ロンドン滞在日記 12&13日目:骨董市で木村が手放したバーバリーと出会った
ポートベローは世田谷のボロ市
前回、前々回の日記が2日まとめて書かれていることからもわかるように、私のロンドン滞在は1週間を経過して明らかに中だるみしていた。旅疲れ、と言ってもいい。予定を詰め詰めにしていたのは最初の数日だけで、ショッピングやご飯を食べに外に出かけるだけ、という日も多かった。
日本に残してきた仕事が溜まり始めてきたという事情もある。仕事が終わらずに家にこもる日さえ出てきた。世界中オンラインで繋がれる時代になったとはいえ、ロンドンに行くことを仕事関係の人にも告げず「なんとなく連絡がつきにくいだけのフリ」で押し通そうとしたのは無理があったかもしれない。
そうこうしているうちに、滞在期間にも終わりが見えてきた。最初のうちは「2週間もあればロンドン塔もタワーブリッジもウェストミンスター寺院もバッキンガム宮殿もV&Aミュージアムもテート・モダンも、なんなら別に行かなくてもいいジャック・ザ・リッパーミュージアムまで行けるじゃん。ロンドンの主要な観光地全制覇じゃん」と思っていたが、気がつけばそのどこにも行ってない。
すでに押さえてある予定をこなしたら、あとは荷造りなどの帰り支度も必要だ。パートナーのオフシーズンの荷物やお土産などを私が運び屋となって日本に持ち帰るため、それらをキャリーケースに詰め込むパズルゲームが待っている。テトリスは二次元だが、こちらは三次元。難易度はおそらくケタ違いだ。
すでにこの旅の終わりを予感してまとめに掛かろうとしている自分がいるが、まだ気が早い。ひとまず残り3日ある旅程を満喫しよう。というわけで、12日目の本日は、久しぶりに朝から電車を乗り継ぎ、ロンドン西部の高級住宅街ノッティングヒル地区の一角にある市場Portobello Marketへ。
映画『ノッティングヒルの恋人』の舞台になったことでも有名なこの市場は、南北およそ2kmにもわたる長大な露店市。古着から雑貨からなんでも取り扱うが、中でも土曜日に行われる骨董市を目当てに来る人が多く、喩えるならほぼ世田谷のボロ市だと思っていただきたい。
南端にあるベーカリーショップで朝食にコーヒーとパンを買い、ずらりと立ち並ぶ露店をひたすら見て回る。出店者はワゴンやバンなどに売り物をいっぱいにのせてやってきており、まあ半分業者みたいなのは日本と一緒。古着、家具、絵画、ジュエリー、陶器、レコード、おもちゃなど、ありとあらゆるアンティークやヴィンテージ品が雑多に並んでおり、そこから掘り出し物を探すのが楽しい。結局何も買わなかったが、見て回るだけでも十分充実した時間を過ごせるので、一度は行って損はないと思う。
以下、印象に残った光景や売り物をひたすら写真で紹介します。
忘られぬ黄色い菓子パンの味
途中、小腹が空いて立ち寄ったベーカーリーショップで食べた菓子パンみたいなのがすごくおいしかったんだけど、日本では見たことなくて、後からググっても出てこないのでどうしたものかと思っている。
とても黄色みがかった、パイとパンの中間みたいなサクサクの生地が層になっており、表面がちょっとカリカリに硬いのもまたいい。そこに、カスタードクリームっぽいフィリングが薄く挟まっていて、クソ甘いがめちゃくちゃ好きなタイプのクソ甘さだった。あれ、日本でも売ってほしい。
以下、市場で見かけたものをまだまだ紹介していきます。
個人出店の古着屋で、全身にびっしりとラメが縫い込まれたギラギラのロングジャケットにパートナーが一目惚れ。聞けば、独特のファッションセンスのご婦人が一着一着ハンドメイドで作っているオリジナルのラインナップらしく、すかさず購入していた。どこに着ていくのが相応しい服かはまったくわからないが、いい買い物をしたと思う。どこぞの木村はバーバリーを手放したが、ギラギラロングジャケットは日本人の手に渡った。そうやって服は世界を巡るのだ。
私のバレエを観る解像度は16ビット
さて、続いてはロンドン中心部のCovent Gardenにあるロイヤル・オペラ・ハウスへ移動し、バレエ『The Sleeping Beauty(眠れる森の美女)』を観賞。イギリスを代表するオペラ・バレエの総本山であり、地名の「コヴェント・ガーデン」だけでこの歌劇場を指すこともあるほど。「甲子園」といえば甲子園球場を指すみたいなことだ。そして今、私の中で「木村」といえばバーバリーである。
恥ずかしながら、生のバレエを見るのは日本も含めてこれが初めて。大学の文学部で演劇専攻までしておきながら、オペラやバレエは興味・関心の埒外だった。サブカルチャーとハイカルチャーの境界線などとうになくなった現代日本において、唯一いまだにハイカルチャーとしての誇りと矜持を保ち続けているように見えるオペラとバレエは、根っからサブカルチャーで育った私には敷居が高かったのだ。寿司は大好物だけど、実は貝は食わず嫌いで自分から頼んだことないんです、みたいな感覚だと思って欲しい。
しかし、バレエは歌詞や台詞のない舞台舞踊。英語がヒアリングできなくても関係ないので、図らずも海外で見るにはうってつけの舞台芸術と言える。ハイカルチャー最大のハードルである「料金が高い」という問題も、『レ・ミゼラブル』のときと同様、席種がかなり細分化されているので、一番安い最上階のサイド席を6ポンドほどで見ることができた。いわゆる見切れ席だが、私たちはバレエガチ勢でもなんでもないので、雰囲気が楽しめればそれでいいのだ。
しかも、ポートベローが楽しくて長居していたせいで開演に大幅に遅刻。劇場に到着したのはプロローグが終わって一幕の途中だったので、一幕が終わるまではロビーのモニターで鑑賞することに。実際に座席で見られたのは二幕からであった。
そんなこんなで、よくいえば気負わず気軽なノリで、悪くいえばかなり適当な気持ちで見にきたので、観賞した感想も正直「これがバレエかあ!」みたいな、素人のコントの入り方みたいな感想しか浮かばない。舞踊としての技術や美しさを評価できるほどの教養や文脈や語彙が私の中に存在しないのだ。寿司ネタで貝を食べた経験が圧倒的に不足していると、「コリコリしてておいしいね」レベルの食レポしかできないだろう。それと同じである。
さすが舞台美術や衣装はきらびやかでスケールが大きかったが、これまで伝え聞いていた格式ばったハイソな貴族の娯楽が、まさにその通り目の前で繰り広げられていることに対して、「ラピュタは本当にあったんだ!」みたいな素朴な感動を覚えるばかり。バーバリーに名前の刺繍を入れていた木村なら、バレエの教養を持ち合わせていただろうか。私のバレエの解像度は、16ビットくらいしかない。昔のファミコンくらいだ。そして、あまりにも気持ちがふわふわとしていたせいか、なぜかロイヤル・オペラ・ハウスで撮った写真が一枚もなかった。私は夢を見ていたのかもしれない。
観賞後、小腹が空いたのでこれまで食べたことのないものを食べようと逡巡した結果、ギリシャ料理をチョイス。ロンドン市内に何店舗もある「The Real Greek」で、SOUVLAKI WRAPSという肉の串焼きをピタパンで挟んだいわゆるピタサンドを食べた。ラムミートボールにミントヨーグルトのソースがかかったものと、イカリングにきゅうりとクリームチーズソースがかかったものの2種類をシェアしたが、どちらもあまり馴染みのない新鮮な組み合わせでおいしかった。
その後、またしても大きめの本屋を2軒ハシゴ。
サンデーローストを重圧から解放したい
ロンドン滞在13日目。朝、モモの散歩に行って公園で遊んだあと、9日目にも行ったモモフレンドリーなクレープ屋でティータイム。行くとモモにいつもハムをくれる店員さんがいるのだが、今日はピークタイムだったせいで忙しそうでなかなか構ってもらえず、モモもやきもき。帰り際にようやくハムをゲットしてご満悦だった。
帰って2人していったん昼寝をしたのち、一家の次男Jを誘って、先日も行ったばかりのパブを再訪。この日は日曜日だったので、日曜にしか食べられないイギリスの伝統料理・サンデーローストを初体験することにしたのだ。
サンデーローストとは、ローストした肉に、たっぷりのグレービーソース、付け合わせのポテトやにんじん、そしてヨークシャープディングというシュー生地のような薄いパンが盛られた大皿料理のこと。もともとは地主が小作人の労をねぎらうために、唯一の休日である日曜日に牛のローストを振る舞ったのが始まりとされている。
フィッシュ&チップスほどではないものの、これまた実にシンプル、実に飾り気のない料理である。「手の込んだことをする」「旨みをマシマシに効かせる」ことを是とする日本の料理を食べ慣れていると、正直これを見て「ヒャッハーーー!ごちそうだーーーーー!!!」とはならない。私の心の中の井之頭五郎も「こういうのでいいんだよ」とは言ってくれない。
もちろん、食べたらおいしいことに間違いはない。長年かけてこれを1週間のごちそうとしてレシピをブラッシュアップしてきたであろう洗練と円熟の跡がうかがえる。だけど、やっぱり「ヒャッハーーー!最高だぜえ〜〜〜〜〜!!!」とテンションが上がるほどではないのだ。というかそもそも「ヒャッハーーー!」って言うキャラが私の中にいない。
それを差し引いても、1週間待ちに待ったごちそうというプレッシャーをサンデーローストに背負わせるのは酷な気がする。ああ見えて気の小さい繊細なヤツですよ、サンデーローストは。「お前がイギリス料理を背負って立つエースだよ」って、そんな重圧ボクにはイヤイヤ。なんかこう、「冷やし中華」くらいのポジションでひっそりやらせてくださいよ。そんな地味で謙虚な慎ましさをサンデーローストからは感じるのだ。誰かサンデーローストに気負わない適材適所の道を歩かせてやってほしい。
そんな中でも、ヨークシャープディングだけは、売り出し方によっては日本でもヒットするポテンシャルを感じた。そのシュー生地のような独特の食感は、日本でハムとかチーズを挟まれたり、あんことバターを挟まれたりといったガラパゴスな魔改造を施されることによって、新食感のパンとしてマリトッツォのようなブームになりそうだ。木村屋とかで売り出してほしい。そして今、「木村のベーカリー」というフレーズが喉元まで出かかったのはここだけの話だ。
個人的には、サンデーローストの前菜として食べた、魚の酢漬けをクリームチーズとパンで食べる料理や、レーズン、アプリコット、グリーンピースなどの入ったパテのほうが、日本にはない発想や文脈の料理で、興味深く味わうことができた。
帰宅して、帰国のための荷造りを始める。夜食に、日本から買ってきた一蘭の棒ラーメンと、パートナーがマレーシア旅行で買ってきたインスタントのラクサヌードルを食べた。ラクサヌードルを製造・販売しているのは日清のマレーシア法人なのだが、日本版のカップヌードルとしてたまに出されるラクサヌードルとは見違えるほど本格的で、「やればできるんじゃん、日清!」と思った。(つづく)
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