草野海子(ふつら)

現代短歌、散文詩。Twitter:@ futulla

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列車の席で眠り         (血流のなかに) 列車の席で目覚め        (変化が混じり始めたあたりの) 列車の席で眠り         (記憶がない) 列車の席で目覚め        (途方もなく込み入った道を) あるともわからぬ反復を     (手を引かれて歩いていたことが) てのひらに包み        (煙でできた花火を見せてくれたことが) 徐々に広がるやわらかな熱を   (現実味を失ってなつかしい) ただ愛おしく          (君の長い巻き毛のことも)

    • 【詩】いたみのない浸食

      夢の中のあの人と 似ていて違う その人 全てが 遠い物語だったように 虹色に油が香って 旅先、足元の浮遊感が 波にやわらかく調和する 真っ白な壁が甘い 甘酸っぱい 砂に垂れる 同じ温度の握手が 痛みのない浸食 ぬるい果実の半透明な汁が 嘘を忘れた人々のための 眠気の服になる 濃いクリームが肺に充ちる 沈み込む 足跡は消える 網戸も明日も熟慮もない そよ風 微笑みの今日が連なる プラスチックの袋から押し出した 濡れたゼリー状の今日たち 弱いアルコールが握手 無自覚な痺れ お

      • 毎日血を流す私が川べりでゴミを流す

        毎日血を流す私が川べりでゴミを流す 半透明な手が心臓を指さしそのままとおりぬけるように 毎日毎日血を流す私が川べりを歩いてゴミを流す きらきらペトリコール、菓子の上に飾りつけるように 優しい白鳥、睡蓮をつつきそのまま呑みくだすように 雨の日の蟻の巣 箪笥の奥の藁束 細路地に隠れた日陰の若木 石鹸水は そのまま流し アセトンは 部屋の隅でずっと 剥がれた皮膚のかけらと いつも届く再生紙の広告 挨拶だけするお地蔵さん 深夜に沈む 白く薄い月 毎日血を流す私が川べりでゴミを流す 毎

        • 人生

          まあいともあっけなく そのときがやってきた だれもじゅんびできてなかった だってニュースでは 「衝突は明日となる見込みです」 って 他になにも言わなくなったテレビで 言ってた だから たまたま道端で会った そこまでとくべつでもないともだちと じゃあきょう さいごに海をみにいこうって さいごとかいいながらさ あしたまでになんとかなるんじゃないかって あした目がさめたら こんなこと嘘でした夢でしたって しらない機械がなんとかしてくれて よくわからないけどなにかが起きて 今までがま

        • 固定された記事

          炎の夢

          一 ゆめがほしいの おかあさん さんたさんにゆめをお願いするの 完熟のりんご へたが抜けちゃう位にね おかあさんのタルト・タタンが 好きなの りんごは酸っぱい方が お菓子に向いている みたいな 幻想に恥かかせてあげたいの わたし星のうさぎだから 月を飛び越えてしまう そのまんまでいいって言って をお願いするの 都会の空は明るく滲んでいて まっすぐ泣くことすらできやしない 二 物語は続かない 本を閉じて、はい、おしまい おやすみね 夢はみない こころあたり あることばっか

          おとがしている

          天上のbleuに包まれて いのりは桃色 をしている 老いて穏やかな椅子が 磨かれた膝の上をあける 思いは沁みてゆく、毀れやすい靄の地層に 呼吸する古いものに 積み重なった体温が 腿になじんで ああ。 数百年前の 誰かの押し殺した泣き声がする 胸がつかえても洩れだす 掠れた呼び声がする 握りしめて血の気の失せた 真っ白な手…… (ごめんなさい) せめて あなたの手を温めたかった もう届かないけれど あなたの声がいつか 小さな小さな震えとなって 桃色の靄の遠く 待っているも

          みどりの肌

          種をとらなくなって しばらく経ったらしいな 空を覗かなくなって 首が凝ってしまった 擦れる音がほしくて 余計に探すことがあったよ そして考えるのは きみのこと 大きな雀蜂の死骸が 転がっているまどべ わたしたちが恐れたのは 乾燥した仔犬のふんで 気付かぬうちに 桜の花が降り積り 窓は軋んで こないだ見たら木枠が割れていた 取り返しのつかないことは ないよ ないよ 「急行列車が通過します;ご注意ください」 毎週木曜日 良い子のやくそく 守れなくて 大きなひすいの玉を 呑んで心臓

          翼のない小旅行

          渚にゆこう 四角い光の連続になって 汀ではだかの足を濯ぎに 一泊二日の壮大な逃避行 数千泊の疲れきった帰り路 止まらないメトロノームを 波に沈めて、気まぐれに眺めるのだ ガスの元栓は締めた? 冷蔵庫は空にした? きちんと鍵もかけたなら 心配することは もうなにもないから 雲が流れ天の川を隠す 水平線が見えなくなって 自分の鼻も見えなくなって やっと私は 地球の形に震えずに 息をできるようになるだろう 新月の黒い水は きっとまだ生ぬるい 浸けた先から かたまった指がほどけてい

          焦がれない指

          水晶のティーポットにタールが満たされて 薄いポットは弾けそうに震えている 空気は希薄で 床は木星の上にある 烈しい光はありません 画面の点滅はありません 膠は解けません 一番熱いのは足の裏のコンクリート 厚い皮膚で覆われた土踏まず 読まなくても展開のわかる小説 毎度恣意的な記号、堂々巡りの数式 陽だまりの道だけでも 人は生きていけるとか あるいは ビルほどの氷の柱が起こす反射 排気ガスの染みついた歩道橋の陰 マッチは湿気ている 灼かれてほしがる翼 灼かれてほしい喉 無力にも

          夏のあいだに

          梅雨が明けた 長い梅雨が 長かった梅雨が あけた 肚をふくらませる 肚をとざす 肚がふくらむ 肚がとじる 内から圧を外へ 押し向けるたびに 自分がまた少し 地球に近づいていた (輪郭が濃くなって滲んだ 隙間から過去が何度も転がった 地球が呼んでいる) 地球が待っている 血が緋色に染まり 心臓が燃えて 髪は逆立ち 皮膚がささくれる 小さな細胞が 湿った潮風を雷に変えて 膜を薄くする 地球に近づく 脂の塊が 酸化していく 呼ばれている方へ 血管が斑らに浮き出し 星へ謎めいた文字

          ついばむ

          ついばむ 啄む ついばんでいく 私の枯れた耳に 啄む音がきこえる ついばむ 少しずつ、何度かに、ちょっとずつ、分けて、小さく 囓りとる その音が。啄む。ついばまれる私は、くすぐったくて、ここちよくて、少しだけ 痛くて、笑う。ようになる。音が生命じゃなくなった時。違うものがついばまれるようになったとき。わたしの所有しない かたちをもたないものが、私に属するかたちをもたないものたちが 啄まれるようになっている。くすぐったくて。みんなで少しずつついばみあって、いつのまに群れになって

          無垢なる天使

          私たちみんな無垢なる天使たち 今日もそれぞれ祈りを捧げる 世界が平和でありますように 私もあなたも幸福が きっとおとずれますように それぞれのやり方で 指を結ぶ 聖地で頭を垂れる 寝床であのひとを思う お弁当を詰める 古き日々を記す 電話口に謝る 鮮やかな花を束ねる 猟銃に弾を込める 石炭を鉄で削る 試験管を覗く インターネットに言葉を垂らす ボタンに指をかける もしくは 道端で見知らぬ誰かに 思い切り肩をぶつける 私たちみんな無垢なる天使たち 毎日宇宙から祈りを捧げる

          anti-地球平面説

          夜景が空に浮かんでもきっと私は不安になるだろう 緩く降下する飛行機の中で外を眺めて考える スケルトンの街々 飛行機は四次元を飛んでいる 血管全部を暴かれてしまうのを恐れて 私じゃない人たちの家が布に紛れて隠れている 動かないのに血が通っている夜の街 (重ための車内 尾を引くテールランプ 柔らかい渋滞 言葉少なな母父の 空気の震えないやりとり) 飾りつけられた太古からのむくろ ナトリウムランプの現実全部をウソにする光 顔のある人が照らされてまた会話して汗を流しているのに…

          実験記録/羽化

          実験1. 対象: アオスジアゲハ終齢幼虫. 操作: 腹部第7節への薬剤の経針投与. 経過: 投与24時間後,第7節右部の変色,壊死を確認. 投与4日後,蛹化. 投与15日後,羽化. 結果: 羽化した個体は腹部末端右側が欠損していた. 飛行能力に問題なし. 実験2. 対象: キアゲハ終齢幼虫. 操作: 前胸部への薬剤の経針投与. 経過: 投与24時間後,前胸左部の変色,壊死を確認. 投与3日後,蛹化. 結果: 個体は羽化しなかった.解剖の結果,左上翅が奇形化していること

          出立の前に

          青い門番 門はずっと前に崩れてしまったが まだそこに立っている 傘が風にあおられて押さえるも飛んでいく 痛いくらいの陽射しが ひしゃげた空き缶の内側を曝している 耳を塞がなくても もう歩いていけた 塩粒の砂浜の上 毒蟻の行列と しゃがんでいる私の図が 額縁に収まっている 蟻の行列の先で 顔のない誰かが待っている

          そして木になった

          強張った胸に紙を当てて 心臓を鉛筆でなぞった ぺしゃんこにされた心臓が 紙に沈んでいる 紙飛行機を折って 裏道で飛ばした 飛行機は 少しまっすぐ飛んだあと 野菊を一輪巻きこんで 凸凹のコンクリートの地面に 吸いこまれて すり抜けて 戻ってこなかった 雨がコンクリートで跳ねていた 私の胸には野菊が咲いている けれども私は野菊のことを 何も知らないままなのだ