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運動の神話[上・下]/ダニエル・E・リーバーマン(2022/09/28)【読書ノート】

近代以前、人類に運動は不要だった!?
進化生物学が明かす、ヒトと運動の意外な歴史。

「人間は運動するために進化してきたわけではないのに、なぜ運動は健康に役立つのか?」ハーバード大学教授が、アフリカの狩猟採集民ハッザ族など、工業化以前の生活スタルをフィールドワークし、近代社会がつくりあげた「運動は人体にとって自然な行為である」といった運動にまつわる神話や思い込みを進化生物学的見地から徹底検証。生活様式の変化が人体進化のペースを上回った結果生じる「進化的ミスマッチ」と慢性疾患の関係を明かすとともに、健康であり続けるための理想的な運動方法を提言する。
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「はたして私たちは運動するように生まれついているのか?座りっぱなしは新たな喫煙なのか?猫背は悪いことなのか? 睡眠は八時間必要か?人間は比較的緩慢で弱い動物なのか?ウォーキングは減量に役立たないのか?ランニングは膝を痛めるのか?年をとって運動量が減るのは正常か?運動するよう人を説得するベストな方法は?最適な運動のタイプや量はあるのか?運動はがんや感染症などへのかかりやすさにどの程度影響を与えるのか?」
老化を遅らせ、寿命を延ばす運動(エクササイズ)とは?
●古代人は筋骨隆々でなく怠けてばかりだった
●歳をとると遺伝子の働きで運動量が増える!?
●ウォーキングで体重を落とすことは可能である
人間は生涯にわたって運動を楽しむことが可能である。遺伝子の働きにより老年期のほうが壮年世代よりも身体活動が活性化する「アクティブな祖父母仮説」など、リーバーマン教授が人体の新たな可能性を提言。巻末では、肥満、2型糖尿病、がん、認知症、うつ病などの現代病に効く「最適な運動」を紹介。

エクセサイズが体に良いとされる一方で、生物が運動する本来の理由は、獲物を得たり捕食者から逃れたりする必要からだ。無駄に思えるカロリー消費の運動を避けたいのは自然なことだ。狩猟採集民にランニングマシンで走ることを説明すると、その無駄さに驚く反応が返ってくることがある。
進化の過程でエクセサイズがどのような役割を持つのかを考えると、狩猟採集民の運動能力が高いのは文明の影響を受けていないからではなく、単に日常的に運動の必要性に迫られているからだ。
彼らの日常は高強度の運動を1時間程度行い、残りの時間は軽作業や休息に充てている。彼らのエネルギー消費は欧米のオフィスワーカーと比べても大きくは異ならない。人間のエネルギー消費の大部分は安静時の代謝によるもので、体重に占める脂肪以外の部分で考えると、狩猟採集民とオフィスワーカーの代謝量に大差はない。
人体は飢餓状態になると代謝を大幅に下げることができ、これが運動しても痩せにくい一因になっている。座る行為に関しては、人間は立つことに比べて座っている方がエネルギー消費を抑えることができるが、長時間の座りっぱなしは微小な炎症を引き起こし健康に悪影響を及ぼす可能性がある。また、運動と健康寿命には大きな関連があり、適度な運動による負荷が体に修復を促し、結果として体の状態を改善することが示唆されている。
スポーツについては、動物の反応的攻撃性と能動的攻撃性のバランスを変えるものとされ、運動する肥満の人は運動しない痩せた人よりも健康リスクが高いという話が出てくる。この本はやや散漫な印象もあるが、引き込まれる語り口と興味深い話題で構成されている。

■著者紹介:
ダニエル・E・リーバーマン Daniel E. Lieberman
ハーバード大学人類進化生物学部でエドウィン・M・ラーナーⅡ世記念生物科学教授を務める古人類学者。ハーバード、ケンブリッジ両大学で学び、人体の進化、特にランニングなどの身体活動に関する研究で知られる。「ネイチャー」「サイエンス」誌掲載論文をはじめ論文多数。ランニングを趣味とし、マサチューセッツ州ケンブリッジに在住。著書に『人体600万年史 科学が明かす進化・健康・疾病』(早川書房)など。

目次
第一章:人は休むようにできているのか、それとも走るようにできているのか
パートⅠ:身体的に不活発な状態
第二章:身体的に不活発な状態~怠けることの大切さ
第三章:座ること~それは新たな喫煙か?
第四章:睡眠~なぜストレスは休息を妨げるのか
パートⅡ:スピード、力強さ(ストレングス)、そしてパワー
第五章:スピード~ウサギでもなくカメでもなく
第六章:力強さ~ムキムキからガリガリまで
第七章:戦いとスポーツ~牙からサッカーへ
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パートⅢ:持久力
第八章:ウォーキング~いつものこと
第九章:ランニングとダンス~片方の脚から、もう片方の脚へのジャンプ
第十章 :エンデュランスとエイジング~「アクティブな祖父母仮説」と「コストのかかる修復仮設」
パートⅣ:現代社会における運動
第十一章:動くべきか、動かぬべきか~どうやって運動させるか
第十二章:どれくらいの量?どんな種類?
第十三章:運動と病気

現代人は、古代の人々の生活様式とは大きく異なる独特な行動パターンを持っています。古代の人々が見れば、今日の私たちの行動は不思議に思えるかもしれません。特に、健康を意識しながらも、不健康な行動を好む現象は、一見矛盾しているように見えます。研究によると、狩猟採集民族と現代のオフィスワーカーのエネルギー消費量が同じであることが示されました。これは、人体の代謝が非常に柔軟であることを示しています。人体は、限られたエネルギーを最適に利用し、生存に必要な活動にエネルギーを優先的に割り当てるよう進化してきました。
運動と体重管理
多くの人が運動による体重減少を期待しますが、実際には運動だけでは大幅な体重減少は難しいことが分かっています。これは、人体が運動によるエネルギー消費を他の消費項目を削減することで補い、全体のエネルギー収支を保とうとするためです。また、長期的には人体が代謝を調整し、より少ないエネルギーで生活できるようになります。
進化と不健康な行動
私たちの先祖は、エネルギーを節約し、貯蓄することで生存を確保してきました。その結果、現代人は本能的にエネルギーを消費することを避け、リラックスした状態を好むようになりました。この進化の産物が、現代における不健康な行動の好みとして現れているのです。
運動の重要性
しかし、運動が健康に良いことは疑いようのない事実です。現代人は過剰なカロリー摂取が一般的であり、運動によって余分なカロリーを消費し、慢性炎症を抑制することができます。これは、心疾患や糖尿病などの代謝疾患を防ぐ上で非常に重要です。
結局のところ、私たちが不健康な行動を好むのは、進化の過程で形成された本能的な行動パターンに基づくものです。しかし、現代の生活環境と食習慣を考えると、運動は健康を維持するために欠かせない活動と言えます。適度な運動を心がけ、健康的なライフスタイルを目指すことが大切です。

人間以外の哺乳類は運動によって体内で発生する熱を逃がすために、主に舌を使い水分を表面に浮かばせて熱を冷ます。一部の犬のように鼻を湿らせて熱を冷ます動物もいるが、人間は皮膚が全面的に露出しており、全身から熱交換が可能である。人間にはエクリン汗腺とアポクリン汗腺があり、これらを発達させた。
水分の冷却方法、すなわち熱交換は、島耕作がワインを水で濡らしたタオルに包み、タクシーの窓から風にさらして冷やすシーンなどで見られる。人間は動物界で最も汗をかくスペシャリストであり、これは高い持久力があるためである。この持久力は、過去の狩猟採集生活において発達した。狩猟では、大型の動物を矢じりで捕獲するだけでなく、すでに食べられた死骸を持ち運び、他の捕食動物が諦めるまで走り続けることで肉にありついた。
人間は、投擲能力においても動物界で最も優れている。もし哺乳類がオリンピックに参加できるなら、人間はマラソンとやり投げで勝利できるだろう。しかし、水泳ではカバに、柔道ではクマやゴリラには勝てない。ダニエル・リーバーマンらの研究により、「人間は走るために生まれてきた」という説が広まった。一方で、運動至上主義者が現れる一方で、運動しないことのリスクも指摘されている。人間は運動するために生まれたわけではないが、運動不足は多くの問題を引き起こす。この矛盾する点について、本書は実践的な解決策を提供している。
人間の運動能力と持久力は、運動するために生まれたというより、生存のために必要な適応の結果である。古代の狩猟採集民は、持久走を通じて獲物を追い詰める「持久猟」を行っていた。この狩猟方法は、人間が他の捕食者よりも長時間、疲れずに走り続けられる能力を利用したものだ。
また、遠距離を投げる能力も、狩猟において重要な役割を果たした。これらの能力は、人間の体が長距離走や投擲に適した形に進化していったことを示している。しかし、現代社会では、このような運動能力を必要とする場面は少なくなっている。それにもかかわらず、運動をしないと健康上のリスクが高まることが多くの研究で明らかになっている。
運動不足は、生活習慣病のリスクを高めるだけでなく、精神的な健康にも悪影響を及ぼす。一方で、過度な運動は身体に負担をかけ、時には怪我や過労の原因となることもある。人間は運動するために生まれたわけではないが、適度な運動は健康維持に不可欠であると言える。このように、人間の運動能力とその必要性には、進化の過程で培われた背景があるとともに、現代社会における健康維持のための課題もある。このバランスを見極め、適切な運動を心掛けることが重要である。




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