【詩】いたみのない浸食

夢の中のあの人と
似ていて違う その人
 
全てが
遠い物語だったように
虹色に油が香って
旅先、足元の浮遊感が
波にやわらかく調和する
真っ白な壁が甘い 甘酸っぱい
砂に垂れる
同じ温度の握手が
痛みのない浸食
ぬるい果実の半透明な汁が
嘘を忘れた人々のための
眠気の服になる
濃いクリームが肺に充ちる
沈み込む 足跡は消える
網戸も明日も熟慮もない そよ風
微笑みの今日が連なる
プラスチックの袋から押し出した
濡れたゼリー状の今日たち
弱いアルコールが握手
無自覚な痺れ
おだやかな窒息

 
削れていく珊瑚礁は
痛みがない
丸まっていく石礫は
痛みがない
女の手をした
白い光 やさしい麻酔が
生をとかしてくれる
生をゆるしてくれる
無差別に慕われ、覆われる
砂浜に座っている
私がとろかされ
ていく
輪郭は
すでに線をうしない
夕空で三等星になった
寡黙で小さなかけら
鈍く淡く燐光を放って———
 
砂浜にいるのは
だれでもない
慕われ
抱かれ
浸食されている
全てが
冷たい雨が、鋭利な視線が
未来が
内省する が
遠い遠い物語であって
くれた
というように

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