ロンドン滞在日記 10&11日目:もうヌン活なんて言わないなんて言わないよ絶対
ヌンチャクを広める活動みたいに言うな
ここ数年、日本で急激に流行したのがアフタヌーンティーだ。コロナ禍に入って人気が再燃したのは、夜間営業と酒類提供ができなくなったホテルやレストランの起死回生の一手という供給側の事情と、昼間でも手軽に贅沢気分を味わいSNS映えするイベントがしたいという消費者の需要が一致したからだろう。
いきなり「東洋経済オンライン」みたいなことを書き始めてしまったが、私が気になるのは「ヌン活」という略称である。終活、ポイ活、サ活など雨後の筍のようにニョキニョキ発案される「◯◯活」の中でも、群を抜いてしっくりこない。どう考えても「ティー活」にするべきであり、「アフタヌーンティー」というよりどりみどりの9文字の中からよりによって「ヌン」という最もシュールな2文字を選ぶとはどういう了見なのか。
私はしばらく、ネットで「ヌン活」という文字列を見てもまったく中身が想像できず、「妊活よりも一歩進んだエグい人工授精の方法があるのかな」と思って検索するのを避けていたくらいだ。100歩譲っても、「ヌンチャクをぶんぶん振り回す楽しいアクティビティ」に対して使うべきだろう、「ヌン活」という略称は。
なんでヌン活についてどうでもいい苦言を呈しているのかというと、ロンドン滞在10日目のこの日は、パートナーがハロッズのティールームでアフタヌーンティーの予約を入れてくれていたのである。
イギリスはまごうかたなきアフタヌーンティーの本場、しかも老舗高級デパートのハロッズのアフタヌーンティーとあらば、まさにアフタヌーンティーの中のアフタヌーンティー。私も日本でホテルのアフタヌー……ちょっと長くてタイプするのがだるいのでやっぱり「ヌン活」にしますね、日本でヌン活したことがあるが、やはりイギリスでするヌン活こそ本当のヌン活。イギリスでの1ヌンは日本での5ヌンに勝る価値があるというものだろう。
あと、「ヌン活」という表記をdisって悪かった。いちいち「アフタヌーンティー」と書くと文章が間延びすることがわかったので、これからは積極的に略していきます。
NGワードはコイケヤ
ハロッズの4Fにあるティールームは、他のフロアと比べてもひときわピリリと畏まった品格を感じる空間。暗黙のドレスコードがあってジーパンやスウェットは避けた方がよさそうなので、PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKEのパンツとジャケットで日本から来たファッショニスタを気取ってみた。これで最低限なめられることはないだろう。ありがとう、イッセイミヤケ。
バトラーが紅茶のオーダーを取りに来て、1杯目は彼らが直接ポットからカップに注いでくれる。これぞ英国式のオーセンティックなヌンティー(略称)という雰囲気をさっそく味わわせてもらった。
そして、2段のトレイに載せられた一口サイズの料理がまた上品でかわいらしい。1段目はサンドイッチの段で、カレー風味のチキンのサンドイッチや、サクサクしたエクレアのような生地にクリームチーズとサーモンが挟まったサンドイッチなど、ケータリングやロケ弁で出たらたちまち人気になるであろう津多屋やオーベルジーヌ超えのおいしさ。中でも、本場のティーヌン(業界人風)におけるキューカンバーサンドイッチは、さすがひと味もふた味も違った。
かつて、英国貴族にとって究極のサンドイッチはきゅうりのサンドイッチなのだと初めて人から聞いたときは、「なんて貧乏くさいんだ」と思ってしまったものだ。しかし、調べると19世紀のヴィクトリア朝時代、イギリスの気候では栽培しにくいきゅうりのサンドイッチをアフーン(略す場所を大失敗)に出せるということは、広大な土地で温室を所有していることの証であり、自らの財力を誇示することだったらしい。
そんなイギリスのキューカンバーサンドイッチは、そもそもきゅうりが日本のようにパリパリしておらず、食感がまさに瓜のようにしっとりしているのが特徴。そこにうっすらミントの風味がしていて、一緒に挟まれているクリームチーズとの相性もばっちり。料理として完成された、小技の効いた逸品だった。
2段目のスイーツも、もちろんいちいち凝った味。イースターが近いのでうさぎ型のチョコがデザインされているのもかわいい。それから、タヌティ(もう略しかたのパターンも限界)といえば欠かせないスコーンも恭しくナプキンに包んで供され、ジャムやクロテッドクリームの添えられ方も含めて「これぞ正式でござい」という風格をビンビンに漂わせていた。
こんなところで「コイケヤ」などとは口が裂けてもつぶやいてはいけないだろう。たちまち「スコーン違い!」「あんなチートスみたいなスナック菓子をスコーンと呼ぶなど笑止千万!」とスコーン近衛兵(日本の着物警察みたいな存在)に取り押さえられ、ロンドン市中引き回しのうえ切り裂き獄門にされそうだ。
料理はすべておかわり可能とのことだったが、細かい注文の仕方がわからなかったため、同じものを丸ごともう1セットもらう羽目に。しかし、食べきれないぶんは包んでくれてテイクアウェイできるので、「フルセットおかわりして残したやつ」の汚名は着せられずに済んだ。結果、イギリスらしいとてもいい経験をすることができた。
魅惑のデパート玩具と疑惑の公園遊具
その後、ハロッズのベビー用品売り場を冷やかしにのぞいてみたのだが、ヴェルサーチをはじめとするハイブランドのベビーカーの圧倒的セレブ感(とその値段)に、冷やかしにきたはずの私たちのほうが、場違いすぎて肝を冷やしてしまった。
それはともかく、CYBEXというドイツのベビー用品ブランドのベビーカーは、金ピカの羽のついた装飾や、車輪のホイールのギラギラ感がそこはかとなくヤン車感を醸し出しており、おぼこい高校球児がプロ野球選手になって急に大金を手にしたとき特有の成金センスを彷彿とさせるものであった。
根っからの英国貴族ベビーはあんなベビーカーに乗らないと思う。たぶん、籐で編んだ揺り籠の中でふかふかの毛布にくるまれ、ばあやの揺らす1/fのリズムですやすや眠って外には出ないに違いない。知らないけど。
ベビーカーのギラギラ感に耐えられずすたこらと逃げ出し、続いてはおもちゃ売り場へ。レゴブロックで組み立てられたハロッズのドアマンに迎えられ、ロンドンキッズたちが街でよく乗り回している子供用キックボード、水をかけるとたちまち冷たいパウダースノーになるがサラサラで手につかない魔法の粉、虹を実体化させたシュールなぬいぐるみなど、見ているだけで童心に帰るエキサイティングなおもちゃの数々を見て楽しんだ。
いったん帰宅した後、モモを連れて少し遠くの初めて行く公園へお散歩。そこは、ティーカップやメリーゴーラウンド、逆バンジーのような割とガチの遊具が揃っている花やしきのような変わった公園で、家族連れでほどよく賑わっていた。
ただ、一抹の不安がよぎるのは、サーカスのように一夜にして撤収できそうなほど安普請で急ごしらえな感じがすること。そんなわけないネズミのキャラクターがデザインされていたりして、安全面でも版権的にもグレーゾーンの匂いがプンプンするのだ。いつかド派手な何かをやらかすのではないか不安でならない。
ハロッズのティールームで豪遊したので、夕飯は下宿先で慎ましく自炊することに。大家さん夫婦が旅行中で不在のため、自分でキャベツとベーコンとアンチョビのパスタを作って食べた(冷蔵庫の中身はいつでも勝手に使っていいルールなのだ)。他人の家のキッチンは勝手がわからないので使いづらく、かなり適当に作ったのだが、なぜかやたらとおいしくできた。
一説によると、ロンドンの水道水は硬水で、パスタも紅茶も硬水のほうがおいしく作れるらしい。普段、ボルヴィックとエヴィアンの違いもあんまりわからずに飲んでいるが、料理にするとそこまで違いが出るものなのか。コイケヤのスコーンとフリトレーのチートスもほぼほぼ同じものだが、砕いて粉末にして鼻から吸うと違いがはっきりわかったりするのだろうか。私は何を言っているのだろうか。
愛犬からの物体X
11日目は、夕方までずっと仕事をしていたため観光はなし。夜はせめて出かけようと、The Chelsea Ramというドッグフレンドリーなブリティッシュ・パブにモモを連れて夕食を取ることにした。いろいろな種類のメニューを食べてみたい気持ちはあるものの、2人だと限界がある。1品ずつのポーションもかなりあるため、ガーリックバターのトーストと、カリフラワーのポタージュ、フィッシュ&チップスを頼んでお酒を1杯ずつ飲んだら、それだけでもうお腹いっぱいになってしまった。
この店は、犬用のビスケットが入り口に常備されており、モモは見知らぬ老人からビスケットをもらって可愛がられていた。やはりここでも羨ましい愛されドッグなのだ。
ところがその夜、プチ事件発生。玄関になんだか茶色い塊がこんもりしている。どうやらモモが粗相をしてしまったらしいのだが、それがうんちなのかゲロなのかいまいち判然としない。
実は、モモは犬用トイレのトレーニングを受けていないため、散歩のときに外で済ますか、家にいるときは勝手口のドアを開けてもらい中庭で用を足すしかない。人間がモモの「したそうな気配」を察してドアを開けてやらねばならないのだ。なんて手のかかる甘やかされドッグだろう。
つまり、モモが玄関でうんちをしてしまったとなると、それはトイレのタイミングを察してあげなかった我々の落ち度ということになってしまう。それは避けたい。しかし、これがゲロだったとすると、それはそれで食あたりや内臓の不調などを心配しなければならない。
真相を突き止めるべく、その「物体X」に限界まで顔を近づけ、スマホで写真を撮ってみる。その写真はさすがにここでは載せないが、帰宅後にあげたエサがほとんど原型をとどめたままだった(元のエサの色が茶色だったのだ)のと、うんち臭がまったくしなかったのでこれはゲロと判断。心配になってネットでいろいろ調べてみたが、どうやら慌てて食べたから吐いてしまっただけの可能性が高そうなので、ひとまず静観することに。
もしかすると、大家さん夫婦の旅行に置いて行かれたことをついに察して、精神状態がナーバスになっているのかもしれない。一家の次男であるJが夜遅くまでバイトで家には我々しかいないためか、甘えん坊モードのモモはベッドに上がり込んで寝ようとしてくる。
かわいいやつめ。
……と思ったのも束の間、Jが帰ってきた瞬間、ベッドで横になる私を足蹴にして一目散にJのもとに向かっていったモモ。
現金なやつめ。(つづく)
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