩に出られないと、我が家のミニチュアダックスのタンゴ君は落ち着きがなくなって、絶えず私の動静を探りに来る。部屋のドアを閉めて本を読んでいると、ドアの前と玄関前の上がり框に敷いてあるマットの上とを行っ

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タンゴ・葉山・遊散歩(3)

タンゴ・葉山・遊散歩(3)

日曜朝の一色海岸
何隻ものパドルボードが次から次へ、
ゆったり気持ちよさそうに穏やかな海にこぎ出ていった。
どこか近くから特徴のある山鳩の鳴き声がした。
声に合わせてリズミカルに身体を揺すぶりたくなるような鳴き声だ。

タンゴは山鳩の声には全く反応しない。
岸辺に打ち寄せる波音には神経質に反応する。
海風が吹き荒れた翌朝の波音には特別反応的になって、そこら中を吠えまわる。
いま、ここで、聞こえた波

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「タンゴ・葉山・遊散歩」(4)

「タンゴ・葉山・遊散歩」(4)

10月1日(金)に緊急事態宣言が解除されたが、午前中の葉山町は雨と強い風が吹き荒れていたので、朝の散歩は見合わせた。
タンゴの意志確認はしていない。
タンゴの意志確認はしていないが、午前中のタンゴのトイレ周辺の様子から、タンゴの気持ちは想像できる。
いつもより濡れる範囲の広いタンゴのトイレ、その周辺への撒き散らしは、明らかに抗議の意志表示だったに違いないが、まあ仕方がない。

数日前から「大型で非

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タンゴ・葉山・遊散歩(5)

タンゴ・葉山・遊散歩(5)

タンゴは極端に短い足で、巨大な黒いバナナのような長細い胴体を支えている。歩き方は独特だ。散歩の時の歩き方は大きく分けると、緊急足と探索足の2種類だ。

緊急足は前方に他の犬の姿を認めた時、俄に始まる。まさに緊急発進なのだ。一気にその同類に近づこうとする。そして、近づくと楽しく仲良しごっこをしてくれればいいのだが、そうはいかない。多くの場合、吠えまくり隙あらばやっちゃうぞの戦闘態勢になってしまうのだ

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「タンゴ・葉山・遊散歩」(6)

「タンゴ・葉山・遊散歩」(6)

海鳴りの音が大きく響いて、激しい雨と風の音が絶え間なく続く、おどろおどろしい夜が明けて、美しい朝日が昇っているのを見ると、それだけでとても幸せな気分になれる。「どんな夜であろうと、明けない夜はない」どころか、こんなに美しい夜明けが待っているのなら、嵐の夜も悪くはないとさえ思ってしまう。

逆に一日好天気に恵まれて、夕刻日の入りの頃に、遠く江ノ島の上空が朱色に染まっていくのを見るのも至極の幸せである

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「タンゴ・葉山・遊散歩」(7)

「タンゴ・葉山・遊散歩」(7)

夢を見た。
タンゴが巨大な竜巻雲に乗って天に登ってゆく。
その後ろ姿をおろおろと私が追いかけようとしていた。
ハッと気づいた、私は空を飛べない。
どうする、このまま手をこまねいてタンゴが去るままにただ見送るのか?
胸が苦しい、心臓が口から飛び出てきそうだ。
何をやってるの!?
黄色い煙が立ち上り、煙の中からドルティが表れた
タンゴの前に飼っていたミニチュア・シュナウザーだ。
でも君は死んだんじゃあ

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「タンゴ・葉山・遊散歩」(8)

「タンゴ・葉山・遊散歩」(8)

雨が降ったり止んだりする日々が続きながら、
1日1日と寒さが増していく今日このごろ
つい散歩もサボって短距離で済ましてしまいがちだ。
私の体も特に下半身や腰回りが運動不足で硬い痼(しこ)りができている。
今日は少し長距離の散歩をした。

いつもの海岸沿いの道をバス停まで歩いて、遠くに富士山を見ながら、
地元の大漁祈願のこじんまりした神社を横目に、住宅街の細い坂道を登る。
歩き続けると道はお寺の裏門

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「タンゴ・葉山・遊散歩」(9)

「タンゴ・葉山・遊散歩」(9)

11月最初の日曜日、久しぶりに車を使って移動し、少し遠くでの散歩を試みた。
朝の散歩は、南郷公園に行った。
自宅から車でおよそ15分、8時の開園直後に着いた。
開園直後だというのに、すでに駐車場には車がずらっと並んでいた。

駐車場に車を止めると、助手席に寝そべっていたタンゴは早くもそわそわしだした。早く車から出してくれと全身で要求している。首も尻尾も同じぐらい頻繁に動かし、何とか外を見ようと助手

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タンゴ・葉山・遊散歩(10)

タンゴ・葉山・遊散歩(10)

朝早くの漁港を歩いた
ついさっき漁から帰ってきたばかりの漁師が低い声で話している
潮風に乗って、年老いた低い渇いた声がゆらゆらゆれている
網をたたみながら忘れた頃に相槌を打つおかみさんの声もする
短いが、心のおくの襞に直にとどく声だ
話の中身は聞こえない
ただ、年老いた生活のひび割れをいたわり合う響きだけが聞こえる

魚の腐肉の甘い匂いでもするのか
タンゴは低い背をさらに低めて岸壁沿いの細道を進む

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タンゴ・葉山・遊散歩(11)

タンゴ・葉山・遊散歩(11)

茜色に空が染まって
天空に描かれた影絵のように薄墨色の富士が浮かびあがり
離島の燈台が橙色の灯火を瞬かせる頃に
老いた漁師が港に帰ってくる

ゆっくりと進む黒いシルエットの孤舟から
般若心経を唱える響きが海風にのって聞こえてくる
・・・ああ、今日も不漁だったに違いない

幻の景色 幻の聲を聞いているのさ 
と喝でも入れるようにタンゴが一声吠え
空からいくつぶかの水滴が落ちてきた
見上げると
じっと

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