ロンドン滞在日記 6日目:その屁はいつかどこかで借りてきた屁
食文化disは屁嗅がせ論になりがち
イギリスの名物料理といえばフィッシュ&チップスである。
HaddockやCodなどのタラ類を半身まるごと揚げたものにポテトフライを添えた料理で、名物というにはあまりに素朴でざっかけない。「わざわざこいつを代表選手としてベンチ入りさせなければならないほどイギリス料理はスタメン不足なのか」と思わせてしまうため、しばしば「イギリス料理はまずい」というお国柄あるあるのFor exampleとして挙げられがちな不憫な料理でもある。
しかし、イギリス料理がまずかったのは労働時間や衛生面から調理にあまり手をかけなかった産業革命の頃のレガシーだし、味付けを個人の裁量に任せる文化があったためで、現代の飲食店は当然おいしく進化を遂げている。
それに、寿司だって「一口大に切った生の魚を、一口大に握った酢飯の上にのせただけの料理」だ。「こんなシンプルで何もしてないものが名物なんて日本料理はなんてみすぼらしいんだ、ピンチョスやカナッペだってもう少し手が込んでるぜ、ていうか料理の工程で”握る”ってなに?」とか言われたら、「教えてやろう、これが”握る”さ!」と言って握りっ屁のひとつもお見舞いしたくなるだろう。語感もカナッペに似ていてちょうどいいし。
こうなってしまったら事態は泥沼だ。お互いの国の文化を見下し、侮辱し、屁を嗅がせあう地獄のような喧嘩にしかならない。だから他国の文化をむやみにからかったりいじったりしてはいけないのだ。それは必ずブーメランとなって自分に返ってくるし、憎しみの連鎖はやまない報復を生む。噛み合わないまま互いに譲らず永遠に続く論争のことを、水掛け論ではなく今日からは「屁嗅がせ論」と呼んでもいいだろう。
こんなに長々とした前置きをしておいてあれだが、そうは言ってもイギリスのフィッシュ&チップスのクオリティは店によってかなりピンキリで、なかなかおいしい店を見つけるのは難しいらしい。
「結局難しいんかーい!」とのけぞってツッコむ読者の声が聞こえてきたので、お詫びにフィッシュ&チップスといえばここが間違いないとされる有名店のひとつ「Poppies Fish & Chips」を紹介しておこう。
フィッシュ&チップス&インフルエンサー
いくつかある店舗のうち、この日私が行ったのはイースト・ロンドンのSpitalfieldsにある店だ。店内は、かつて「スゥインギング・ロンドン」と呼ばれ世界のポップカルチャーを牽引していた60年代風の内装がレトロかわいい。
お目当てのフィッシュ&チップスは、衣はサクサク、中のタラはふわふわ。そこに塩コショウやモルトビネガーを適宜かけて食べるのが英国流だ。なるほど、確かにこれはおいしい。見た目の地味さ&ヘルシーさに反して、実は衣にしっかりと食べごたえがあるジャンクな一面もある。見た目よりボリューム感があって腹持ちもいい。
HUBなどのイメージもあって、こちらに来るまではブリティッシュ・パブで出てくる酒のつまみだと思っていたのだが、むしろ単体でフィッシュ&チップスだけを食べるための専門店が多く、朝晩を問わずテイクアウトも主流。どちらかといえばハンバーガーやフライドチキンのようなファストフード的立ち位置だということがわかった。
それもそのはず、産業革命がもたらされた頃のイギリスで、フィッシュ&チップスは労働者階級と貧困を象徴する庶民の食べ物だったらしい。しかも、最初からイギリスの郷土料理だったわけではなく、もともとはスペインで宗教裁判の迫害を受けて亡命してきたユダヤ系移民が持ち込んだもので、ユダヤ人居住区におけるソウルフードだったという。つまり、アメリカ南部の黒人奴隷にとってのソウルフードだったフライドチキンそのものなのだ。
ボリュームがあってオイリーでジャンク、しかもさんざん他国の食べ物をディスるなと書いておきながら、味が単調なことは否定しがたい事実なので「飽きてくる」という難点もあり、私たちは2人で1人前をシェアして十分満足なサイズ感だった。しかし、隣のテーブルを見るとみんな平気な顔で1人1皿を注文し、ペロリと平らげている。恐るべし、英国人だ。
さらに、1人前の値段は15.95ポンド。日常的に食べられている庶民のファストフードが2700円もするのは、日本人の感覚からするといかにも高く感じてしまうが、それもこれも日本の物価が安すぎるのに加え、1ポンド=およそ170円というエグいレートのせい。恐るべし、円安だ。
ちなみに我々が食事をしていると、店内にスチールカメラと動画カメラを回したチームが来店。明らかにタレントかインフルエンサーのオーラを醸し出す黒人男性がやおら取材を受けはじめたのだが、寡聞にして彼が誰なのかまったくわからない。店員も色めきたって記念撮影をしてもらっているので、そこそこ有名人のはずなのだが……。
なんだか、振り上げたミーハー精神の拳を振り下ろす先がないもどかしい気持ちだ。とはいえ、例えば日本に観光に来たイギリス人が、街で偶然フワちゃんのロケに遭遇して「うわーい!有名人だ!」とテンションを上げられるかといったらそんなわけがないので、きっと彼もフワちゃん的なタレントだったのだと思いたい。
ここはシモキタか、それともアメ横か
食後は、Spitalfields地区のアーケード街の中にある、曜日ごとにいろんなジャンルの露店が立ち並ぶ「Old Spitalfields Market」をぶらぶら。さらに、そこからほど近い場所にあるBrick Lane Roadにいくつもあるマーケットや露店を巡ることにした。
中でも面白かったのが、地下にある広大な空間に古着やレコード、雑貨などたくさんのヴィンテージ・ショップがひしめき合う「The Brick Lane Vintage Market」。ここは下北沢や原宿の古着屋街さながらのサブカル感があり、さらにはヴィレッジヴァンガードをさらにチープにいかがわしくしたようなアメ横っぽいテイストもあって、その雑多な感じがとても楽しかった。
イースト・ロンドンの中でもBrick Lane Roadは、もともとスラム街や工業地帯を擁する治安の悪い地区だったのが、近年は若者が集まるスタイリッシュで最先端の街として、人気エリアに変貌を遂げたという。その理由のひとつが、街全体に施されたグラフィックアートの多さ。それがフォトジェニックなスポットとして観光客を集めたのだとか。さすがバンクシーを生んだ国。ストリートアートの規模もクオリティも、それに対する街の許容度も、何もかもが違う。
しかし、ロンドンに来るとこの「地区によってぜんぜん治安が違う」ことに結構なカルチャーショックを受ける。もちろん東京や大阪にもそういうエリアはあるが、それをはっきり口にするのは何らかの差別に抵触してしまうのでタブーにされているふしがある。しかし、ロンドンには明確に「観光客は行ってはいけない」「夜に出歩くのは危険」「アジア人は行くと差別される」とされる地区があり、その区分はあからさまに人種や職業や貧富の差によって生じているのだ。
言葉を選ぶが、階層や差別が厳然と存在するということに、なんだかんだ日本はまだまだ認識が甘ちゃんなのだなと思う。そして近い将来、移民を受け入れないと国が立ち行かなくなったり、同じ日本人の間で階層がさらに二極化・固定化したりしたときに、日本もこうした街並みになっていくのではないか。
ブルーシートに並べられた盗品をありがたがる
さて、この日もう一つの大きな目的地は、所蔵点数800万点以上を誇る言わずと知れた世界のトップミュージアム「大英博物館」だ。
そこでは、古代エジプトのロゼッタストーン、金の棺やミイラ、古代ギリシアのパルテノン神殿の彫刻、スコットランドのルイス島で発見された12世紀のチェス駒など、かつて世界史の教科書や資料集で見たような逸品の実物が、ドッカンドッカンいうほどの物量で、どしどし見られる。とにかく、「会場が大いにウケたとき」や「お便りがたくさん寄せられるとき」のオノマトペを誤用しなければ表現が追いつかないほどの量なのだ。そして自然史博物館同様、ここも当然のように入場無料。寄付やグッズ売上で運営を賄っているのである。
「丸一日かかっても見切れない」と言われるのは冗談でも誇張でもなんでもなく、館内MAPを見てもその全容がちっともつかめないどころか、何をどこから見ていいかすらわからないので、MAPを手にしばし茫然と立ち尽くしてしまった。その大きさに途方に暮れるためだけにでも行ってみる価値はあると思う。
本来なら、大英博物館を見てきた日記なんていくらでも書けるのだろうが、途方に暮れるあまりじっくり見るのをあきらめ、閉館時間まで行ける限りのエリアを駆け足で流し見するという贅沢な鑑賞方法をとったため、ひとつひとつの展示物について何も言えることがない。以下、印象に残った展示物の写真をダイジェストでご覧いただきたい。
……どうです?
途中でスクロールして飛ばしましたか?
実際もそんな感じのボリューム感でした。
しかし、この膨大なコレクションにはかつて植民地から略奪したものも多く、中には普通に「おい返せよ」と返還要求を受けているものもある。そのため「泥棒博物館」「強盗博物館」というピュアな悪口で呼ばれているともいう。
フィッシュ&チップスがもともとイギリスの郷土料理ではなく、迫害されたユダヤ移民が持ち込んだソウルフードだったように、イギリス文化とは、その気品あふれる荘厳なイメージとは裏腹に、他国を侵略して得た広大な植民地から借りパクしてきた物の寄せ集めなのではないかと思ってしまうことがある。
大英博物館が盗品の見本市ということは、私たちは下着泥棒から押収した下着をブルーシートにきれいに分類して並べたものを、ありがたがって見ているのかもしれない。(つづく)
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