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毎日投稿は間違いの記録
2024年6月3日(月)朝の6:00になりました。
間違いや失敗をしたことのない者だけは、信用してはならない。
どうも、高倉大希です。
テレビに映るアイドルの真似をして、小さな子どもが一生懸命に踊っている。
先日スマホを眺めていると、このような動画が流れてきました。
単純に可愛らしくてほっこりしたのですが、同時にとある事実に気がつきました。
その小さなダンサーは、自分が踊れていないことに気がついていないのです。
むしろ、完璧に踊れていると言わんばかりの顔つきをしています。
世間体もメタ認知もない彼らには、正解も間違いもないわけです。
「収入が高くて困っている」とか「自分の異性が好きなんだけど、どうしよう」と悩む人がいてもよさそうなのに、見当たらないのはどうしてでしょうか?それは僕たちが生きる社会には無数の「当たり前」があり、そこから外れる人が悩んでいるのです。
それが大人になると、極度に間違いを恐れるようになります。
「間違うから」が、やらない理由として成立します。
間違うから、やらないのか。
やらないから、間違うのか。
数年経てばきっと、小さなダンサーはダンサーではなくなります。
仮にダンサーだったとしても、踊れていない姿を隠すようになるはずです。
「みんながそうしているから」とか「ほかの人はそうやっている」という主張はちまたにあふれている。これは些細な問題じゃない。自分ひとりならバカバカしくてやってられないようなことでも、集団になるとしてしまう人は多い。そして、組織的構造を持つ学界が科学の原理に背きやすいのは、まさにこの部分なのだ。
自分が書いた文章なんて、あまりにも下手すぎて人様には見せられない。
内容が薄くて、とてもじゃないけど公開できない。
いつか自分も、書けたらいいな。
いつか自分の文章も、誰かに読んでもらえたらいいな。
おそらくその「いつか」が、やってくることはありません。
note には、このような人がたくさんいるのだろうなと思います。
『わたしの日記』やら『うちの赤ちゃんの写真』も含めて、認める立場です。出てしまったものは出してしまえばいいと思います。自己満足が表出することを、ぼくは肯定しています。
なぜかわたしたちは、1回で完璧なものを出そうとします。
冷静に考えれば、そんなことできるわけがありません。
完璧なように見える書籍だって、幾度もの推敲を経た結果です。
初稿なんて、間違いのオンパレードです。
書いてしまえばよいのです、出してしまえばよいのです。
すべてはそこから、はじまります。
毎朝6時に更新します。読みましょう。 https://t.co/rAu7K1rUO8
— 高倉大希|インク (@firesign_ink) January 1, 2023
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