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ふたしきの小説

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「ものかき筋トレ」作品たちです。 どうぞ読んでやってくださいませませ。 (ㅅ˙³˙)オネガイダカラサ
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#六枚小説

掌編小説(7)『アイ・サイ・プラネット』

掌編小説(7)『アイ・サイ・プラネット』

 妻は星になった。
 私がそう言うと、相手はたいてい気遣わしげにねぎらいの言葉をかけてくれる。
「お子さんもまだ小さいのに……。困ったことがあったら遠慮なく言ってくださいね」
 あまりに不憫だとばかりにそう言われると、更に心配な思いをさせてしまいそうで、私はこれまでの経緯や複雑な事情まで伝えることを躊躇ってしまう。
 私の妻は死んでしまったわけではない。
 正真正銘、宇宙に浮かぶ星になったのだ。こ

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掌編小説(6)『春を集めるひと』

掌編小説(6)『春を集めるひと』

 今年もまた大寒を迎えた。
 大寒とは《二十四節気》と呼ばれる季節の区分のひとつだ。一年を十二の節気と十二の中気に分類し、それぞれには季節を表す名前がつけられている。第一の立春に始まり、春夏秋冬を経て二十四番目に大寒を迎え、季節はようやく一巡する。
 そんな区切られた時間の中で、俺たちは出会った。

 二〇二〇年一月二十日。東京池袋。
 夜の繁華街は、冬の名残を惜しむこともなく、連れ歩く若者や、身

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掌編小説(5)『エピファニー』

掌編小説(5)『エピファニー』

 鍵を拾った。
 表面は錆に覆われており、ひどくねじ曲がってもいて、このような鍵を差し込める錠が存在するとは思えない。
 丸く平たい持ち手に凹凸はなく、この鍵がどのようにして生まれ、どのような目的をもって存在しているのか、情報はなにひとつ刻まれてはいない。地図も、紋章も、誰かの肖像も、番号や記号でさえも。
 では、この金属片はそもそも鍵などではないのかというと、多分、違う。
 そう思うのは、最初に

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掌編小説(4)『サピロスの涙』

掌編小説(4)『サピロスの涙』

 ある貧しい村の鍛冶屋に、ユルという美しい娘がおりました。
 ユルはたいへんな働き者でした。
 早くに母を失くしてからというもの、家族の助けになればと、家事に加えて父の仕事もよく手伝いました。あかぎれの痛みに顔をしかめながら、焼けた鉄に槌を振るい、燃え盛る炎に石炭をくべるのです。

 真冬のある日、森の中にユルの姿がありました。
 昨夜、ユルが神様に祈りを捧げていると、空から降った青い光が森の中に

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掌編小説(3)『約束のプレゼント』

掌編小説(3)『約束のプレゼント』

 他人様の家に忍び込むのは、いくつになっても慣れないものだ。
 雪の夜、煙突からの侵入を諦めた俺は、そのまま頂上に腰掛けた。足元には粉雪を薄く積もらせた屋根と、それを支える石造りの大きな屋敷が見える。
 寒さに震える手で、俺はポケットから一通の手紙を取り出した。
 電子メールを印刷した紙の裏に、『プレゼントして欲しいもの』が書かれている。その下には子どもが描いた絵があり、馬鹿でかい建造物の隣で、お

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掌編小説(2)『雨の東屋』

掌編小説(2)『雨の東屋』

 常夏の国ハワイには『NoRain.NoRainbow.』という諺があるらしいが、私は雨が嫌いじゃない。

 あたり一面に濃い霧が漂う。
 私はその光景を見て、またこの『夢の世界』に来ることができたのだと胸をなでおろす。
 袋小路にも見える乳白色の視界の中で、私は落ち着いて耳を澄ませる。それから、誘うように歌う雨音を追って、静かに歩き始める。するといつものように、池のほとりにある小さな東屋にたどり

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掌編小説(1)『海辺の祭り』

掌編小説(1)『海辺の祭り』

 これは俺が十歳の冬に体験した出来事だ。
 親父に叱られた俺は、納屋に放り込まれていた。家畜の餌やりをサボったのが原因だ。
 その頃は、家畜や幼い双子の妹のことばかり気に掛ける両親にウンザリしていた。反抗期ってやつさ。

 寒さに震えていると、妹二人が遊び場を求めてやってきた。
 しばらくすると、妹たちが納屋の隅にある藁に頭を突っ込んできゃあきゃあ騒ぎ始めた。
「静かにしろよ。俺まで遊んでると思わ

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