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「タンゴ・葉山・遊散歩」(2)

先週の土曜日は台風14号の影響で朝から風が強かった。海から陸に向けて吹いてくるオンショアの風が、海の面をやかましく引っ掻いていた。朝のうちは横殴りの雨も降っていたので、朝の散歩には出られなかった。

散歩に出られないと、我が家のミニチュアダックスのタンゴ君は落ち着きがなくなって、絶えず私の動静を探りに来る。部屋のドアを閉めて本を読んでいると、ドアの前と玄関前の上がり框に敷いてあるマットの上とを行ったり来たりしている。ドアを開けてやると、部屋の中に入ってきて、私の出入りをチェックするかのように出入り口にのっそりと腹ばいになる。じっと動かないので眠っているのかとこっそり見つめると、大きな目を開けて横目でじっとこちらを窺っている。

午後になって、風もだんだんと弱まり、雨も止みそうな気配になってきた。3時頃、ベランダから手を伸ばして確かめるとどうも雨は止んだらしい。
「タンゴ、散歩行けそうだぞ。散歩行くかい」
ベランダから戻って、部屋の中をぐるぐる歩き回っていたタンゴに声をかけると、一声「ワン」と吠えたかと思うと玄関に向かって走っていった。

「ええー、この子、俺の言葉が理解できるみたいやで」
私がそう言うと、妻は淡々とした声の調子で、
「サンポって発音に反応したのよ」と言ってから、タンゴに
「サンポ、サンポって二度もくりかえしたら喜ぶに決まってるわよねえ、タンゴちゃん」と話しかけた。

夕食の買い物に行く妻の自転車と一緒に、私はタンゴの腰に回したリードの端を持って出かけた。小走りに自転車の後を追ったが、芝崎のバス停近くで自転車は遠ざかって行った。

タンゴはいつものように路面の匂いを嗅ぎながら、早足になったり、ノロノロ歩きになったり、散々周囲を嗅ぎ回った上で大小便のために立ち止まったり、勝手気ままに歩いていた。大便を処理した後は、「うんちバッグ」に入れてあるおやつをあげるのだが、時々おやつを持ってくるのを忘れたりすると、その場に立ち止まったまま、私を恨めしそうにひとにらみする。

他の犬とすれ違う時は、この小さな細長いだけの体のどこにそんな力がと、びっくりするような力で突進する。だから犬同士の接近が近づいたらリードを短くしっかりと持ち直さなくてはならない。

この日もそんなことに気を遣いながら散歩していたが、森戸の海岸から森戸神社に出た。神社の入り口に写真家のオズボーンさんの「親子」の写真展示があったが、犬連れの人が眺めていたので、遠目に見ただけにした。

裕次郎灯台に面した海の様子を見ようと海岸に降りたったら、何が匂うのかタンゴが辺りを嗅ぎ回って動こうとしない。バス通りまで戻ろうとしても、森戸神社の境内を歩くのをなぜか嫌がる。

海岸には潮が満ちてきて、砂浜経由で芝崎のバス停まで歩くのは無理だった。仕方がないので、タンゴを抱っこして森戸神社の境内を抜けてから、地面に降ろそうとすると嫌がる。

「もう少し抱いていろ、ということかい」
タンゴに話しかけたが、返事はない。・・・当然だが。でも考えた。
「せっかく霊験あらたかな場に来たのに、親として生きることの意味を考えもしないで通り過ぎるの」と誰かに問われているのかもしれないと。

引き返して、写真展示をゆっくりと見てから、神殿の前で手を合わせ目を瞑り心を空無にしようと努めた。
歩こうとすると、タンゴはクルクル回転してからぺたりと座り込んだ。リードを優しく引くと立ち上がり元気に歩き出した。
「お前もうちの子やからな」
つぶやいて、1人で照れたが、周りにはタンゴ以外誰もいなかった。


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