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ロンドン滞在日記 2日目:まだ飛行機に乗っているのか

YMSビザで在英中のパートナーに会いにロンドンを訪れた際の、およそ2週間にわたる旅の記録です。コラムともエッセイとも言えないようなただの日記なので、どうぞ気軽に読んでください。
1日目:なんでこんな映画見たんだ


時差に陵辱されている気分

マレーシアのクアラルンプール国際空港で6時間のトランジットを経て、ようやく23:30発の飛行機に搭乗する。ロンドンには早朝5:30に到着。と書くと、ああ、6時間もすれば着くのかと思ってしまうが、時差の関係で実際に乗っている時間は14時間もあるというから、狐につままれた気持ちとはこのことだ。

時差には毎回いつも新鮮に驚いてしまう。メカニズムを頭ではわかっているはずなのだが、心が拒否している感じだ。「上の口は嫌がっていても、下の口はどうかな?」と、時差に陵辱されている気分と言ってもいい。言わなくてもいい。むしろ、そんなことは言わないほうがいい。時空のねじれに迷い込んでしまったみたいだ。最初からそういう穏当な言い方をしていればよかったのだ。

東京発のマレーシア便では、まだまだ結構な数の人がマスクをしていたが、ロンドン行きの便ともなるとさすがにほとんどがノーマスクで、みんなのびのびと危険な感じの咳をゲホゲホとしている。ナニがアレなら、アウトな距離である。

この3年ですっかりマスク生活に慣れてしまい、自衛のために人混みではこのままマスクをしていたいなとも思う。それもこれも、この期に及んでまだ一度もコロナ陽性になっていないという己の謎の強運のせいだ。せっかくなら罹らずに逃げ延びたいし、罹ったら自分が重症化するタイプなのかどうか、結局わからないままなのもこわい。

窓際席のトイレ問題とパブロフのV8

マレーシア便では通路側の席を選べたのに、ロンドン便では自動的に窓側の席を割り振られてしまい難儀している。「トイレに立ちにくい」という問題が、便秘のうんこのように立ちはだかるからだ。

うんこの話をうんこで喩えるのは、うまいようで全然うまくないが、そのうまくなさがかえって面白い、という「文章のスベリ芸」とも言うべき境地に陥っている私は、もう面白いとは何なのかを飛行機のトイレに吸い込まれてきてしまったのかもしれない。

隣りは3〜4歳くらいの男の子を連れた母子で、なかなかに落ち着きのないご機嫌な年頃の子どもだし(まあこんな長いフライト大人でも飽きちゃうし仕方ないよなあ)、寝たら寝たで無意識に足をこっちにグイグイしてくるし、申し訳ないがこれマレーシア便と逆だったらよかったのに! と切に思うのだった。

機内ではほとんどを寝て過ごしたものの、いまいち熟睡しきれずこま切れに目が覚めるのでスッキリしないし、電波が通じないのでスマホをいじる気にもなれない(機内のWi-Fiは有料なのだ)。

映画は日本語字幕が付いている作品が少なく、新作を見る気が起きないので(後述するが私の英語能力は壊滅的なのです。ただし『FALL』は話がシンプルなので乗り切った)、すでに見たことがあって話を知っている『スーサイド・スクワッド』『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒 BIRDS OF PREY』、そして『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を立て続けに鑑賞。

昨年、スペインに行ったときも『マッドマックス』を見た気がするので、私の中でなぜか機内で見る映画といえばこれ、という「パブロフのV8」が条件付けされているのかもしれない。

時差のせいで、24時間よりも多い謎の8時間がダブついているが、日付としてはここまでが1日目。いよいよ2日目からがロンドンライフのスタートだ。

エア置き引きに勝手にビビる

朝の6時過ぎにロンドンのヒースロー国際空港に到着。

出国審査、受託手荷物の受け取りを順調に済ませ、重すぎたJIBのピンクのトートバッグの中身を、スーツケースに詰め直す作業をする。そう、本当はこのトートバッグ、余裕でスーツケースの中に入ったはずなのだ。何度だって言うが、やっぱりこの作業、本末転倒だ。

4つあった荷物を3つにまとめてカートに乗せ、仕事のメールチェックのためにベンチに座って休んでいると、空港職員が何やら到着したばかりの人にアンケートを取っているという。タッチパネル端末に表示された「空港は快適でしたか?」「コロナ対策には満足ですか?」といった簡単な質問に選択で答えていくというものだ。

このとき、私はFacetimeでパートナーと通話中だったのだが、「そいつは本当に空港職員か? アンケートで気を引いている間に荷物を置き引きするやつかもしれないから気をつけたほうがいい」と言われ、ハッとする。慌てて急いでいるふりをして途中で切り上げその場を離れたのだが、突然襲いかかってきた不安に気が動転してしまい、一瞬「あれ、ピンクのバッグがない!」と青ざめてしまった。つい10分前に自分でスーツケースに詰め込んだ記憶がすっかり飛んでいたのである。

だめだ、完全にロンドンに対してあがっている。パートナーからはかねてより、空港には置き引きがいるから気をつけよとさんざん脅かされていたし、ロンドン市街で自転車に乗った男にすれ違いざまスマホを掴んで奪われそうになった(ネックストラップを着けていたので無事だった)といった話を聞いていたので、さっそく海外の洗礼を受けた気分だ。実際はエア置き引きの予感に勝手にビビっただけで、被害には遭っていないのだが。

とにかく卵を食べさせたい

パートナーが空港まで迎えにきてくれるというので、プライオリティ・パスが使えるパブ&レストランがある別のターミナルにいったん電車移動。そこでロンドンに着いて初めての食事をとった。とりあえずエッグ・ベネティクトと、スモークド・ハムがイングリッシュマフィンにのっている朝食のセットをオーダーする。

イギリスは食事がまずいまずいとよくお国柄ジョークのように語られるが、全然そんなことはなく普通においしい。とはいえ、パンとハムと卵というシンプルな構成でまずくするほうが難しいとも思うので、空港の朝食ですべてを判断するのは早計というものだろう。

エッグベネディクトとカプチーノ。
それ以上でもそれ以下でもない、何の変哲もない
エッグベネディクトなので、特にキャプションをつけようもない

よくよくメニューを見ると、イングリッシュブレックファストというのは、卵は目玉焼きか、焼き方は片面か両面か、あるいは茹で卵か、茹で方は固茹でか半熟か、それともエッグベネディクトか、ポーチドエッグか……と、ひたすら手を替え品を替え、とにかく卵を食べさせようとしてくる。何を頼んでも、パンと卵と少しのたんぱく質。いろんなメニューを取り揃えているように見せかけて、実はほぼ同じものが出てくる仕組みに気づいてしまった。

イギリス人の卵の食べ方への執拗なこだわり。同じ卵でも調理法を変えればそれはまったく別のメニューですという確かな意地。それが、ロンドン初日に抱いた私のイギリス食への印象となった。

笑う犬との生活がはじまる

その後、パートナーとも無事に落ち合い、電車とバスを乗り継いでロンドン市内のゾーン2にある、彼女が下宿する家へ。

ロンドンはただでさえ家賃が高い上に折からの円安が重なり、フラットシェア(1つの部屋を数人で借りて共同生活する、ロンドンでは一般的な居住形態)でも共益費別で700ポンド/月はするらしい。しかし、ここは下宿先の家族以外に住んでいるのは彼女だけ、しかも夕飯まで出してもらえて共益費込み600ポンド/月。正直、かなり条件のいい物件だ。

下宿先のPさん(英国人男性)とA子さん(日本人女性)の夫妻、次男のJに挨拶し、これまでずっと写真や動画で見せてもらっていた飼い犬のモモともご対面。めちゃくちゃ人懐っこくて、初対面の私にもおとなしく撫でさせてくれる。なんなら笑っている。

モモ(8歳・♀)は、ハスキーとシェパードとラブラドールのミックス。
ご機嫌なときは、口を開けて笑っているように見える

昔から、飼い主との上下関係をきちんとしつけなければいけないとされる「ザ・体育会系」な感じが肌に合わず、犬に対しては勝手に苦手意識を抱いていたのだが、モモ、かわいいじゃないか! これまでは猫の気ままさにこそ美点を見出していた猫派の私だが、犬特有のこの従順に懐いてくる感じがたまらないと思う犬派の気持ちも、確かに理解できる。

なんだかんだでここまできちんと熟睡できていなかったうえに、苦手な海外に一人で飛行機に乗ってきたという疲れが出たのか、荷ほどきをした後はぼーっとしたまま昼寝をして過ごした。

晩御飯は、ファミリーみんなで囲んで食べる決まりだ。この日は、揚げた麺に魚やエビの入った餡をかけた、日本でいう皿うどんのような一品。このレベルの食事が毎日出てくるとは、パートナーは本当に恵まれた下宿先を見つけたと思う。(つづく)

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